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現れた黒幕! 明かされる真実?!

「こ、こんなに強かったのか……」


 敵に塩を送ってしまったオーリは、呆然としながらつぶやいていた。

 装備が相応に強化されたレオン王子は、明らかに常軌を逸脱した強さを発揮していた。

 それはただ騎兵突撃をしただけで明らかだった。にもかかわらず、賢はこともなくねじ伏せていた。

 ルーシーの体を借りているとは思えないほどに、賢は圧倒的に強かった。


「こ、こんなの、戦いじゃないわ……」


 キリンが首を振って否定する。

 そう、確かに戦いとして成立していなかった。

 ふてくされた子供が、おもちゃを振り回している程度のことしか起きていなかった。


 今まで賢は、三回力を貸して戦わせていた。だがそのいずれもが、それなりにいい勝負だった。

 どれだけ強大な力を借りていても、戦いとは簡単なものではない。五人の少女たちは、そんな当たり前のことを感じ取っていた。

 だが、それを賢は裏切っていた。単に貸していた力が足りないというだけの話で、本当に強ければ戦いなど起こりようがないのだ。


「楽しかったか、桜花。自分より弱い奴しかいない世界で、手抜きをしても勝ち続ける人生は」


 歩み寄っていた賢は、瓦礫の上に辿り着いた。


「ずいぶん、くだらない奴になったもんだ」

「け、賢……」

「大方、この体が俺の力に耐えきれなくなるまで、時間稼ぎをするつもりだったんだろう?」


 図星だった。

 賢はまだ体験していなかったことだが、以前から勇者の力を発揮していたレオン王子は、魂に体がついていかないことがしばしばだった。

 その負担によって、数日寝込むこともあるほどだった。だがそれは、長時間全力で発揮し続けた場合のことである。

 今の賢が、全力を出しているわけもない。であれば、まだまだ体に余裕はあった。


「あほか。お前が俺を相手に、時間稼ぎをできるわけないだろう」

「……!」


 心底呆れた侮辱は、既に現実で証明されていた。

 たったの数回攻撃とも言えない攻撃を受けただけで、既にレオン王子は戦えなくなっていた。

 これでは、最初から時間稼ぎなど不可能だっただろう。


「いくらフル装備だからって、仲間を強化できるお前でもいい勝負ができる程なら、俺って完全に足手まといだろ」


 戦うことしかできない賢が、仲間を強化できるレオン王子を相手にてこずるようなら、確かに存在意義がない。

 比較にならないほど強くて当然、そうでなければいる意味がないのだ。

 そんな当たり前のことを、レオン王子は指摘されるまで思い至らなかった。


「……程度の低い連中に接していると、自分まで堕落する。そう言ったのはお前だったな」

「……」

「大したことではないことできゃーきゃー言っている連中の中にいると、自分が偉大になったと勘違いをする。馬鹿な連中に褒められていると、自分まで馬鹿になる。昔は余計なお世話だと思っていたが、実際にお前がそうなっているところを見ると、本当に悲しいもんだ」


 もはや立っていることもできず、膝から崩れ落ちてうつぶせに倒れ、なんとか肘で起き上がろうとするレオン王子。その彼を、上から見下ろす賢。


「お前、本当に馬鹿になっちまったな」


 しみじみと、悲しそうに語る。


「ま、満足か?」


 憐れみこそ、最大の侮辱だった。

 レオン王子は気迫を込めて、何とか反撃しようとする。

 戦うことはできないとしても、精神的には屈するつもりはなかった。


「お前を殺した俺を、こうして倒して満足かと聞いている!」

「どうでもいいって言ってるだろうが、そんなこと」

「なんだと?!」

「だから、お前が俺を殺したことなんて、この場の連中には何の関係もないだろうが」


 まるで力を籠めずに、小娘の力で小娘の拳を、レオン王子の頭にぶつける。

 ごつんごつんと、優しくたたく。


「お前こそ、どうするんだ? 今俺が力尽きても、お前もお前の仲間もどうにもならないだろう。鴨がいるのならともかく、お前だけだとそのケガ治せないだろう?」

「ぐ……それをしておいて……!」

「お前がこのまま気絶すれば、お前の強化も切れる。そうなれば、邪教の証以外の恩恵が切れるだろ。お前の仲間は固定ダメージなんて特に意味のない能力だけが残って、敵の中に取り残されるんだぞ?」


 ふと、王都の兵士や騎士たちは気づいた。

 もしもレオン王子の恩恵が尽きるなら、確かにリザードマンや平凡以下の騎士が小数いるだけ。

 制圧するのは訳もないことだ。


 それはレオン王子の配下も気づくが、そもそも賢に突っかかったせいで、元々少なかった人数が更に減っていた。

 もしもこのまま戦えるとしても、レオン王子が戦えなくなっている時点で勝ち目はなかった。逃げ出すことさえ、もはやままならないだろう。

 であれば、政権奪取の夢はついえた。自分たちが手に入れるはずだった権力によって、残酷な結末を迎えることになっていた。


「お前の『本当の仲間』だとか『同志』だとかは、どうするんだ? お前はそいつらになんていうんだ?」

「それは……!」

「お前のせいだよ。お前がそそのかしたせいで、みんな皆殺しだ。お前が救ってやった、お前を信じてくれた、お前の仲間たちはお前のせいで皆殺しだ。多分、相当酷い目にあって死ぬだろうな。よくわかんないけど」


 そんなことに今更気づいたかつての仲間へ、咎めるように語った。


「お前、どうするんだよ。何か言ってやったらどうだ」

「……!」


 口で争う意味がないと語る。

 もう何をどうやっても、結果は出たと語る。

 最後になるであろう、仲間へ言葉を送る機会をどうするのかと聞いている。


「俺は……!」


 もう何も握れない拳を、震わせながら考える。

 どうにかして、目の前の相手を負かさなければならない。

 なんとしても、相手の言葉を否定しなければならない。


 そうでなければ、自分の全てが否定されてしまう。

 自分が悪いわけがない、自分が悪いなどあり得ない。

 もしも自分が悪いのだとしたら、それは全てが否定されるということなのだから。


「なんで、お前は俺の邪魔をするんだ! いつもいつも!」


 口から出たのは無念と呪いだった、他に言い表しようがなかった。

 取り繕うことのない、腹の底からの言葉だった。

 どうしようもなく変わり果てた、『かつて桜花と呼ばれた魂』の地金だった。


「お前が俺を裏切らなければ、お前が手柄を独り占めにしなければ! 俺はお前を殺さずに済んだんだぞ! なんでお前が、お前なんかが俺の邪魔をするんだ!」

「……おい、桜花。お前は最後にそんなことを言うのか?」

「うるさい! なんで賢なんかに説教をされないといけないんだ!」


 涙を流しながら、呪いの言葉だけを吐く。

 真の仲間への、何も文句を言わずに自分に従ってくれた配下への、感謝も謝罪も言わずに自分のことをだけ嘆いていた。


「今度こそ! 今度こそ上手くいくはずだったんだ! 今度こそ俺は、幸せになるはずだったんだ!」


 超絶の力を持ちながら、決して幸せになれなかった魂の叫びだった。


「一国の王になり、民に祝福されるはずだったんだ! 敵を滅ぼし、臣下に敬われ、今度こそ愛する女と一緒に幸せな人生を送るはずだったんだ!」


 身勝手な言葉を、誰よりも近くでルーシーは聞いていた。

 未だに幼い少女である自分が夢に見る幸福を、年上の男性が切実に求めていた。

 眠る前に、こうだったらいいと妄想していたことを、目の前の男は切望していたのだ。


「お前さえいなければ! お前さえいなければ!」


 幸せになりたい。

 当たり前すぎる、普通過ぎる、平凡すぎる、純粋すぎる、必死が過ぎる願いだった。

 だからこそ、ルーシーにはわからない。


『ねえ、ケン……なんでなの?』


 普通は、諦めるのではないだろうか。

 第二王子という立場は、王になれなかったとしても素晴らしいのではないだろうか。

 こんなことをしてまで、人を殺してまでなりたいのだろうか。

 王になることが彼の幸せだとして、なぜ彼はあきらめることができないのだろうか。


『なんでこの人は……そんなに王様になりたいの?』


 そのつぶやきは、賢や四人の見習いにしか聞こえなかった。

 だが、それは賢以外の誰もが感じていたことだった。


 レオン王子の配下でさえ、ここまで切望しているとは思っていなかった。

 多少の野心はあるとしても、国を憂いてのことだと思っていた。少なくとも、ここまで子供の様に泣くとは思っていなかった。


「……桜花」

「なんでだ! なんでお前はそんな目で俺を見る?! 悟ったような眼をしやがって!」


 そして、レオン王子にはわからない。

 何よりも癪なのは、賢本人が生前のことを気にしていないことだ。


「俺は、お前を殺したんだぞ?! 言いたいことが色々あるんじゃないか?! 悔しくないのか、俺はお前を殺して! 王になって! あの王女と結婚したんだぞ! それが、それを、お前は何とも思っていないのか?!」


 今となっては誰も、レオン王子の前世が、幸せな人生だったとは思えない。

 だが賢は、最初からそうだとわかっていたようだった。それこそ、レオン王子と再会する、ずっと前から知っていたようだった。


「桜花……俺は、あの国が滅びていると知っていた」

「!」

「俺はな、桜花。魔神が復活する条件を、魔神を倒した時に聞いていたんだ」

「知っていて……知っていて、黙っていたのか!」

「あの状況で、言えるわけないだろう」


 先に死んだはずの賢は、自分を殺した男の末路を察していた。

 だからこそ、憐れみの目で見ていた。


「お前は、さぞひどい目にあったんだろうな」

「……そうだ! 俺は、必死で王をやっていたのに! 最後にはすべてに裏切られたんだ! だから、今度は裏切られたくなかったんだ! なのに……!」


 人格が変わるほどに、つらいことがあったのだ。

 苦労に見合わない運命が、彼の人生の最後に待っていたのだ。


「いけないことなのか?!」


 傲慢だとはわかっている。恥知らずだとは知っている。ただの開き直りなのだと理解している。

 それでも、本心だからこそ言わずにいられない。


「仲間を殺した俺は、幸せになれないっていうのか?!」


 裏切られたことを嘆いていたくせに、自分が裏切ったことの罪の重さを問う。


「死にかけていたお前を殺したことは、そこまでのことだったのか? 生まれ変わってもついて回ることなのか?!」


 救いを求めている。幸福を求めている。素晴らしい人生を求めている。


「なんで俺は幸せになれないんだ! 幸せになっちゃいけないのか!」


 あまりにもみっともなく、だからこそ誰もが彼の言葉から逃れられない。

 妄執に囚われた怨霊に対して、英霊は如何に応えるのか。

 誰もがそれを待っていた。


「甘えるな、この人殺しが」


 悲し気に、突き放す。


「何度も言わせるな、桜花。お前の前世で何があったかなんて、この世界の人に何の関係もないだろう。それなのに、なんでこの世界の、この国の人に迷惑をかけた。お前が幸せになるために、どうしてこの国の人が犠牲にならないといけないんだ?」

「悪いことなのか、幸せになりたいことは!」

「……桜花、残念だがな」


 少女が、王子の両肩に手を置いた。


「俺たちの人生(ぼうけん)は、もう終わったんだ」


 死んで長い賢が、静かに諭す。


「俺はお前に殺された後、この体の持ち主の守護霊になっていた。最近までずっと、語り掛けることもなく見守っていたよ。王子でも王女でもない、ごくありふれた町娘の人生だった」


 他の誰にも見えないとしても、ルーシーにも答えていた。


「両親に愛されて、健やかに育っていた。他の誰とも同じで、幸せそうな人生だった。ルーシーが幸せそうに過ごしているところを見ているだけで、俺は幸せになれたんだ」

「……」

「確かに俺たちは、夢を持って生きた。だがそれは終わったんだ、俺たちの体が死んだときに。これからは他の人の幸せを見守ることが、俺たちの幸せであるべきなんだ」


 自分の人生を生きるのではなく、誰かの人生を見守る。

 それが一生を終えた者のあるべき姿だと語る。


「人生に二度目なんて必要ない。他の誰かの人生を奪ってまで、新しい人生なんて送っちゃダメなんだよ」

「……不幸な人生で満足しろってのか?!」

「そうだ」


 友人に裏切られて殺された勇者は、裏切った友人を諭す。


「俺たちには一度目があった、それだけでいいじゃないか。他の人の一度目を邪魔しちゃいけないんだよ」

「あんな兄に譲れってのか! 知りもしないくせに!」

「それだけじゃない。お前が使っている体も、だ」

「……」


 生まれ変わったのなら、その体は自分のものだとレオン王子は信じている。

 しかし賢は、その体そのものに人生があるべきだと語る。


「賢……俺はこの体を使って、素晴らしいことをしてきたつもりだ。この体がそのまま生きても、俺が救った人たちは相手にもされなかったはずだ」

「ああ、真の仲間か?」

「そうだ。それに、俺が王になれば、この体がそのまま王になるよりも、兄が成るよりも、よほど素晴らしいことができたはずなんだ。お前が邪魔をしなければ!」


 堂々巡りだった。

 自分が王になっていれば、と語りたがっている。

 お前さえいなければと語っている。


「誰かに邪魔されたぐらいでとん挫するなら、その程度の計画だって言ってたのはお前じゃないか?」

「……それは」

「負けた後で何を言っても負け惜しみ、そう言ってたのもお前だ」

「……う」

「桜花、お前がこの国を救っても仕方がないんだ。お前はそんなことがしたいんじゃないだろう?」

「!」

「お前が本当に好きだった、俺を殺してでも結婚したかった人は、もう……」

「黙れ! 黙れ、黙れ、黙れ!」


 壊れていた論理は、ついに破たんした。


「黙れ……!」


 自分は素晴らしい、自分は正しい、自分こそ正義。

 その結論を前提として、それを肯定するための言葉を並べ続けていた男は、生前の因縁を知る者によって論破されてしまっていた。


「……もう遅い。言ったはずだぞ、お前の事情なんてこの世界の人々には何の関係もない。お前の言葉は、もう誰も聞かない。お前がなにを訴えても、決して聞き入れることはないだろう。お前とお前の仲間がこの城の人を殺したように、お前とその仲間も殺される」

『ケン……』

「何度も言うが、俺とお前のことはどうでもいいことだ。だが、お前がレオン王子だというのなら、その責任を果たし罪を償え」


「その通りだ」


 その時、瓦礫の上に二人の男が現れた。

 さながら壇上に立ったがごとく、騎士や兵士たち、賢やレオン王子の前に姿を見せていた。


「へ、陛下?! 第一王子様も、ご無事でしたか!」


 騎士たちのざわめきを聞いて、賢もルーシーも状況を把握する。

 賢は慌てて跪き、人魂であるルーシーも顔を伏せた。


「も、申し訳ありません、国王陛下。どのような理由があるとはいえ、陛下のご子息をこのようなことに。そ、その上……城の壁まで」

「構わん、英霊よ。よくぞ我が国に巣食った怨霊を倒してくれた」


 突然現れたにもかかわらず、やたら詳しい国王に誰もが愕然とする。

 特にレオン王子とその一派としては、さんざん探したのにあっさりと出てきたことに困惑を隠せない。


「おい、何をしている!」


 泰然としている、既に決着がついている風の国王に対して、第一王子は戦闘中の様に猛っていた。


「その反逆者どもを、全員捕えろ!」


 はっとした、全員。

 今更だが、レオン王子はともかくその一派は、まだ拘束されていなかった。

 第一王子の言う通り、まだ戦闘は終わっていなかった。


「と、捕えろ!」

「もう加護は切れたのだ、ただの人間とリザードマンなど恐れるに足りず!」

「数で潰せ!」


 戦闘というよりは、制圧だった。

 もとより戦力差は歴然としていた上に、レオン王子の配下は既に戦意を喪失していた。

 レオン王子の醜態を見て、すっかり戦う気力を失っている。

 大将がいきなり敗北し、そのまま屈している姿を見てしまえば、何もできるわけがないのだ。


 とはいえ、血が流れなかったわけではない。

 ほぼ無抵抗だったレオン王子の配下だが、行ったことが帳消しになるわけがない。

 既に多くの死傷者が出ていたし、そもそも亜人であるリザードマンを手ぬるく拘束する意味がないし、何よりも反逆者である若手の騎士たちは徹底して痛めつけられていた。

 男女を問わず、顔面が変形するほど過剰にぶちのめされていた。


「てめえ! 今まで偉そうに説教こいてくれたな!」

「ふざけやがって、何が稽古の成果だ! ただ補助魔法を使ってもらってただけじゃねえか!」

「インチキも品切れみたいだな! ええ?!」


 誰かを上に掬い上げると、誰かが下に落ちるのは自明の理である。

 レオン王子から力を受け取った騎士たちは、どうやら恨みを買っていたらしい。

 他の騎士や兵士から、念入りに暴行を受けていた。


 なお、その捕縛に参加していない四人の見習い騎士たちは、決して調子に乗って他人へ自慢しないように自戒していた。

 恨みを買うのは恐ろしいものである。


「あ、ああ……」


 自分の部下たちが縄や鎖で拘束され、そのまま暴行を受けていく様を見て、いよいよレオン王子は打ちひしがれていた。

 自分の存在、自分の行動を肯定してくれるはずの、自分が救った者たちが今まで以上に虐げられている。

 それは自分が彼らを敗北させたということであり、自分が失敗した証明だった。


「はははは!」


 そして、その暴行は彼自身にも向かっていた。


「がっ?!」

「いいざまだな、レオン!」


 第一王子は、その靴でレオン王子の顔を蹴り上げていた。

 本来ならダメージなど負うはずもない、弱い攻撃。

 しかし死にかけているレオンには、十分な打撃だった。


「今まで俺を見下して、いい気分だっただろう? あいにくだったな、父上はとっくにお前が怨霊だと見抜いていたのだ! 間抜けめ、お前如きにこのステージ王国が手に入れられるものか!」


 恨み骨髄という表情で、とても楽しそうに弟の頭を蹴り、踏み、潰していく。


「なるほどなあ! お前俺より年上なのに、赤ん坊のふりをしていたのか、年下のふりをしていたのか、弟のふりをしていたのか! ふざけやがって、ええ?! 貴様を弟と思ってきた、己が不覚だ! 母上もさぞ嘆くだろうよ!」


 賢は自分の脇に浮かんでいるルーシーの人魂の前に、掌を置いた。

 第一王子にとってこれはとても重要な行為であろうが、幼い少女であるルーシーには刺激が強い。


「ええ?! おっさんだか爺さんだか知らんが! 俺の弟のふりをしていた怨霊め! 思いのままにならんと知れば、そのまま力に訴えるとはまさに悪霊だ! お前などが王になろうとしても、誰も認めるものか! 俺以外の誰が、父の跡を継げるものか! ええ?! なにか言ってみろ、その賢い舌でなあ!」


 頭髪をつかんで、瓦礫にたたきつける。

 それはとても楽しそうで、抑圧からの解放を感じさせていた。

 見る影もない顔になったレオン王子は、口から血を吐きながら弱弱しく何かを言った。


「……」

「なんだ? ん?」

「賢……お前は、これを認めるのか?」


 唯一、自分を助けてくれるかもしれない力を持った友へ、睨みつけながら問う。


「こんな歪んだ男に、国を任せるのか?」

「いや、お前の自業自得だろ」


 呆れながら、賢は助ける意志がないことを示す。


「弟のふりをした強大な力を持つ英雄と、子どもの頃からずっと比べられていたらそりゃあ不満もたまるだろう。お前が悪いんだから、甘んじて受け入れろ」

「だとさ……はっはっは! まったくその通りだ! お前のせいで、お前のせいで俺は、俺はぁああ!」


 しばらくの意趣返し。

 レオン王子が誰かを救ったことによる反作用、一人を救うためにより多くの者を不幸にした、ある意味当然の報復。

 それが終わった後、いよいよ誰もが疲れていた。


『……第一王子様、怖いね』

「そう言ってやるな、ルーシーとやら。怨霊と比べられる重圧に、アレはずっと耐えていたのだからな」


 ルーシーのつぶやきに、国王は答えていた。


『……え、私のことが見えるんですか?!』

「うむ。見えておる」

『す、すみません、なんか幽霊みたいになっちゃってて!」

「気にするな。お主もあのリザードマンを倒すために尽力してくれたのであろう」


 元々ルーシーをこの城へ召喚したのは国王本人なのだが、思った以上に話が分かっている。

 今にして思えば、レオン王子のクーデターに対処するために、彼女たちを召喚したようですらあった。


「国王陛下。恐れながら伺いたいのですが、私たちのことをなぜ召喚されたのですか?」


 賢はルーシーの体を借りたまま問う。

 既に察しはついているが、今確認しておかなければならないことに感じられた。

 おそらく、もうすぐ黒幕が現われるのであろうし。


「うむ。ある怪しげな男から、我が息子に取り付いていた怨霊の存在と、それを止めうる貴殿の話を聞かされていた。怨霊から身を隠すための護符もつけてな。怨霊をとても恨んでいる様子だったが……」


 怪しげな男。

 賢もルーシーも四人へ首飾りを売った、謎の行商人を思い出してしまう。

 まず間違いなく、同一人物であろう。


「名は確か……トロフィーと言ったか」


 そして、その名前を聞いたとき。

 賢は察していたとはいえ目を見開き、思いもしなかった名前にレオン王子は叫んでいた。


「ち、父上?! トロフィーと言いましたか?!」

「お前に父と呼ばれる筋合いはない」

「と、トロフィーが、私と賢を争わせるように言ったのですか?!」

「……英霊殿、やはり生前のお知り合いなのですかな?」


 国王はレオン王子の相手をせずに、賢へ訪ねていた。

 自分のことを殺そうとした相手と楽しく話せるほど、国王もずぶとくはない。


「トロフィーとは……生前俺が倒した、魔神の名前です」


 やはり、生前の因縁は残っていた。

 それは自分を殺した男だけではなく、自分が殺した相手もまた同様だったのだ。



「その通り、お久しぶりですねぇ勇者ケン」



 勝者も敗者も、頭上を仰いだ。

 そしてそこに浮かんでいるのは、軟派な笑みを浮かべる熟練の兵士という、矛盾した姿の男だった。


「あ、あああああ!」

「ケン殿! あの人が私たちに首飾りを売った男です!」

「翼もないのに飛んでるわ……魔法かしら」

(ウオウ、そんなことを気にしている場合じゃないと思うな……)


 やはり、四人の見習い騎士も彼に見覚えがあった。

 だがその四人だけではなく、賢もレオン王子も、その姿を知っていた。


「ずいぶんかわいい姿になりましたねえ、勇者ケン」

「お前こそ、俺の体をのっとりやがって。何を考えていやがる」

「貴方へのサプライズ、ということです」


 そう、魔神トロフィーを名乗る男の体は、正に森野賢そのものだった。

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