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女の子の体で第二の人生!? 断る!!

 森野賢は故人である。

 日本人でありながら異世界へ召喚され、その世界を救うために魔神へ挑んだ彼は、魔神の城で命を落とした。


 彼の最後の戦いは、魔神との一戦。

 卑劣な罠によって仲間と分断された彼は、魔神と一人で対峙することになった。


「やあ勇者君。初めましてだね、私が魔神だよ」

「てめえが、魔神だと?」

「そうとも。今回はこうして、一人一人を隔離して叩く算段なのさ」


 今まで、山のように大きい魔物と戦ったことがある。 

 明らかに生物ではない不定形の怪物や、たくさんの腕を持つ鬼神と戦ったこともある。

 それらに比べれば、自称魔神は余りにも平凡だった。

 人間と変わらない大きさであり、頭からすっぽりと布をかぶっており、手足は朧気でよく見えない。

 本当に、ただそれだけだった。


「君たち勇者が私を倒すために、いろいろと知恵を絞って連携するところを見るのも楽しいけれど、たまにはこういう反則もありだろう?」

「舐めたことを言いやがって……俺一人なら倒せるとでも?」

「逆さ。それじゃあ面白くないだろう? 君を隔離するために、かなりの力を割いて壁を作った、ということにしてある。君の頑張り次第では、私を倒すことも夢じゃない」

「ふざけやがって……!」

「頑張ったほうがいいよ。君もよくわかっているように、君は勇者たちの中でも一番、一人で戦うことに優れている。君が勝てないようだったら、他の誰でも勝てないだろうねえ」


 異世界を脅かしている魔神。

 その強大さ故に暇を持て余している彼は、遊戯感覚で己に縛りを課していた。


「さあ、遊んでくれたまえ」


 結論から先に言えば。

 魔神は倒され、世界に平和が戻った。


 ただ。

 ここで彼のすべてが終了した、というわけではなかった。

 魔神城で命を落とした彼の、その後から物語は始まる。



 あまりうれしい話ではないが、賢は決して混乱していなかった。

 少なくとも、自分が何者で、今まで何をしてきて、どこでなぜ死んだのか。

 それらがきっちりと、記憶に焼き付いて離れていなかった。


(しかし……まさかこうなるとは)


 何もできない現状。白い布に包まれている『彼』は、ある種の達観に至っていた。

 夢うつつの状態から自意識を取り戻してみると、視力が大幅に下がっていた。

 そのうえで首を左右に動かしてみると、そこには可愛らしい、自分の手があったわけで。


(異世界に勇者として召喚されたかと思ったら、赤ちゃんになるとは……)


 よくわからないが、これは一種の異世界転生なのだろうか。

 もしかしたら地球の何処かなのかもしれないが、そんなことは一切わからないわけで。

 流石に都合よく、世界地図が飾られているわけでもない。

 一つ確かなことがあるとすれば、自分を包んでいる布が、そこまで上等そうには見えないということだろう。

 多分ここは日本の病院ではなく、裕福な家庭でもない。

 股に巻かれているものがお手製の布おむつであろうということも考えると、文明の水準も高くないと思われる。


(どうしよう)


 他にできることがないからこそ、賢はひたすら考えることしかできなかった。

 自分の中に異世界で培ってきた、勇者としての力が内在しているとは分かる。おそらく、発動させれば赤ん坊のままでもかなり無理が効くだろう。

 それを実行に移す気は一切ないのだが、今できるということは成長した後もできるということだ。

 生まれて間もない現状であるが、人生設計を考えてしまう。というか、考えることしかできないわけで。


(強くて新しい人生……いやいやいやいや)


 確かにそれは素晴らしいのだろう。誰もが夢見る、とても楽しい物語だろう。

 だがそれは、物語だからこそ楽しいのだ。現状赤ん坊である賢にとっては、既に『やり直し』に対して嫌気がさしている。

 この精神年齢のまま、赤ん坊として育てられ、更に幼児として過ごすなど拷問に近いだろう。


(でもなあ……未練はあるしなあ……)


 正直、不満もあるし怨恨もある。

 森野賢としての人生は、満ち足りて幸福で、達成感があったものではない。

 少なくとも、殺されたことには大いに不満がある。今からでもやり返してやりたい、ぶち殺しに行きたいとも思っている。

 だがそれも、新しい体に収まって、新しい人生が始まっていると思うと萎えてくる。

 何よりも、一つの確信があるのだ。もう(・・)、あの戦いは終わっているのだと。

 今更何をどう頑張っても、もう遅いのだと。


 だからこそ、怨恨を晴らすのではなく前向きに考えようとする。

 届かぬ恨みを抱えるよりは、やりたかったことを頑張りたい。

 とてもありがちな未練を、賢は抱えていた。


(だけども……仮に俺が結婚して、子供を産んでもらったとして、その子供の中身がどっかのおっさんだったとしたら)


 その一方で、この体の両親に対して、申し訳ないとも思ってしまう。

 正直赤ん坊のフリやら幼児のフリなどできる自信がないし、きっと戸惑わせて混乱させてしまい、最終的には捨てられてしまうかもしれない。

 何よりも、この体に申し訳がない。

 もしもこの体に自分が転生していなかったら、どんな人生を歩んでいたのだろうか。

 それを思うと、なかなか喜ぶことはできない。


(この体から、俺って抜けるのかな……抜けたらどうなるんだ?)


 仮に賢の魂というものがあったとして、この体から抜け出たとして。それが原因で死ぬ、ということになったとしたら。それはそれで、とても申し訳が立たない。

 赤ん坊が死ぬのはよくある話だが、それでも自分が殺したことになるのは気分のいい話ではない。

 よしんば死ななかったとしても、ずっと寝たままになる可能性さえあるわけで。


(俺って偏ってるからなあ……何も出来ねえや)


 普通なら、こういう時に勇者としての力を使うのだろう。しかし賢に、そんな力は一切ない。

 勇者たちの中でも、最も戦闘に特化した賢には、こういう時に役立つ力は一切なかったのだ。


(なんかもうこのままでもいいような気が……)


 頭の中に天秤ができる。

 現状のまま自分が新しい人生を送るか、一か八かで幽体離脱を試みるか。

 悩む時間があるからこそ、考え込んでしまうのだ。

 考え込んで、楽な方に流されてしまう。


(第一幽体離脱を試みるってなんだよ……やろうと思ったらできるもんなのか?)


 安易な方向に、否定的な方向に、思考が進んでいく。

 案外何もかもを忘れて過ごしてしまえば、自分が何者であったかなど忘れてしまうのかもしれない。

 使命も目的もなく、ただ人生を謳歌できるのだとすれば。

 それはやはり、とても望ましいことで……。

 若くして命を落とした賢としては、やはりどうしてもそうしてしまいたくなる。


「あら、目が覚めているのね。泣かないなんていい子だわ」


 そうこうしていると、母親らしき女性が『賢』を覗き込んできた。

 鮮やかではない、やや茶色に近い赤い髪。

 それをみると、『自分』も同じ髪なのかと思ってしまうが……。


「でも一応、お股をみましょうね~~」


 そして、当然のように布のオムツをはがされた。

 そりゃあそうである、赤ちゃんなのだから。抗議するほうがおかしいのだが……。


「あらあら、綺麗ね。でも少し汗をかいているかもしれないから、ちょっとだけきれいにしましょうね」


 股間を布でなでられて、自分の『感触』を受けて、『賢』は理解した。


「さあルーシー、綺麗になりましたよ」

(この体、女の子だ!)


 そして、一切の悩みが消えた。

 女の子は好きだが、自分がなりたいわけではない。

 賢は自分の魂をこの体から切り離すべく、一心不乱に念じることになるのであった。



 もとより、人間の枠を超えて強大な力を得ていた賢である。転生をしたばかりということと、男女の違いがあるということもあって、割とあっさり抜け出ることはできていた。

 生まれたばかりの『彼女』ルーシーから抜け出た賢は、足がない幽霊ではなく人魂のようなものになっていた。

 彼女の付近を漂うことになった賢は、魂の感覚でルーシーを見下ろす。


『うぬぬ……やっぱり女の子だったか……』


 なんとなくわかるのだが、今の賢はルーシーの体と魂の糸のようなものでつながっている。

 肉体と霊魂にギャップがありすぎてあっさりと離脱できていた一方で、完全に抜け出たわけではないらしい。

 賢は自分が持っていた力と意識を外に出せたが、体の支配権と命そのものは残した形になっているようだ。


『よしよし、死んでないな。よかったよかった』


 賢が意識として抜け出たため、今のルーシーには本能の部分しかない。

 普通なら大変なことだが、赤ん坊にとってはむしろ普通のことだ。

 おそらく、たぶん、このまま普通の女の子として成長していくのだろう。


『こうなるといっそ成仏したいんだが……流石にそれは無理みたいだな』


 このまま肉体から完全に離れると、そのままルーシーを道連れにしてしまいそうである。

 女の子として生きるぐらいなら、文字通りの意味で死んだほうがましである。

 そのまま成仏したいところだが、やはりルーシーを道連れにしたいほどではない。


 肉体から抜け出ると先ほどまでの『意欲』とも言うべきものが、希薄になっている感覚がある。

 これが幽霊になる感覚なのか、と感心さえしていた。


『彼女が死ぬまでは、守護霊みたいなもんとして残るか……』


 無邪気な赤ん坊、ルーシー。

 彼女を見下ろしている賢は、自分の今後をすべて彼女に託すつもりになっていた。

 


『守護霊と言っても、健康ぐらいしか与えられる気がしないが』

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