亜人と戦闘! これって殺人なのかな?
急ぎの馬車にのせられた五人は、ぐらぐらと揺れる馬車の中で数日間ゆすられ続けていた。
なにせ国王からの要請であるし、乗せているのもただの小娘五人。とにかく生きていればそれでいいという、雑な『運送』だった。
流石に王都近くになると、道が整備されていることや、単純に道が混んでいるためゆったりとした進みになっていた。
それでも移動につかれた五人は、完全にグロッキーである。豪華な馬車の中で、全員がぐったりと横になっている。
『……お疲れのようだな』
そこへ行くと、死んでいる賢は体調が悪くなるわけもなかった。何せ体が無い。
長時間の移動に関しても、本人の時間間隔が麻痺しているので問題にならない。
だが、自分だけ元気というのも、逆に気まずかった。
自分の宿主やその護衛がぐったりしているのに、自分だけ平気というのもどうかと思うところである。
『だがそろそろ王都だ。さすがにしゃんとした方がいいと思うぞ』
「それはそうだけどさ……」
「幽霊は肉体のしがらみがないからな……」
「恰好いいこといっても意味ないでしょうに……」
「でも陛下にお会いするかもしれないんだし……元気を出しましょう?」
(陛下にお会いする前に、死んじゃいそうだよ……)
王都へ続く道を進んでいるとは思えない、しんどそうな五人の少女たち。
その空気を換えるべく、賢は話をふってみた。
『そう言えば、君たちはメタルアントを燃やすときに魔法を使っていたね。この世界では魔法はどうやって覚えるのかな?』
「そ、それは……普通だよ。学校に行って、先生に習うんだ……」
力なく答えたのは、やはりというかオーリだった。
「ケン殿の世界ではモンスターを倒しさえすれば魔法を覚えられるそうだが、私たちはそうもいかないのさ……」
『いやいや、職業に縛られず魔法が使えるのは羨ましいよ。手間はかかると思うが、初歩でも俺が魔法を使えればなあ……』
初歩でも一応使える、というのと一切使えないの間には大きな開きがある。
それを冒険の中で学んでいた賢は、魔法が使える四人をうらやんでいた。
「騎士なら当然の心得よ。むしろ、一切魔法が使えない貴方ってどうなのかしら……私にあんな格好させるし。貴方って何を考えてあんな格好をしていたの?」
『いや、俺もあんな格好をしたことはないな』
「じゃあなんで私はあんな格好になったの?!」
『そもそも、なんで格好が変わるのか、俺の方が知りたいぐらいだ』
文明人を自覚しているキリンは、猛烈に賢へ抗議した。
獣の毛皮で局部だけ隠すなど、はっきり言って未開の野蛮人の格好である。実際、蛮族というカテゴリーらしいし。
「……ねえ、なんであと五個も加護が残っているのに、私にはこれしか力を貸せないの?」
『それは……まあ大した理由じゃない。それにだ、女の子に貸せるようなものは最初から持ち合わせがない』
「極端な……いえ、貴方が最初から女性向けの加護を受けているのもどうかと思うけど……」
どうにも最初の一回で、誰にどの職業を貸せるのかは決まってしまったらしい。
オーリは侍、キリンは蛮族、ウオウは衛兵、レイキは騎士。四人が固定されてしまって、他の職業の籠を貸せなくなっていた。
もちろんルーシーに対してはどの力も貸せるが、『首飾り』を売った男の思惑が分からない以上、ルーシーには武装を必要としない格闘家の力が望ましかった。
とにかく、キリンが嫌な役を請け負うわけである。今後も野蛮な痴女として戦うことになるわけだ。
「……ねえ、ケン。何か臭くない?」
『俺は鼻が無いからな……』
そんなことを言い出せば、目玉もないのに前が見えるし、そもそも頭が無いのに考えているわけで。
とにかく、賢は嗅覚を持っていなかった。ルーシーは顔をしかめているが、どんな臭いなのかわからない。
「……焦げ臭いような?」
レイキがその臭いに気づいたとき、御者を務めていた騎士が大慌てで馬車の扉を開けていた。
「英霊殿! 貴殿らを送るはずの王都から、いや城から煙が!」
『火事の類ですか?』
「あの、火事ですかって聞いてます」
賢の言葉は五人にしか聞こえないので、ルーシーが賢の質問を伝えていた。
「分かりません。ですが、尋常ではありません! どうかお願いします、私の責任で構いませんので、至急城に向かってください!」
慌てる気持ちはわかるが、なんで守護霊に話が行くのだろうか。
気持ちが分からないわけではないのだが、ルーシーを含めた女子の心中は複雑だった。
『よし……じゃあ五人とも、力を貸すぞ!』
※
長く平和だったステージ王国。
その中心である王都、更にその中心である城もまた、平穏を長く保っていた。
その平穏を打ち破ったのは、突如として現れた亜人『リザードマン』だった。
人間に対して敵対的であり、当然人里に近づくはずもない亜人が、いきなり城の中に現れた。
元々人間よりも屈強な、モンスターの一種とされるリザードマンの群れ。
それが不意を打つように、大量に城内で暴れはじめた。城内で警備をしていた衛兵たちも果敢に立ち向かったが、成すすべなく壊滅に追い込まれていた。
もちろん、場所が王都である。城の外にも大量の兵士がいたのだが、城門を内側から閉められてしまい、手が出せない状態になっていた。
皮肉にも、城の門はとても強固で破壊は困難だった。攻城兵器を持ってくれば破壊できるだろうが、そんなものが王都に、しかも城の外に置いてあるわけがない。
隠し通路なども探せばあるのかもしれないが、あいにくと知っているであろう人間も全員城の中だった。
だからこそ、大急ぎで城の中に入らなければならない。門の前に集まっている兵士たちは、何とかして門を壊そうと四苦八苦していた。
「それにしても、一体どこから入ってきたんだ? どこかの関所が破られたという話はないぞ」
「もしや、凄腕の魔法使いが召喚魔法を使ったのでは?」
「いずれにせよ、相当な者が入り込んでいるぞ」
「国王や王子たちはご無事だろうか……三人とも、今日は城で公務をなさっているはず。まさかそれを狙って……」
「今はそんなことを言っている場合ではあるまい! とにかくこじ開けろ! 城門を破壊するのだ!」
城門の前には、突入を待っている大量の兵士が待機している。
手をこまねいている自分たちを嘆きつつ、闘気をたぎらせていた。
『そうか、壊してもいいのか。オーリ、君なら簡単に壊せるだろう』
「いいや、ここは切ると言って欲しいね。その方がテンションが上がる!」
そして、その彼らの前に鎧武者姿のオーリが躍り出る。
手にしている日本刀を数度振りぬき、白刃を煌めかせながら納刀した。
『なんで戦闘中に納刀するんだい?』
「いいだろう、気分が出たんだから。それより、斬ったのに崩れないぞ?」
『多分内側から支えているんだろう。ルーシー、君の出番だ。ぶちかましてくれ』
「わかった!」
その次の後で、切れ目の走っている城門に『人間の子供の大きさ』の何かが猛烈な速度で衝突する。
それが決め手となった。鉄で補強された巨大な木の扉が、粉々になって飛び散っていった。
内側には乱雑ながらもバリケードとして家具などが積み重ねられていたが、それさえも押し飛ばされて完全に開通していた。
「やったね、開いたよ!」
「ふふふ、これが私たちの実力だ」
自分の行動を誇る二人だが、そんなことを誰も気にしていない。
少女二人が何かしたなど誰も見ていない、そもそも見えていない。
城門が破壊された、その一点だけを理解して、城門の中へ雪崩こんでいく。
「うおおおお!」
「はああああ!」
怒声を上げて突入していく兵士たち。
彼らは城門を破壊した少女二人を押しのけて、突き進んでいく。
踏まれなかっただけ、運が良かった。そう思えるほどの勢いがあった。
「ああもう、格好をつけるからよ!」
「大丈夫、二人とも。駄目じゃない、みんな慌ててたんだからすぐに道を開けないと」
「……そもそも、オーリの実力じゃないし」
押しのけられた二人を慌てて回収する二人。
既に城内への道は、殺到していく兵士で埋まっていた。後から後から、城門の中への行列までできていた。これに入り込むのは容易ではない。
「で、どうする? もう何もしなくていいんじゃない?」
キリンの言う通り、城門へ突入を補助しただけで、十分役割は果たせている。
この上内部に入っても、邪魔になるだけではないだろうか。
『いや、入った方がいい。なんだか知らんが、猛烈に嫌な予感がする』
しかし、賢は突入を指示していた。
彼自身、胸もないのに胸騒ぎがしていた。
『あの門を壊すことができる兵士が、あの場にいなかった。おそらくだが、そんなに強い兵士はここにいないだろう。もちろん、俺の基準でだが……そうなると、中にいる【何か】にたくさんの人が殺されるぞ』
「何かって……」
歴戦の雄である賢の言葉は、とても重いものだった。
力を借りている五人だからこそ、無視できるものではない。
『この城壁を飛び越えよう。ルーシー、君なら他の四人を投げ入れられるはずだ……それはまずいか、壁の上に向かって投げてくれ』
真剣な指示に対して、全員が無言で頷く。
非常に今更ながら、自分たちの暮らしている国の城が落ちかけていることを思い出して、緊張で生唾を呑んでいた。
「うわわ!」
「きゃあ!」
「ひぃい!」
「お、お、落ちる!」
「よっと」
投げ飛ばされた四人と、自分で跳躍したルーシー。
彼女たちは、城門のすぐ前にある庭での戦闘を見ていた。
そこにあるのは、モンスター退治とは次元が違う、本物の戦争だった。
手に武器を持った亜人、リザードマン。彼らが陣形を組み、なだれ込んできた兵士たちを迎え撃っている。
【ぬうう! 城内に侵入されたぞ!】
【あきらめるな、あの方が来るまで持たせるのだ!】
【時間さえ稼げば、あの方が何とかしてくださる!】
【勝利は我らの物だ!】
リザードマンたちは、多数の兵士たちを巨体と相応の長い槍で打倒していた。
しかし兵士も必死だし、なによりも人数が多かった。一人が倒される間に三人以上が襲い掛かり、抑え込んでいく。
「……見ろ、みんな。多分アイツがボスだ」
「……言われなくても見るし、言われなくてもわかるわよ」
城壁の上から観察するとすぐわかるのだが、リザードマンたちは数が多くない。少なくとも、中庭には二十頭ほどしかいなかった。
その彼らが千にも達する人間の兵士を相手にしているのだから、数的不利は明らかだった。
だが、それを吹き飛ばしているのは、リザードマンの中でもひときわ大きい個体がいるからこそ。
【ふははは! この程度の木っ端などオレ一人で十分! あの方から賜った力さえあれば、矮小なサルなど敵ではない!】
鱗に覆われた体には、いくつもの古傷、戦傷が刻まれている。
それは彼が多くの戦場を越えた戦士である証明であり、それをはねのけた実力者である証だった。
『な、凶信の証だと?!』
この世界の常識に疎いはずの賢は、その彼の体に刻まれている刺青をみて驚愕していた。
かつての冒険で目にした、術者が刻むことで相手に特別な力を与え、さらに忠誠を誓わせる凶悪な呪い。
それが、ボスであろうリザードマンだけではなく、ほかのリザードマンにも刻まれていた。
『不味い、アレは確か攻撃耐性の効果がある文様だ! 倍の力で殴らないと通らないぞ!』
「……格好いいな」
「そんなこと言ってる場合?! アレを倒すわよ、私たちで!」
「そうね、他はともかくあのボスは……普通の騎士には荷が重いわ」
普段なら、ここで及び腰になるレイキ。彼女はふと中庭から視線をそらした。
そこには、リザードマンに殺されたであろう、多くの兵士の姿があった。
彼らにも家族がいる。きっと泣いて悲しむだろう。
そして、それは今戦っている彼らも同じだ。
「そうだね、行こう!」
意気高揚の少女たちだが、ルーシーだけは賢を見ていた。
戸惑っている、混乱している、理解できずにいる賢を見ていた。
「どうしたの、賢」
『……なんでもない』
「あのさ、あのリザードマンも、私たちと一緒で、ケンみたいな人の力を借りているの?」
『かもしれん』
「そうなら……さ。もしかして、魔神?」
首飾りがある時点でわかっていたことだが、明らかに既知の力を目にして確信が深まる。
そう、もうここまで来れば……。
『ごめんな、ルーシー。きっと俺の知り合いがやったことだ』
自分の力ゆえではなく、自分の生前が彼女を、この国を巻き込んでいることは確実だった。




