灯鞠ハートブレイク 終の上
書きすぎて調整が間に合わなかったので上下に分けました。すまない……すまない。下は明日投げられるようにもにゃもにゃします。
ご飯をたらふく胃に収めた白咲は、事の顛末を話してくれた。
家庭環境や上京、就職。
そして最近の私に対する苛立ち。
──シナリオライター・仲谷塔子は、もっとやれるだけの力があるはずなのに。
不貞腐れたようにしてそんなことを言う白咲に私は、
「……なんだか、くすぐったいね」
と、照れ笑いした。
まさか自分が書いたシナリオが誰かの人生に影響を与えてしまうだなんて想像したこともなかったから、恥ずかしくもあり誇らしくもあり、そして少しだけ申し訳なかった。
私は、世界に名を轟かせる物語を書こうとか、誰かを幸せにするストーリーを紡ごうだとか、誰かに憧れて書き始めたとか──そういう何か劇的な想いがあってシナリオライターになったわけではなくて。
書くことで賃金を貰うのが、当時の私にとって一番楽で適所だっただけで。
つまりは、軽率で。
だから、大学時代の私がエゴという名の旗を振り回して書いたシナリオで白咲の人生の襟首を掴んで引っ張ったのかと思うと、ごめんね──と、少しだけ謝りたくなってしまう。
「私、最近浮ついてたかもね。ごめん」
「あんたが謝らなくたっていいわよ。……あたしが勝手に理想像押し付けて、勝手に凹んでむしゃくしゃしちゃっただけなんだから」
「ううん。何にせよ困らせたのは事実だから、反省する」
「……だから、気にすることないんだってば」
ベッドの上で体育座りした白咲は、ぶっきらぼうに言った。
どうでもいいけど、床に座ったままの私は白咲を見上げる角度になっているため、彼女のパーカーの裾から伸びる無防備なふとももがやたら眩しい。
あと、下着がちらっと見えている。
薄桃色のやつだ。
てっきりハーフパンツでも穿いているものだとばかり思っていたんだけど、下着オンリーとは恐れ入る。
指摘するときっと怒られるので、見て見ぬフリで本題に戻ろう。
「白咲の話、1つ訂正してもいい?」
「なによ」
「私、恋人なんていないよ」
「は?」
白咲は晴天の霹靂とばかりにぽかんとした。
「いやいやいやいや、待って。待ちなさいって。毎日18時きっかりに帰ってたので彼氏と一緒に晩御飯食べてイチャつきラブりやがるためじゃなかったの?」
「違うけど」
イチャつきラブりやがるってなんなのか……。
私はエトナに寂しい思いをさせたくないがために、最速で帰っているだけである。
恋人ではない。
「じゃ、じゃあ先週駅ビルでまるで恋人と同棲をクソおっぱじめるかのように日用品を買い込んだり可愛い洋服をお選びくさりやがってたっていうタレコミは……?」
「だから、同棲する恋人なんていないってば。……っていうか誰からのタレコミなのそれ」
「桜井さんよ」
「あー」
白咲のチームにいる寡黙で眼鏡な女性ライターさんに見られていたとは。
しかしそれだってエトナと暮らすことになったがための買い出しでしかない。
断じて恋人ではないのだ。
だが白咲は納得いかないという風に、まだ追求を続ける。
「じゃ、じゃあ……! この前あたしが飲みに誘ったのを断ったのはなんでなのよ? あ、あたし結構頑張って誘ったのに、めちゃくちゃあっさり断ったわよね!?」
「それは家に人を待たせてたからで──」
「やっぱり恋人がいるんじゃないの!! アホー!! 嘘つきーーーー!!」
白咲が噛みつかんばかりに吠えた。
なにその小学生みたいな悪口。
「だから恋人じゃないって。ちょっと親繋がりで預かってる外国人の女の子がいて、一緒に住んでるだけなの。まだ14歳の女の子なんだから。ほら、この子」
私は、いつぞや此葉が遊びに来る際にあたってでっち上げた関係性を説明。
それからスマホを操作し、画像を見せる。
そこにはガーリーファッションで控え目に微笑んでいるエトナの愛らしい姿。
白咲が四つん這いになってベッドの端までやって来て、スマホを覗き込む。
「銀髪……すごい可愛い」
「でしょ? この子のことが心配だから早く帰ってるだけなの」
「……塔子、こんな子と住んでるんだ。楽しいの?」
「それは、うん。結構楽しいよ」
「そう……」
どこか寂しげに呟き、白咲はまじまじとエトナを眺める。
四つん這いの姿勢だとパーカーの胸元に隙間が出来てしまい、ブラが見えてしまうんじゃないかと心配になる。25にもなる大人の女性がそのだらしなさはどうなのか……。
あ、いや、心配いらないやつだこれ。
白咲、ノーブラだ。
「…………はぁ」
3つ年下の同僚のズボラさに一抹の不安を抱きつつ小さくため息をついていると、白咲は四つん這いのまま私に視線を移す。
「じゃあ、塔子ってフリーなの……?」
「そだよ。社会人になってからはオールフリーパス。ご期待に添えられなくてごめんね」
「……別に。どうせ、恋人がいてもいなくても伝えたいことに変わりはないもの」
「うん?」
伝えるって、何を?
首を傾げる私をよそに、白咲は体勢を変えてベッドの端に腰を掛ける形になる。
そうして、どこか余裕のある笑みを湛えて私のことを見下ろして。
「あたしね、塔子のことが好き」
そう、気負いも飾り気もない穏やかな声で言った。
「……はい?」
突然の告白に、私は狐につままれたような顔になった。
一方の白咲は真剣さに少しの恥じらいを含んだ表情で続ける。
「ぜんぶ伝えるって、決めたから」
そう宣言し、白咲は。
「あたしは塔子に、どうしようもなく恋をしてる」
震える息遣いとともに、告げる。
恋。
つまり、恋愛感情。
「恋って、え、いや、え? 私たち女同士だよ?」
「だからなに?」
戸惑いを見せる私に、しかし白咲は一切動じない。
冗談でも嘘でもない真摯さが、彼女の瞳から伝わってきた。
「そっかぁ……本気か」
私は姿勢を正し、白咲と向き合う。
ちょっと心臓がうるさい。
呼吸も、少しだけ上手くいかない。
どう返事をしたらいいんだろう。
真正面から告白されるなんて学生時代以来だから、上手に振舞えそうにない。
白咲のことは嫌いじゃないんだ。
むしろ、魅力的で素敵な女の子だと思う。
でも、それじゃあ付き合おうかよろしくね──なんて簡単に言えるほど、単純でもない。
別に恋人でもなんでもない、ふとした弾みで一緒に暮らすことになった少女のことが頭を過ぎってしまって、どうにも言葉が出ないのだ。
……だって、さあ。
エトナをひとりぼっちにはできないよ?
「お悩みのところ悪いんだけど、返事はいらないわよ」
「え?」
懊悩する私に、白咲は意外なことを言った。
「言ったでしょ? 伝えたかっただけだって。……ちゃんと吐き出して終わりにしたかったから言ってるだけだもの」
「白咲……」
──さっきまでの話は、シナリオライター・白咲灯鞠の顛末で。
そしてここからは──白咲灯鞠という女の恋心に纏わる顛末だ。
「迷惑掛けるのは今日で終わりにするから、今だけは付き合って」
切実に言い、白咲は唇を結んで見つめてくる。
私が承諾の意を込めて頷きを返した。
それを確認すると、彼女は宝物を取り出すようにゆっくりと呟きだす。




