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いってきます

「やっぱり、美人さんだ」


 シャワーを浴びて着替え、ドライヤーで髪を乾かしてあげた後のリビングにて。身綺麗になったエトナに、私は満足げに言った。


 袖や裾がだぼだぼな薄手のパーカーを着た彼女は、照れ笑いする。


「お洋服ありがとうございます」

「ごめんね、サイズ大きいのしかなくて」

「いえ、とてもあたたかいです」


 エトナはそう言って余った袖──いわゆる萌え袖の部分を口元に当てて表情を綻ばせる。かわいい。

 だが、服のサイズが2人の間でまったく合わないのは由々しき事態である。

 私の身長が169、エトナが145くらい。

 手持ちのスカートやズボンはどれもサイズが合わなかったため、今のエトナは下にはショーツしか穿いていない。パーカーの裾が太腿のまんなかあたりまで隠してくれてはいるが、ちょっといかがわしいわけで。


「まずは服と日用品かな」


 ぽそりとつぶやき、スマホを見る。

 時刻は16時過ぎ。

 駅前の店々で必要な物を最低限揃えた上で夕飯の買い物をすれば、ちょうどいい時間になりそうだ。

 

「エトナ、ちょっと出掛けてくるね」

「お出掛け、ですか?」


 目をぱちくりさせ、聞き返してくる。


「晩御飯の買出しにね。あとは、あなたの着る物とかも必要だから」


 するとエトナはハッとした後、ふるふると首を振った。 


「わたしの服だなんて、そんなご心配なくです……! お貸しいただけるものだけで充分ですし、トーコさんのお金を無駄に使っていただかなくても……!!」

「いや、さすがに下着を毎度貸すのは複雑っていうか」

「じゃ、じゃあ下着穿きません。なくても平気です」

 

 言うや、エトナはおもむろにショーツを脱ごうとする。

 

「ステイステイ、脱がないの。同居人がノーブラノーパンは気まずいってば。これから一緒に暮らすんだし、服とか日用品とかは言わば必要経費だから」

「でもわたし……大事なお金を使っていただいてもお返しできるようなことがないので……ただでさご厄介になっているのに……」


 居心地悪そうにエトナは俯く。

 私はため息をひとつつき、彼女の正面に立つ。

 それから俯いているエトナのほっぺを両手でむぎゅっと挟んで、上を向かせた。


「と、トーコさん?」

「最初にちゃんと言っておくね。私これでも結構貯金はあるの。それこそあなた1人養うくらいには。あなたを住ませるって決めた時、当然お金のことも承知の上だから」

「で、でも、わたしにはそんな価値……」


 価値という言葉が彼女の口から出たことに、少し寂しくなる。

 そんな言葉、普通に生きていては出てこないはずだ。

 

「価値だなんて、そんなことは考えなくていいの。あなたが元いた世界でどういう風に生きてきたのかは知らないし、聞かれたくなさそうだから聞かないけど……でも、今のあなたは私の同居人。もっと言えば、庇護が必要な子ども。私はあなたに似合う服を着せてあげたいし、美味しいご飯を食べさせてあげたいのよ」

「……いいんですか?」

「これでも甘えられたり頼られたりするの好きっていうかさ。だから、いっぱい世話を焼かせてくれると嬉しいわけ。あなたのために、お金を使わせてちょうだい」

「……わかり、ました」


 若干潤んだ瞳で、エトナは言った。

 私は彼女のほっぺから手を離す。

 すると、エトナはぺこっと頭を下げる。


「ありがとうございます。……トーコさんがわたしに必要だと思ったものを買ってもらえると嬉しいです」

「ん。ちなみになんだけど、下着って色とかデザインの希望はある?」

「え、えっと……そういうのを選んだことがないので、その……と、トーコさんが選んでくれたものならそれで……」

「ふぅん。じゃあ、とびきりエッチなのとか買ってきちゃおうかな」

「え、エッチなのはその、わ、わたし、その……! ……と、トーコさんが選んでくれたものなら、その……着けますけど……」


 顔を真っ赤にしてもじもじするエトナに、私はくすくす笑う。


「冗談よ。あなたに似合いそうな可愛いの買ってきてあげるから」


 言って、私は手早く外出の準備を済ませる。

 どうやらエトナはこの世界の文字は問題なく読めるようなので、寝室の本を好きに読んで待ってもらうことにした。

 

「それじゃあ、行ってくるね。冷蔵庫の飲み物とかも、好きに飲んでいいから」


 ソファにちょこんと座ったエトナにそう言い残し、私はリビングを出て玄関へ向かう。

 靴を履き、ドアノブに手を掛ける。

 そのタイミングで、背後から足音。


「どしたの?」


 振り返り、廊下に立つエトナを見る。。

 すると彼女は緊張したふうに、


「あの、いってらっしゃい……お気をつけて、です」


 そう言った。

 それに私は軽い笑顔で応じて、


「いってきます」


 家を出る。

 通路を歩き、エレベーターを呼び出す。

 一階から上がってくるエレベーターを待ちながら、私はふと思った。


「いってきますって言う相手がいるの……なんか、いいな」


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