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1000レベル対1000レベル! 燃える拳が爆発する!

 賢が乗っ取っているルーシーの肉体は、年齢からすればありえないほどに壮絶な覚悟の表情をしていた。

 自分を殺した相手と向き合う。それは通常ならありえないことだが、既に死んでいる者同士ならありえることだ。

 だがそれでも、戦うことが避けられない、どうしようもない宿命を背負っていることは明白だった。


『け、ケン? ケンって、魔神に殺されたんじゃないの?』

「……すまん、騙して悪かった。君たちには言いたくなかったんだ、苦楽を共にした仲間に殺されたことなんてな」


 冒険に夢を見ている少女たちに、残酷でどうしようもない裏面を語りたくなかった。

 冒険は素晴らしいのだと、仲間は尊いのだと、信じていて欲しかったのだ。


「まさか、早々に再会するとは思っていなくてな」


 どうせ嘘を言っても、確かめようがない。だからこそ、あえて本当のことは言わなかった。

 しかし本人が現れてしまったのなら、もう隠せるものではない。


「おい……レオン王子に取りついている霊が、あの子に取りついている霊を殺したって……」

「だ、大丈夫なのか? レオン王子は、ただでさえ強いのに……」

「そもそも、女の子の体で戦えるのか?」


 周囲の兵士や騎士たちも不安になる。

 レオン王子の武勇を知る者たちからすれば、あの少女が挑むなどただの自殺でしかない。

 双方が強大な霊を宿しているのなら、体が優劣を決めるのは当然ではないだろうか。


 ざわざわと、不安が広がっていく。

 そう、結局のところ、レオン王子を倒せなければ何も解決しないのだとすれば。

 そのレオン王子から恩恵を受けていただけのリザードマンにさえ、数をそろえても歯が立たなかった。

 レオン王子に勝ち目があるのは少女一人だけであり、彼女が負ければこの国はクーデターを起こしたレオン王子、もといその体に取りついた霊のものになってしまう。


「いったん下がるがいい!」


 レオン王子からの命令に対して、兵士も騎士も従わざるを得なかった。

 リザードマンのボスに対してさえ距離を取らざるを得なかったのだから、それを超える者同士の戦いなど近くにいていいはずがない。

 誰もが押し合いながら、壁際へ寄っていく。

 空白地帯に残ったのは、賢とルーシー、キリン、ウオウ、レイキだった。

 

「あの、ルーシー、じゃなかった、ケン……大丈夫なの?」


 怖気づきつつも、しかし何かできるのではないか問うキリン。

 レオン王子をにらんだままのケンは、振り向くことなく応じていた。


「アイツは……桜花は……今はレオン王子とか言うらしいが、強い。俺と同じ1000レベルで、俺と一緒に魔神の根城に踏み込んだ仲間の一人だ」


 彼の力を借りていた五人全員が理解していることだが、英雄の能力値や武器を受け取っても、それを自由自在に扱えるわけではない。

 アクションゲームのキャラクターの性能が同じでも、素人と玄人では動きが違うのと同じ理屈だ。

 そして、それでも100レベル相応の力は強かった。

 王の城に務めている騎士たちでも歯が立たないリザードマンのボスを、小娘五人で倒せるほどに。

 それが、1000レベルなら。それも、力を借りているのではなく、英霊本人が使うのなら。


「力を分散させたままじゃ流石に勝てない、全員から力を返してもらう。だから、いったん下がってくれ」

「私たちでは足手まといということですか?」

「……すまない」


 ウオウの問いに、濁しつつも応じる賢。

 だが相手は二十人ほどで戦うつもりなのだ、一人でどうにかできるのだろうか。


「ウオウ、下がろう」

「レイキ……」

「ケン殿の迷惑になっちゃいけないよ。ほら、キリンも……」


 レイキが促し、それに従ってウオウもキリンも下がっていく。


「ありがとう、レイキ」


 決して振り向かないまま、賢は感謝を示していた。

 そう、決して視線を外していい相手ではないのだから。


『ねえ、ケン……。あのレオン王子も、ケンみたいに力を貸しているの?』

「あれは、奴の能力だ」


 人魂となって浮遊しているルーシーを、誰も見えないし聞こえない。

 しかしその場の誰もが賢に注目している。それ故に、その説明は聞いていた。


「アイツは俺と違って、仲間を強化することに特化している。俺みたいに力を細分化して貸すなんてことはしなくていいんだ」

『か、偏っているね……』

「俺たち六人はみんなそうしていた。仕方がないんだ、そっちの方が結果として強かったんだから」


 すべての仲間を下がらせて、一人で敵に対峙する賢。

 それに対して、リザードマンを含めた配下全員で、陣形を組んでいるレオン王子。

 その差は、既に歴然としていた。


「偶像は自分を含めた仲間の体力回復、輝星はそれに加えて状態異常の治癒や魔力の回復。武将は自分を含めた仲間の基本ステータスを向上させ、大将軍は仲間を強化している時に自分へ更に一段階の強化を行える。邪教信者は自分へ特殊な能力を付与する刻印を植えることができ、邪教神官は仲間へそれを刻むことができる」

『え、えっと?」

「ようはだ、アイツの仲間になっているだけで、体力は勝手に回復していくし怪我も治るし、攻撃力や防御力も上がり、特殊な力も手に入るんだ」


 賢自身偉そうなことは言えないが、およそこれほど簡単に仲間を増やせる能力もあるまい。

 第二王子という立場もあって、強い求心力でクーデターの賛同者を増やせたのであろう。


「たぶんだが……あいつの配下はきっと、その力でうまい汁を吸わせてもらったんだろう。まさにチートだな」


 下世話な話だとは思いつつ、その推測を口にする。

 実際、賢の言葉を聞いて納得するものは多かった。


 第二王子には人を見る目があり、彼に取り立てられたものはめきめきと実力をつけるという。

 だが実際には、レオン王子本人が能力を付与しているのだとしたら。


『十あるってことは……えっと、その……』

「残りの四つは、獣使いと魔獣使い、騎兵と竜騎兵だ。獣型のモンスターを手なずけることができる職業と、騎乗している時に自分と乗騎を強化できる職業だな」


 首を左右に振り、手足をぶらぶらとさせ始める賢。

 しばらくぶりの生身であり、初めての少女の体である。それを使いこなすための、準備運動が必要だった。


「アイツは大量の獣型モンスターを現地で従えて、そのモンスターごと俺たちを強化するのが役割だった……。まさか戦うことになるなんてな」

『あんまり強そうじゃない職業もあったけど、強いの?』

「強い。確かに後衛の職業が多いが、武将と大将軍、騎兵と竜騎兵は十分強い前衛だ。この世界の一流の騎士がたぶん50レベルか70レベルぐらいだから、総合して400レベルの前衛に勝てる者はいないだろうな。それに加えて、強化された仲間も人間なら100、リザードマンなら150レベルぐらいはあるだろう。ずいぶん多めに見積もったんで、実際にはもっと少ないかもしれないけどな」


 レオン本人には及ばずとも、彼の配下たちも強大な力を得ている。

 だとすれば、まさにここで賢がレオンを倒さなければならない。


「アイツの厄介なところは、仲間の人数にほぼ上限がないことと、仲間の強化をしても本人は疲れないことだ。補助系は単騎だとそんなには強くないという欠点があるんで、ある意味当たり前だがな」


 淡々とレオンの脅威を語る賢。

 誰もがレオンの逸話から納得をしていく一方で、不安は増すばかりだった。

 その中で、いまだに侍の力を持っているオーリが、負傷を押してなんとか立ち上がる。


「ケン殿!」

「オーリ、何もしなくていい。休んでいてくれ」

「いや、私にもできることはあるんだ!」


 そう言って取り出したのは、怪しげな行商人から購入した、呪いのネックレスだった。

 五個セットだったので、一つ余っていたのである。


「憶えているか? これはケン殿の姿を観れるようになるだけではなく、借りた加護に応じて武装も変化するのだ! これをルーシーが装備すれば、武装ではレオン王子を超えることができる!」


 一瞬のざわめきがあった。

 確かにオーリを含めた四人は、明らかに強力な武装をしている。

 それがネックレスの効果なのだとしたら、賢にとって強力な助けになる筈だった。

 なにせレオン王子には、強力な武器防具を作る力はない。あるのなら、リザードマンたちにもう少しましな装備を着せていたはずである。


「これを、使ってくれ!」


 傷ついた体を押して、全力で投げる。

 輝くネックレスは弧を描いて賢の元へ飛んでいった。


「させません!」


 建物の影から、高速で影が飛び出していた。

 その影は素早くネックレスを空中でキャッチし、そのままレオン王子の元へ向かっていく。


「ああ?!」

「な、何やってるのよ!」

「オーリ、余計ないことをして……」

「バカだ……オーリ、思ったよりバカだ」


 思わぬ伏兵に唖然とするオーリだが、よく考えなくてもあれだけ事前に説明をしていれば、少なくとも賢に持たせることはなかっただろう。


「どうぞ、レオン様」

「ああ、ありがとう」


 明らかに堅気ではない動きをしたメイドから、そのネックレスを受け取ったレオン王子。

 彼は一瞬だけネックレスを検めたものの、それを自分の首から下げていた。


「なるほど、効果は本物のようだ」


 直後だった。

 元々、ステージ王国の王子として恥じぬ、最高級の鎧だったレオン王子の装備がさらに向上していた。

 それこそ、人間が作ったとは思えない、神々が作ったような豪華な鎧や馬上槍に変わっていた。

 見るからに荘厳で、膨大な魔力を迸らせている。それを見て、膝から崩れる兵士や、しりもちをつく騎士たちもいた。


 そして、レオン王子の配下はその神々しさに目を奪われる。

 今まで武装に満足できなかった彼が、ついにふさわしい装備を身に着けたのだと感動していた。


『ケン、大丈夫なの?!』

「桜花の奴……あんな趣味性の高いメイドを雇ってるのか……そういう趣味だったのか……」

『ケン?!』

「あ、ああ……そうだな、装備が良くなったな。だが元々、俺に装備は関係ないんだ。なにせ自己完結型の前衛だからな」


 直後だった。

 準備運動を終えた賢は、細分化していた力を回収していた。


 オーリから侍の加護が、キリンから蛮族の加護が、ウオウから衛兵の加護が、レイキから騎士の加護が。

 それぞれを超一流以上に強化していた職業の加護が失われ、彼女たちの能力値と装備が新米の騎士のそれに戻る。


 そして、町娘の姿をしている『ルーシー』に集まる。

 あえて発揮していなかった残る五つの力を含めて、十の職業が全快で発揮されていた。

 それによって、彼女の見た目はそのままに、圧力が溢れてくる。


「これで俺も1000レベルだ」


 少女の高い声さえ、何かの攻撃のようだった。

 大気が震え、大地が怯え、人間たちは逆に動けなくなる。

 誰もが本能的に悟っていた、目の前に強大な怪物が出現したということを。


「れ、レオン王子!」

「ど、どうかお下がりください!」

「我らの命を盾にして構いません、どうか奴を打ち取ってください!」


 町娘に対して本気で警戒せざるを得ない。その無力さを呪いながら、レオンの配下は震える体を奮い立たせていた。

 その彼らに対して、レオンは勇気づける。何も恐れることはないと、王の姿を示す。


「あわてるな、奴の思うつぼだぞ」


 悠々と指笛を鳴らすと、城壁を軽々と飛び越えて赤い影が参じた。

 紅い軍馬、レオンの乗騎である『ヤマト』であった。

 元より優れた資質を持つヤマトには、やはり邪教神官の力による刻印が刻まれていた。


 レオンが軽々とそれに乗り込むと、ヤマト自身の装備も一新されていた。

 他の面々同様の強化に加えて、騎兵、竜騎兵の恩恵を受けたヤマトはさらなる力を発揮していた。

 もちろん、レオン自身もである。


「みな、よくきいてくれ。奴の倒し方を教える」


 ケンがレオン王子の能力を良く知っていたように、レオン王子もまたケンの能力を良く知っていた。

 だからこそ、決して無駄なことはしない。勝つために最善を尽くそうとしている、最適解を示そうとしている。


「奴は……あの少女に取りついている霊、賢は純粋な前衛だ。はっきり言えば、なんの弱点もない」


 悠々とレオン王子の説明を待っている賢、その彼の脅威を伝える。


「奴には私と違って、特別な力はない。仲間を強化することはできないし、広範囲へ大威力の魔法が使えるわけではないし、遠距離へ精密な狙撃ができるわけではないし、敵を弱体化させることも、怪我を治療することもできない」


 脅威を語りながら、陣形の最前列へ馬を進める。


「奴はただ、自分が強いことにだけこだわっている。何かができるというわけではないが、逆に言って奴には何の小細工も通じない」


 何も恐れていない、勝てるという確信を込めた、自信に満ちた口調で語る。


「奴には、よほどの大威力でもなければ物理攻撃も魔法攻撃も通じない。体力が多い敵へ有効な割合ダメージも、防御力が高い敵へ有効な貫通攻撃も無効となる。即死攻撃も状態異常も能力値の低下も、地形効果さえも意味を持たない。そのうえで、膨大な体力を誇る」


 複合職による金城鉄壁、およそ付け入る隙がないことを語っていく。


「そのうえで、攻撃も尋常ではない。あいつは一切特別な装備を身に着けることができないが、それと引き換えに素手で伝説の魔剣さえ超える攻撃力を出せる。速度に関しても、騎乗している私を超えるだろう」

 

 一体どうすればそんな怪物に勝てるのか、どんな回答を持っているのか想像もできなかった。


「奴に通じるのは、固定ダメージしかない。膨大極まりない体力を、固定ダメージを重ねることで削っていくしかない」


 直後だった。

 人間だけではなく、リザードマンたちも含めて、彼の配下の体が黒く光っていた。

 そして、体に刻まれていた刻印が変化する。

 魔法や物理による攻撃を半減させる刻印から、固定ダメージを攻撃に付与する刻印に変化していた。


「もちろん、普通なら無理だ。私一人では、絶対に削り切れない。だが私には、君たちがいる。志を同じくする、仲間たちがいる」


 最も位の高い王子が、陣頭に立つ。

 最も危険な敵と、最前線で自らが相手をする。

 それは彼の配下たちに勇気を示し、士気を向上させる意味を持つ。


「どれだけ優れた人間でも、一人でできることなど何もない。奴は思い上がり、自分を強くすることしか考えていなかった。だからこそ、私たちを相手に一人で戦うしかない」


 手綱を手放し、盾と騎乗槍を構えて、ヤマトの腹を軽く蹴る。

 ヤマトはそれに応じ、強大な霊を宿す少女に臆することなく、勇敢に走り出した。


「援護を頼む、全員で奴を倒すぞ!」


 ヤマトに乗り込んでいるレオン王子に続けと、リザードマンたちや騎士たちが走り出す。

 雄たけびを上げ、強大な敵に突貫していく。


(桜花……ずいぶん変わったな)


 その軍勢を迎え撃つ構えの賢は、腰を落として拳を放つ準備をしていた。


(天や赤がいるのならともかく、自分を主体にして俺の体力を固定ダメージで削ろうなんてな……できるわけがない)


 自分が負けるはずがない。

 レオン王子がそう思っていると同様に、彼もまた勝利を信じて疑わない。

 町娘であるルーシーの姿に不相応な、勇者としての気構えで騎乗したレオン王子を迎え撃つ


(賢、確かにお前は強い。お前の体力を固定ダメージで削るなどほぼ不可能だろう)


 馬鹿正直に相手へ聞こえるように作戦のすべてを説明するほど、レオン王子は開き直ってなどいなかった。


(どういうわけだか知らないが、お前はその体を入念に確かめていた。つまり、その体を使い始めて日が浅いということ! ならば、お前は、アレを知らない! 知る筈がない!)


 自分の配下には語らなかったが、本当の策が彼の中にはあった。

 自分以外の体に宿り、生前の力を使って長いレオン王子の強み。


「おおおおお!」


 かつて殺した相手、その魂を継ぐ少女に対して、咆哮しながら立ち向かうレオン。

 その彼に対して、賢は余りにも静かだった。


 レオンの装備している神域の武装が、魔力をほとばしらせた。

 神の武具から、紫色のオーラが嵐の様に放出される。

 それは人馬一体となっているレオンを更に包みこみ、極太の閃光となった。


 それはまさに常人の枠を大きく超えた力。

 どれだけ鍛錬を重ねても至れない、伝説に語られるべき勇者の力。

 平凡な兵士がどれだけ揃えても及ばない、万夫不当の戦士の雄姿。

 騎兵、竜騎兵の加護を持ち、それを極めた者の騎兵突撃。

 それが無防備にたたずんでいる賢に衝突した。



「で?」



 神が心血を注いで作り上げたが如き、強大な力を放つ騎兵の槍。

 それが華奢な少女の掌によってつかみ取られていた。


「ぐ……!」

「終わりか?」


 小さな小さな、モミジのような女の子の手。

 今も天災の様にオーラを放出している槍を、こともなげにつかんで離さない。


 吹き飛ばす勢いで少女に駆けていたヤマトは、突如自分の体が静止したことにより悲鳴を上げていた。

 さながら透明な断崖絶壁が現われたように、自分の全体重を込めて全速力で正面衝突したかのように、骨格も筋肉も破壊されていた。


「何がしたかったんだ、お前」


 その槍の柄を持つレオン王子も同様だった。

 全力で突き込んだ槍が、世界の果てにぶつかったように動かなくなった。

 全身の力を込めて突き込んだだけに、槍を持っている手首や肘、肩の関節が反作用で破壊されていた。


 もちろん、レオン王子自身の能力によって、レオン王子もヤマトも体が高速で治っていく。

 しかしそれは、甚大すぎる損傷には意味を持たなかった。


(そんな、バカな?!)


 レオン王子は、実質片腕を失っていた。

 まともに動かすこともできない腕の痛みに耐えながら、それ以上に驚愕していた。


(賢が俺より強いことは知っていた! だが、だとしても、女の子の体だぞ?! しかもこっちは完全装備で、アイツは昔と違って俺に強化されていない! なのに……!)


 燃えるように痛む腕と対照的に、レオン王子の背筋は寒さに震えていた。


(コイツは、ここまで強かったのか?!)


 それは、彼だけではない。

 その場の誰もが、賢以外の誰もが、槍を掴んでいるルーシーを見て震えていた。


 肩幅程度に両足を拡げて、一切踏ん張ることなく、片手でつかんで受け止めている。

 彼女は世界に固定されているように不動であり、騎兵突撃を静止させたかのように思えないほど静かだった。


「えい」


 まるで前に放り捨てるように、槍の穂先を投げる。

 それはレオン王子とヤマトの姿勢を同時に大きく崩していた。

 人馬一体のまま、地面に倒れてしまいそうなほどに。


「せいっ」


 しかし、それを彼はゆるさない。

 ぞんざいにヤマトの前足を掴み、力任せに片手で振り回す。

 それは少女が大きめのおもちゃを振り回しているようで、彼女だけをみればとても微笑ましかった。


 だが、振り回されているヤマトとレオン王子を見れば、微笑ましさなどない。

 軍馬ゆえに鍛えられている脚ではあるが、それでも人知を超えた握力でつかまれ、神さえ恐れぬ腕力で振り回されていることに耐えきれるものではない。


 能力の強化も常時回復効果も、悲しいほどに意味を持たず、骨も骨も潰されていた。

 皮だけがつながり、皮肉にも賢と自分の体をつなぎとめてしまっていた。


 大渦に巻き込まれたが如き遠心力は、意図もあっさり騎馬と一体化していたレオン王子を放り出していた。

 さながら投石器によって射出された石の様に、レオン王子は兵士たちの頭上を通り過ぎて城壁に衝突していた。


「あ……!」


 堅牢なはずの、王を守るはずの城壁。

 その分厚い石壁に、完全装備のレオン王子がめり込む。

 流石は勇者の一人。普通ならそのまま即死するところを、意識さえ保っていた。


 だが、それはレベル相応の防具を身に着けている彼だからこそ。

 平凡な城壁は、賢が放り捨てたレオン王子の衝突に耐えきれず、轟音と土煙を立てて崩壊していった。


 先ほどまで、視界を遮っていた石の壁。

 それが砂の壁の様に崩れて、視界を開いていく。


「俺を殺したあと、よほど嫌なことばかりだったんだろう。賢さを捨てたくなるほど、バカになりたくなるほど」


 その崩れた壁に向かって、賢がゆったりと歩いていく。

 今まで振り回されていたヤマトは、遊び飽きた玩具の様に捨てられた。

 遠心力によるGで、体の穴から血を噴出させ、びくびくと痙攣していた。


「これも仲間のよしみだ、今楽にしてやる」


 ガラガラと音を立てて、崩れた城壁の中からレオン王子が起き上がってくる。

 自力で巨大な岩を押しのけて脱出できているのはさすがだが、それが精いっぱいであり、とてもではないが戦えるコンディションではない。


「が、がは……!」


 瓦礫の上で何とか立ち上がったレオン王子と、彼に向って進んでいく『彼女(かれ)』を見て、ようやくレオン王子の配下たちが動いた。

 思い出したのだ、自分たちが何をするべきなのかを。


「い、い、行かせるかっ!」


 勇気を振り絞って、強化されている騎士たちが飛び出していた。

 無防備に歩いている賢に対して盾を放り捨てて、幅広の剣を大上段で切りかかる。


 全体重を込めて、全身全霊を込めて、無防備な少女の頭に鉄の刃が振り下ろされた。

 そして、音を立ててひん曲がった。


「あ、ああああああ!」


 渾身の力を込めたからこそ、全体重を込めたからこそ、この世で最も硬質にして強靭な物質から受ける反作用に体が耐えられなかった。

 賢に切りかかった騎士たちは、破損した武器を取り落としてうずくまる。

 それはさながら、巨大な岩を素手で殴り、その結果拳を壊したようなものだった。


【ば、化け物め!】


 刃に切りかかられたことも気にせず、何事もなく進む幼い少女の姿をした勇者。

 リザードマン達は主の前に行かせまいと、その巨体を活かして組み付いていく。

 本来なら体格差、体重差によって、簡単に持ち上げることが出来るはずだった。


【と、とめろ!】

【も、持ち上がらない?!】

【な、何がどうなって……!】


 小山のように重なっていくリザードマン達だが、その彼らごと内部の賢は歩んでいく。

 そして、ある程度進んだ所で、弾けるようにほどかれた。


 内側の賢が、しがみついてきたリザードマンを振り払った。

 ただそれだけで、大人の男性でも見上げる巨体が、まとめて宙を舞った。

 まるで水浴びをしていた獣が身震いして、体毛についている水滴を飛び散らせるように、リザードマンは飛んでいった。


「み、みんな離れて! ファイアーボール!」


 魔法を習得しているメイドが、掌から炎の塊を放った。

 小娘を呑み込むほどの炎が直撃し、その周囲を焼き払った。


 黒い煙を上げて、城の中庭が燃えた。

 それは一介のメイドが、少々魔法をかじった程度の素人が使える威力ではなかった。

 間違いなく、レオン王子による強化の恩恵によるものだった。


「う、うああ……!」


 その炎の中から、髪の毛一本燃えていない賢が現れた。

 その脇でおびえているルーシーさえ、言葉を失っている。


「あ……あ、あああ……」


 その場の誰もが、レオン王子の言葉を思い出していた。

 如何に賢が恐ろしいのかを、彼はちゃんと理解して周囲へ説明していた。

 泰然と進む賢は、レオンの説明通りの性能を発揮しているだけだった。


 だがまさか、ここまで無茶だとは思わなかった。

 ここまで固く、ここまで強いとは思わなかった。

 賢が言っていたように、なんでレオンが勝てると思ったのかわからなくなっていた。


「桜花……お前が、俺に勝てるわけないだろうが」


 日本から召喚された六人の勇者の一人、森野賢。総合レベル、1000。

 彼の職業構成は、以下のとおりである。

 騎士、蛮族、衛兵、侍、格闘家。

 そしてそれらの上位職。聖騎士、蛮族王、近衛兵、侍大将、格闘王。


 十の職業が、すべて前衛職。それ故に、物理攻撃力と物理防御力、そして体力が異常に高い。それらの基礎能力値が、格闘家と格闘王によってさらに大幅に引き上げられる。

 侍大将の特性によって物理攻撃力と同数の魔法攻撃力を発揮でき、侍の特性によって相手の物理および魔法防御を無視でき、蛮族王の特性によって固定ダメージさえ加算される。

 騎士の特性によって魔法攻撃を物理防御力で受けることができ、聖騎士の特性によって割合ダメージと防御無視効果を受けず、衛兵の特性によって能力低下を受けず、近衛兵の特性によって即死判定と状態異常を受け付けない。

 蛮族の特性によって、地形によるデメリットさえも一切受け付けない。


 レオン王子が評したように、一切弱点がない。攻撃にも防御にも、一切隙が無い。

 装備の恩恵を受けることができず、遠距離攻撃も広範囲攻撃も、回復も補助もできないことと引き換えに獲得した最強の(ほこ)と無敵の肉体(たて)

 如何に自ら魔法や特殊能力を封じていたとはいえ、魔神さえ殴り殺した(・・・・・)近接の鬼。 


「お前こそ忘れたのか」


 つまり、自分より強い相手以外には負けない男。


「お前が俺を殺せたのは、俺が魔神と戦って死にかけていただけだろうが」


 その彼は、瓦礫の中で膝から崩れた桜花の前に、何事もなく辿り着いていた。

 前衛職、騎士。

 能力、守りの誓い。魔法攻撃を物理攻撃として扱う。


 前衛職、蛮族。

 能力、蛮地の知恵。地形効果無効。


 前衛職、衛兵。

 能力、忠義の心得。能力低下無効


 前衛職、侍。

 能力、兜割。攻撃に貫通効果(防御無視)付与。


 前衛職、格闘家。

 能力、無手の矜持。武装をしない場合、攻撃力と防御力に大幅のボーナス。


 前衛上位職、聖騎士。

 条件、騎士を極める。

 能力、不屈の誓い。割合ダメージおよび貫通無効。


 前衛上位職、蛮族王。

 条件、蛮族を極める。

 能力、匹夫の勇。攻撃に固定ダメージを付与。


 前衛上位職、近衛兵。

 条件、衛兵を極める。

 能力、滅私の極意。即死判定、状態異常無効。


 前衛上位職、侍大将。

 条件、侍を極める。

 能力、鬼退治。物理攻撃と同値の魔法攻撃判定が発生。


 前衛上位職、格闘王。

 条件、格闘家を極める。

 能力、武神の矜持。武装をしない場合、攻撃力と防御力、敏捷と体力に大幅のボーナス。

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