窮地の援軍! 久しぶりのお友達!
リザードマンのボスは、手にした巨大な槍を振るっていた。
作りこそ粗雑だが、大きさが人間の操れるものではない。その重量ゆえに、かするだけでも肉がえぐれ骨が砕かれ、命中すればそのまま致命傷を負っていた。
それゆえに一定の距離を保ちつつ、遠距離から弓矢を射かけている。
【そんなものが、通用するものか!】
「馬鹿な、矢がなぜ刺さらない?」
「補助魔法の効果か? だとしても、リザードマンが使えるわけがない……!」
「ええい、魔法使いはまだか?!」
リザードマンの鱗はそれなりに強固ではあるが、だとしても兵士たちの弓矢が刺さらないのは異常だった。
誰もが困惑し、それでもなんとか食いついていく中、五人の少女が頭上から飛び降りてきた。
【ふん、また雑魚がきたか! ずいぶんと弱そうだな!】
なんでこんなところに女子供が。
周囲の兵士が止める前に、リザードマンのボスが彼女たちに攻撃する。
人間の小娘など、五人まとめて吹き飛ばせるはずの一薙ぎ。空振り同然の手ごたえしか、リザードマンにはないはずだった。
「づうう! さ、流石に痛い……!」
『装備が良くて助かったな……。それにしても、やっぱり強すぎる』
それを一人の少女が、金属製の巨大な盾で受け止めていた。
彼女自身よりも重いかもしれない、巨大な盾。それを用いているとはいえ、独力で持ちこたえて拮抗するなど、あり得ないことだった。
【な、なんだと!】
「もらった!」
その隙をついて、オーリが跳躍した。刀を大上段に振りかぶり、頭から両断しようとする。
流石は歴戦の雄、リザードマンのボスは槍を横にして防御しつつ、後ろに下がろうとした。
オーリの刀は太い槍の柄を抵抗なく切断し、更に胸へ大きく斬りこんでいた。
【ぬう!】
「やった、当たったぞ!」
【舐めるな!】
「ぎゃあ!」
半分になった槍を、片手で降りぬいてオーリを叩く。
それは油断して無防備になっていたオーリを吹き飛ばし、他の兵士たちの所へ突っ込ませていた。
「ケン、オーリさんが!」
『大丈夫、軽傷だ! 初歩の回復魔法でも治せる!』
力を貸している副次的な効果か、賢は大雑把に五人の体調を把握していた。
一時的に戦闘不能になっているが、それでも致命傷ではない。
「ぐ、ぐうう……流石はボスか……」
【な、死んでいないだと?!】
なんとか起き上がろうとして、しかし立ち上がれずにいるオーリ。
周辺の兵士たちも驚いているが、それ以上にリザードマンのボスこそが一番驚いていた。
確かにとらえた確信があったのに、死ななかった。それどころか、意識さえある。その状況を信じることができなかった。
「捉えたわ!」
その隙を、キリンは逃さなかった。
呆然としているリザードマンを、背後から骨の棍棒で殴打する。
【があああ?!】
攻撃に優れた前衛職による、背後からの不意打ち。
それはリザードマンにとって、喰らってはいけない攻撃だった。
『今だ、畳みかけろ!』
「わかった! でやあああ!」
賢の指示に従って、無防備になっているリザードマンへ殴り掛かるルーシー。
大きな口を開けて、力が入らなくなっているリザードマンの顔を、小さな拳が確かにとらえていた。
【ぐは!】
「だあああ!」
さらに追撃。空中で体勢を入れ替えながら、ルーシーの短い脚が、リザードマンの長い首をへし折らんばかりに叩き込まれた。
「あの、オーリのことをお願いします」
「あ、ああわかった!」
オーリのそばによって一旦無事を確認したウオウは、付近の騎士たちに回復魔法を頼んで、リザードマンのボス討伐に戻った。
手にした短めの槍で、太く長い脚へ突き刺していく。それによって浅くない傷が刻まれ、青い血が流れていった。
【なんのこれしき……あの方にいただいた力をもってすれば、この程度の怪我など……】
「じわじわと出血が収まっていく?!」
「そんな、こんな力がリザードマンにあったの?」
「うそ……怪我が治ってる?」
「ど、どうしよう、ケン! このままじゃ倒せないよ!」
ふらつきながらも、二刀流もどきで両手に槍と棒を構えるリザードマン。
その姿を見て、四人はひるむ。他の騎士たちも、怖気づいてしまった。
だが、その姿を見て賢だけは確信が強まることを感じていた。
『今度は希星の効果か! 間違いない、常時回復しているぞ!』
「じゃあ倒せないの?」
『それはない! 常時回復で治るケガは、初歩の回復魔法程度だ! さっきキリンが思いっきり殴っただろ? アレは治ってないはずだ! それから、さっきの顔面への打撃もだ!』
ルーシーの質問に対して、賢はするすると回答する。
回答できてしまうことにどうしようもない残念さを感じながら、相手のことを把握してしまう。
『本当はオーリが一番だが、今は彼女が戦えない。キリン、君の攻撃を叩き込むんだ。他の三人は隙を作ることに専念してくれ!』
「ちょっと、具体的にはどうすればいいのよ!」
「そ、そうです……も、もうちょっと具体的な作戦だと、嬉しいです……」
「相手は強いので……どうか」
「ケン、お願い……」
『わかった……えっと……』
本来、敵の前で大きく作戦会議をするなどあり得ない。
しかし、賢が見えて聞こえているのは、力を借りている五人だけである。
だからこそ、四人の少女が誰にむかって指示を求めているのか、誰にもわからなかった。
むしろ、不信に思われていた。
『まず、ルーシー以外の三人で囲んでくれ!』
数的な理を活かす基本は、囲むことである。相手が一人ならなおのことだった。
単純に三人が別れて挟んだだけで、リザードマンは身動きが取れなくなっている。
おぼつかない頭を奮い立たせて、なんとか隙をなくそうとしていた。
『ルーシー! 君は走ってぐるぐる回ってくれ!』
「うん!」
その彼の周囲を、ルーシーが走り回っていく。
まさかコミックの様に目を回して倒れるということはないが、それでもどうしても注意力が散漫になる。
『レイキ、ウオウ! 君たちが同時に仕掛けてくれ!』
「はあ!」
「やああ!」
その隙をついて、防御の固い二人が突き込んだ。
頭を狙うということはなく、足元を狙って切りかかる。
そして、それは実際に足へ刺さった。
いささか固い印象があるが、それでもきっちりと刺さっていた。
【ぬぐあああああ!】
甲高い声で絶叫しながら、深々と刺さっている足を無理やり踏ん張って反撃する。
しかし防御に優れている二人を倒すには、折れている武器では不足がありすぎた。
「こ、このぐらいなら……!」
「な、なんとか耐えられる……多分!」
『二人とも装備がいいからな……なんで装備がいいんだろう』
衛兵も騎士も、基本的な能力値が防御に寄っている。
その上で、なぜかレベル相応の強力な防具に身を包んでいる。
そんなウオウとレイキが打たれる覚悟を決めていれば、ただ打ち込むだけで倒せるわけもない。
『いまだ、キリン!』
「……!」
キリンは無言で巨大な骨を握りしめて、大きく振りかぶってリザードマンの腹部を殴打した。
それは腰の入った全力の一撃であり、無防備なわき腹をえぐるような攻撃だった。
【が……!】
「手応えあり!」
「今だ!」
『って、ルーシー?!』
指示を待つことなく、弾丸の様に飛び出したルーシー。
大きくよろめいたリザードマンのボス、その胸に小さな拳を叩きつけていた。
胸部を陥没させ、崩れる巨体。
それを見て兵士たちは歓声を上げた。
「スゴイ、なんだあの四人は!?」
「これだけ強い亜人を、一方的に倒すなんて!」
「あの四人……いずれ伝説の騎士として語られるに違いない……!」
「よし、あの四人がいれば勝てるぞ!」
【な、長がやられた?!】
【なんなのだ、あの四人は……!】
【あの方から力をいただいた我らは、無敵のはずなのに……!】
【あの四人を倒さなければ……!】
【あの四人を倒せ!】
敵であるリザードマン達も、ルーシー達四人を警戒し、兵士たちを蹴散らして殺到しようとする。
しかし勢いづいた人間の騎士たちは、それを阻む。流石に攻撃力そのものは極端に上がっておらず、対応できていなかった。
「わ……私は?」
なお、殆どの者はオーリを忘れていた。
一番最初にやられたので仕方がない。
「一番強い奴は倒せたね……」
「それじゃあ、他のリザードマンを倒さないと。手分けをする? それとも全員で移動する?」
「どうした方がいいかしら、ケン殿」
「お、お願いします……」
『……みんな、落ち着いて聞いてくれ。そして近くの騎士に話してくれ』
血液などないのに、血の気が引いている賢。
彼はとても深刻そうに、他の敵を倒そうとしている四人へ話しかけていた。
『今の奴はボスじゃない。どこかに、この場のリザードマンを強化している誰かがいるはずだ』
「誰か?」
ルーシーは首をひねるが、よく考えればおかしな話だ。
城門をこじ開けた先に、いきなりボスがいるだろうか。
「そう言えば、あの方とか言ってたわね。たしかにリザードマンだけで城の占拠なんてできるわけないし……」
「首謀者を探すよりも、まずリザードマンを倒すべきなんじゃないかしら?」
「そ、そうだよ……。そういうのは、ほら、別の人に……」
『その、操っている奴が、ここに来るって言ってるんだ』
賢の深刻な口ぶりに、全員が青ざめた。
確かにこの場所を守っているリザードマンが全滅するとなれば、操っている者は助けに来るだろう。
「ど、どうした君たち。できれば、他のリザードマンも倒して欲しいのだが……情けないが、あり得ないほど強い。出血も一瞬で塞がるし、やたらと固い。魔法も当てているが、そこまで効いていない。君たちに倒して欲しいのだが……」
おそらく、この場でも身分が高いであろう騎士が、代表して四人へ話しかける。
ケンが見えていないので、ただ無意味に相談をしているだけ、と思ったのだろう。
申し訳なさそうではあるが、やや焦っているようだった。
『ウオウ、新手が来ると伝えてくれ』
「はい……あの、実はここに守護霊がいまして……その守護霊が言うには、リザードマンを強化している誰かが、ここに来ると言っているんです」
「守護霊が? いや……言われてみれば確かに……リザードマンがこんなに強いわけもないし、そもそもこの城に入れるわけもない。確かに黒幕がいるのは当然か……」
情報源が見えない幽霊というのは信ぴょう性を疑うが、それを抜きにすればとてもまともである。
経験を積んだ歴戦の騎士は、あっさりとそれを信じていた。同時に、顔を引き締める。
「では、守護霊殿。その黒幕について何かご存じなのですか?」
賢がいるであろう場所へ問いかける騎士。
なお、その視線の先に賢はいない。
『多分知っている相手だ。奴は契約した相手に特別な能力を付与し、さらに基本的な能力値を強化して、その上で自動的な魔力や体力を回復することができた。毒や麻痺も治せたはずだ』
「なんなのそれ?!」
「無茶苦茶ですね……」
「と、とんでもない……」
「そんな魔法が使えるんだ……」
「すまないが、君たち。私にも通訳して欲しい」
余りにも衝撃的で、情報量が多かったので、四人とも硬直してしまった。
もう少し小出しにするべきだったか、と後悔しつつ、更に衝撃的で一番大事なことを言う。
『もしも俺が想っている奴なら、さっきのリザードマンよりもはるかに強い。君たち四人がどう頑張っても勝てない』
「守護霊は何と言っている?」
「……その、黒幕はリザードマンよりずっと強いって。私たちでも、絶対に勝てないって」
信じたくなくなる情報だった。
だが、それを裏付ける声が聞こえてきた。
【その通りだ……愚か者どもめ……】
息も絶え絶えながら、常時回復効果によって死を免れているリザードマンのボス。
彼は血を吐きながらも笑い、痛みに耐えながら勝ち誇っていた。
【あの方は、この俺などとは格が違う……貴様らなど、木っ端同然だ……】
リザードマンのボスが、自ら自分よりも強い誰かがいるという。
それはつまり、賢の想像が正しいことを意味していた。
【あの方がこの国を盗る。そうなれば、我らリザードマンの歴史は変わる……縄張りを追いやられてきた歴史が……変わるのだ……あの方なら、そうしてくれる……】
賢はこの世界の水準を知らなかった。
100レベルの前衛職が、この世界でどの程度通用するのか確かめたことが無かった。
だが、ここまでの三回でだいたい分かった。
この世界における100レベルの前衛は、『歴戦の雄より二段階強い』という程度だ。
今のところこの世界の一般的な人間でも十分勝てる程度の相手としか戦っていないのだが、だからこそ計測もできる。
もちろん貸している相手が素人なので最適な動作をしているとは言い難いが、それでも『人知を超えた超絶の戦士』というわけでもないらしい。
多分、この世界の兵士でも、数を揃えれば何とかできる程度だ。
だがそれは、100レベルの話でしかない。
おそらく、これから戦わねばならない相手は、生前の賢同様に1000レベルに達している。
その場合は、それこそ自分が直接戦うしかない。
「そこまでだ!」
今だに戦闘が続いている城内の中庭。
よく響く、凛とした声が戦闘を止めていた。
「……レオン王子」
「レオン王子、ご無事だったのですか?」
中庭に護衛を連れて現れたのは、男女の混じっている直近の騎士を連れた、風格のある色男だった。
精悍な顔つきをしており、戦場の血なまぐささに負けることなく、気品ある振る舞いをしていた。
レオン・ステージ。この国の第二王子である彼は、当然の様にこの場へ現れていた。
「皆、一端矛を収めてもらおうか」
そう言われても、リザードマンもいるのだ。
彼らも抵抗を止めなければ、矛を収めるもなにもない。
そう思っていたが、真っ先に矛を捨てたのはリザードマンだった。
彼らは無抵抗になり、そのまま膝を折っていた。
「お、王子? これはいったい……」
最悪の予想が、脳裏をよぎる。
だがそれを認めるわけにはいかない、そうであって欲しくない兵士たちは、不敬であると知りながら問う。
なぜ彼の指示に、リザードマンが従っているのか。
「皆を争わせてすまない。もとはこの城の中だけで騒ぎを治めるつもりだったのだが、まさかこんな短時間で城門が破られるとはな」
彼の声は、不思議とよく通った。
「彼らは、私の手勢だ。私に協力してくれている。だからこそ、君たちとは争ってほしくなかった」
だからこそ、誰もがそれを信じることができなかった。
「私は、この国の為に行動した。彼らには、その協力への見返りとして、相応の土地を与えるつもりだった」
まるで、自分はとても素晴らしいことをしているのだと、それを理解して欲しいのだと言っているようだった。
「お、王子、レオン王子……?」
「私は有能で優秀だ。兄と違い、国民からも臣下からも信が厚いと自負している」
「そ、そうでございます。恐れながら、国王には殿下こそふさわしいという声も……」
違ってほしかった。
「だが、父上は古い風習に拘って私に王位を譲らず、第一子であるというだけで兄に王位を譲ると言った」
まさか、そんな理由で、こんなことを主導したのだとは思いたくなかった。
「だから、私はこの国の為に、行動したのだ」
自分という優れた王が立つために、城を封鎖し王や第一王子を殺そうとしたのだ。
その為に亜人を招き、更に抵抗した城の兵士を殺したのだと言っていた。
「貴殿らの混乱はわかる、だがそれでも理解してほしい。少なくとも父上と兄上は、城の者を見捨てて逃げ出した。隠れひそみ、未だに出ていない。諸君らを見捨てたのだ」
自分は悪くない、逃げた王が悪い、逃げた兄が悪い。
自分は悪くない、抵抗した兵士が悪い、入り込んできた兵士が悪い。
余りにも、無責任極まりない発言だった。
できることなら、彼が操られているのだと思いたかった。
彼が誰かにそそのかされたのだと、彼の意志から出た言葉ではないのだと、思いたかった。
それは四人の見習いも同じことだった。
だが、ルーシーだけは違った。
彼女だけは、自分に力を貸している英霊の感情を共感してしまっていた。
『桜花……』
かつての仲間の転生者に出会った勇者は、誰よりも深く失意の底に沈んでいた。




