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ママのおっぱい! 本当の友達!

『桜花……やっぱりお前だったのか』

「え? オウカって、確かケンの仲間の……」

『そうだ。仲間の能力値を向上させ、特殊な能力を付与し、さらに回復する。全部アイツの力だ……』


 賢は現状に対して納得を示しつつ、己の宿主へ静かに頼んだ。


『ルーシー……とても申し訳ないんだが、体を貸してほしい』

「私の体を、ケンが使うの?」

『そうだ……できるだけ配慮はするが、君の手を汚すことになるかもしれない。それどころか、重い怪我を負わせるかもしれない。だが、それでも俺はあいつと話をしないといけないんだ』


 その静かに覚悟を感じた、懇願を感じたルーシーは頷く。


「わかった、どうすればいい?」

『何もしなくていい、俺がその気になるだけでいいんだ』


 ルーシーは、一瞬で体から追い出された。

 自らの肉体から解き放たれ、霊魂となった彼女は先ほどまで賢がいた場所、自分の顔の脇に移動していた。


『う、うわあ?! け、ケン?!』

「しばらく借りる……すまん」


 久しぶりの肉体、久しぶりの生命、初めての少女の体。

 それに戸惑いを感じながらも、賢は一歩踏み出した。

 そして、周囲にいる見習い騎士たちに話しかける。


「キリン、ウオウ、レイキ、俺は賢だ。今ルーシーの体を借りている」

「え、え、あ……ええ?!」


 いきなり露骨に口調が代わったとこに周辺の騎士は驚いているが、それよりもキリンが大いに驚いていた。

 そんなことができるなど一言も言っていないので、当然と言えば当然だったのだが。


「それじゃあ、今浮かんでいるのはルーシーちゃんなのかしら?」

『うわ……変な感じ……です』

「……あの、もしかして私たちの体も、の、乗っ取られちゃうんですか?」


 ウオウもレイキも、状況を把握したからこそ困惑している。

 だが、それに答えている暇はないのだ。


「今は話をしている場合じゃない。アイツの相手は俺がする」

「あ、アイツって……レオン王子のこと? そう言えば、知っている相手かもしれないって言ってたけど……まさか王子も守護霊がいるの?!」

「そういえば、レオン王子も凄いって噂がたくさんあったわね……」

(とんでもない話を聞いてしまった?!)


 自分の知り合いが、守護霊として力を貸している。

 それだけなら、どれだけ救いになるだろうか。

 罪の重さがわからないとしても、あまりにも悲しすぎる話だった。


「……それを確かめるためにも、話をしたい」


 みなぎる力と裏腹に、重い足取りで前に進む。

 失意と混乱によって茫然としている騎士たちをぬって、賢は人の少ない場所にたどり着いた。


 口を開こうとして、何を言えば良いのかわからなかった。

 生前のこと、過去のことが第一に出そうになる。

 だがそれは関係ない、この場ではどうでもいいことだ。


「おい、桜花!」


 だが口から出たのは、非難の言葉だった。

 こらえきれずにあふれ出る、激情の糾弾だった。


「……なに?」


 悲しいことに、レオン王子はルーシーの姿をしている賢に気づいた。

 この場にはあまりにもそぐわない、少女の幼い声が『自分の名前』を呼んだことに困惑して、その声の主を探していた。

 そして、見つけてしまった。直感的に悟ってしまった。

 離れたところからこちらをにらんでいる幼い少女が、自分と共に旅をしたかつての仲間だと理解してしまっていた。


「賢、なのか?」

「そうだ。お前の仲間のな!」


 応答が成立したとたん、レオン王子は青ざめて後ずさった。

 今の今まで、傲慢さに満ちていた彼は、ここでようやく自信を喪失しかけていた。


「れ、レオン様?」

「どうしたのですか? 一体何が……」

「オウカ、とはいったい?」


 それは中庭にいる誰の目にも明らかだったが、ことさらに動揺したのは彼の傍にいる若い騎士たちだ。

 彼に取り立てられた、レオン王子に最も忠実な騎士たちだ。

 その彼らから不安げに見られていることに気付いて、ようやく調子を取り戻そうとする。


「……私の計画を邪魔した者が分かっただけだ。どうやら奴が、あの門を壊したらしい」

「あの少女がですか? 確かにこんなところへいるのは不自然ですね」

「とても信じられません。いえ、レオン王子を疑うわけではないのですが……」

「一体何者なのですか?」

「奴は、いや、あの少女に取りついているのは……」


 レオン王子は、賢をなんと説明していいのかわからない。

 苦悶を隠し躊躇を避けようとしても、なんといっていいのかわからない。


「桜花! 俺とお前のことなんて、どうでもいいだろうが!」


 だが、賢の叫びを聞いて、レオンの頭が沸騰した。


「どうでもいいだと? 賢、貴様、俺とお前のことがどうでもいいと言ったか!」


 レオン本人が激高していた。

 口から唾を飛び散らせて、激しく怒っていた。


「お前が……魔神に魂を売り渡したお前が、そんなことをいうのか!?」

「なんのことだ」

「しらばっくれるな! お前が……お前が魔神を復活させたせいで、俺の国は、あの国は……!」


 本気で心当たりがない賢であるが、しかし他の面々はもっとわからない。

 事情が分からないこの世界の住人を置き去りにして、レオンは粗ぶり高ぶっていた。


「だから、そんなことはどうでもいいだろうが!」


 皮肉なことに、正体不明であろう漢口調な少女の方が、周囲へ気を使っていた。


「お前、第二王子なんだろう? なにクーデターなんて起こしてやがる!」


 そう、それだった。確かにこの状況は、どう言いつくろってもクーデターである。武力を用いた、政権を奪う行為である。

 この中庭に突入した騎士たちは、少女と同じ心境だったのだ。


「昔散々俺に向かって偉そうに説教こいていたお前が! よりにも依ってお前が、こんなくっだらねえことしやがって!」

「……!」

「お前は忘れているかもしれないけどな、俺は憶えているぞ! 内輪もめでケガ人が出るほど馬鹿なことはないってな! お前死人出してるじゃねえか!」

「……それは、必要なことだ!」

「自分の国に仕えている兵士やら騎士やらぶっ殺す必要があったのか! その必要ってのはなんだ!」

「お、俺が……俺が国王にならなければならないからだ!」

「王様になるためなら、お城でまじめに働いている人を殺してもいいのか! お前はそんな奴だったのか!」


 レオン王子が、小娘に言い負かされている。

 それはレオン王子を良く知る騎士たちには、ありえないことだった。


 逆に、四人の見習いとルーシーにしてみれば、賢がこうも激しく怒っていることが信じられなかった。

 粗暴で気性が荒い、ただのチンピラのようだった。


「お前は何も知らないだけだ……! 俺は優秀だった、兄よりもずっとな!」

「そりゃそうだろうが! お前が何歳で死んだか知らねえが、俺と同い年だったんだから、二十以上だろ! それで赤ん坊からやり直したんだったら、むしろ負けるほうがおかしいだろうが!」

「だ、だから、それとは関係なく、俺は優秀で……」

「子供のふりして子供に勝って! それが自慢なのか、それで嬉しいのか! 情けないにもほどがあるぞ!」

「お、お前に、お前に兄や父の何が……!」


 混乱していく騎士たちは、なんとなく状況を悟っていく。

 子供のころから飛びぬけて優秀だった、王家の誇りであるレオン王子。

 彼が実際には、伝説の勇者か何かの生まれ変わりなのだったとしたら。

 それはむしろ、納得できることだった。


「赤ん坊のフリしておっぱいしゃぶってたくせに、こいてんじゃねえ! キモイんだよ!」


 だがそれは、まさに賢の言っている通りなわけで。

 力を継承しているだけならまだしも、記憶が連続しているのならこんな気持ちの悪い話はない。


「そ、それは、赤ん坊なんだから仕方ないだろうが!」

「お前は赤ん坊じゃないだろうが! 赤ん坊の体を乗っ取って、おっぱいしゃぶってたんだろうが!」

「い、今言うことじゃないだろう!」

「関係あるだろうが! なんでこの国の王子に生まれ変わって、赤ちゃんとして子供として! 当たり前に育ててもらって! クーデターを起こすんだよ!」


 中庭に突入した騎士たちに、第二王子への敬意はない。軽蔑さえしていた。

 そう、その通りなのだ。どう言いつくろっても、この国の王子でありながら、この国の王子として育てられながら、この国に仇を成したのだから。


「それは……この国が間違っているからだ」


 だが、それでも彼は自分の過ちを認めない。

 自分が正しく、それを否定するものが間違っていると口にしてはばからない。


「この国は、間違った風習を引き継いでいる。努力している者を軽んじ、女性だからと相手にせず、異種族を排斥している! それを変えるには、俺が王になるしかない!」

「ずいぶんとお優しくなったもんだな、桜花! 昔のお前なら、そんな青臭くて馬鹿々々しいことを叫んでのぼせ上がることはなかったぜ!」

「お前を……お前が死んだ後も! 俺は生きていた! 俺は変わった、成長したんだ!」

「成長してこれか?! 王様になりたくてやることがこれか?! しんどい目に合っている連中にもてはやされて、優越感に浸って! 利用して使いつぶそうとしているだけだろうが! 良薬は口に苦いだとか、耳障りのいいことしか言わない奴は害悪だとか言ってただろうが!」


 賢の叫びは、客観的に事実だった。

 少なくともこの状況になってしまえば、クーデターに参加した者たちは一族郎党皆殺しだ。

 特にリザードマンの集落は徹底して探られ、今まで以上につぶされていくだろう。

 王の城に攻め込むということはそれだけの罪悪なのだ。


「お前に何がわかる!」


 だがしかし、その言葉を否定したのはレオン王子ではなかった。

 醜態をさらす彼を、いまだに庇う彼の騎士たちだった。


「さっきから聞いていれば、不敬極まりない! お前に殿下のすばらしさの何がわかる!」

「家柄や性別を理由に、認められることもなく相手にされることもなかった、我らの無念の何がわかる!」

「我らに手を差し伸べてくださったのは、他でもない殿下だけだ! 我らに力を授けてくださった、我らのために社会を変えようしてくださった!」

「何を偉そうに! 我らが利用されているだと? 違う、我らは同志なのだ!」


 その彼らが叫ぶさまを見て、レオンは余裕を取り戻していた。

 穏やかに笑い、見失いかけていた己を奮い立たせていた。


「賢……お前がなにを言っても、俺は揺るぐことはない。俺には、この世界で得た新しい仲間がいる。お前と違って……決して俺を裏切ることがない、本当の仲間だ!」

「ヨイショしてくれるのが仲間なのか?! 間違ったことをしても怒らないのが本当の仲間なのか?! お前は俺に散々偉そうなことを言っていただろうが!」


 叫ぶ賢の表情が、だんだん悲し気になっていく。


「お前が俺を認められないことは仕方がない。だが、だけど……赤や天、ダイヤや鴨は仲間じゃないのか? お前は、仲間をそんな風に思ってたのか?」


 こぼれそうになる涙をこらえて、賢は問う。


「お前は、自分のやることを全部認めてくれないと、仲間だと思えないのか?」

「……そうだ」


 躊躇したのちに、レオン王子は振り切った。


「昔とは違う。今の俺は、そんな友達感覚でいるわけにはいかない! 俺は王道を歩んでいる、それを止めるものは仲間ではない!」


 自分は決して間違っていない、自分の行動に恥じるものはない、それを否定することは許さない。

 彼はそう言い切っていた。


「……で?」


 賢の口調が露骨に変わった。


「で、お前はまだクーデターを続けるんだな? お前がどう思っているかはわかったが、俺は今でもお前の仲間のつもりだ。だから、俺はお前を止める」


 もう戦うしかない、と覚悟をしている。


「桜花。お前、俺に勝てるつもりか?」

「賢、お前こそ忘れたのか?」


 そして、それは双方の認識になってしまっていた。


「お前を殺したのは俺だ!」

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