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灯鞠ハートブレイク 5

 白咲の指を握ってから10分くらいして──、


「んっ……んんっ……」


 白咲が小さく呻き、ベッドの上で僅かに身じろいだ。

 お目覚めだろうか。

 私はそっと、白咲の指から手を離す。

 白咲の指は消えてしまったぬくもりを探し求めるようにもそもそと動いた。が、握り返して貰えないと気づいたのか、やがて諦めたように脱力した。


 まるで、手だけが別の生き物みたいだ。

 そう思った矢先、緩慢な動作で白咲が起き上がる。


「おはよう、白咲」


 ベッドの上にぺたんと座り込む格好になった白咲に声を掛ける。

 彼女はゆっくりと私のほうを向いた。だが、その目はまだ覚醒しきっていないことを示すようにぽやんとしている。 


「とーこ……?」


 寝起きで呂律が回っていないのか、白咲の声は普段より幼い印象だった。

 

「なんれ、とーこがいるの……?」


 ぽやぽやした瞳のまま、白咲はこてんと首を傾げる。


「あなたが無断欠勤して音信不通だったから見に来たの。……っていうか白咲、まだ寝ぼけてるでしょ。顔洗って来れば?」

「あたしが寝ぼけてるわけないれしょぉ……! 分かってるんらから。とーこがあたしの家なんかに来てくれるなんて出来すぎらし、これは夢ね……!」

「いや、夢じゃないんだけど」

「ゆーめーなーのー!!」

 

 白咲はベッドをぽふぽふ叩いて抗議してくる。

 こいつ、寝起きが悪いってレベルじゃない。

 なんて思っていると、


「えいっ!」


 と、白咲が猫のようなしなやかな身体捌きで飛んだ。

 ──ベッドの脇に座っていた私に向かって、である。


「ちょっ、うへっ!?」


 寸分違わず私の胸に飛び込んできた白咲を、とっさに受ける。

 だが受け止め切ることはできず、私は白咲を抱いたまま背中から床に倒れこんだ。

 

「白咲、あなたねぇ……!」


 床に打ち付けた肩や背中が多少痛むものの、掃除をしておいたおかげでゴミや置きっ放しの本に突っ込むようなことがなかったのは幸いだった。

 なのだが……。


「…………これは」 


 腕の中にすっぽり収まった白咲は、猫だったら喉でもごろごろ鳴らしていそうなほどに心地良さそうに目を細め、私の胸に埋まっていた。感触を楽しむようにすりすりと頬ずりなんかしてきて「はぁ~~夢、さいっこぉ……」と蕩けた声を出す。


「ちょっと白咲、さすがに目ぇ覚ましなさいって」


 彼女の頭を手の平でぽふぽふ叩きながら呼び掛ける。

 だが白咲は撫でられていると勘違いしたのか「わふぅ~」とご満悦な顔になるばかり。猫かと思えば今度は犬になりやがった……。足まで絡めてきて、完全にじゃれつき体勢である。


「もう……そこまで!」

「痛あっ!?」


 このままでは白咲の尊厳が危うそうだったので、彼女の脳天にチョップを見舞ってやった。

 やりたい放題にじゃれついていた彼女は叩かれたあたりをさすりながら「なんで夢なのに痛いのよぉ……」と涙目になった後、目を瞬かせて私をじっと見つめてくる。

 その瞳は、もうぽやぽやしていない。


「……塔子、よね?」

「それ以外の誰かに見える?」

「見えないけ……え、あのなんであたし抱きしめられてんの?」

「あなたから飛び込んできたんだけど、覚えてない?」

「…………あれって、夢でしょ?」

「夢じゃないんだなぁ、これが」

 

 お互いの体温がハッキリ分かるくらいに密着したまま、白咲は段々と表情を強張らせていく。


「……じゃあ、あんたの胸に埋まったのも?」

「夢じゃない」

「ベッドをぽんぽんとして駄々っ子みたいに振舞ったのも」

「夢じゃない」

「……じゃ、じゃあ、あんたがあたしのベッドに潜り込んできて優しく添い寝してくれたのも?」

「……? いや、それは夢だと思うけど。っていうかそんな夢見てたの?」

「~~~~~~~っ!!!!!?????」


 ぽぽぽっと、白咲の顔がこれ以上ないくらいに紅潮する。

 彼女の反応が可笑しく思えてきて、私はくくっと笑いながら。


「まあ、事故ってことにしといてあげるよ」


 そう言って、白咲の頭をわちゃわちゃと撫でてやる。


「うがー!! やめなさいってば!! はーなーせー!!」

「はいはい、暴れない暴れない」


 じたばた抵抗してくる白咲を解放してやると、彼女は床に座り込んで涙目でこちらを睨んできた。その顔は耳の先まで赤く染まっており、羞恥のせいかぷるぷると肩が震えている。

 そんな白咲のお腹が、くぅ~~っと鳴った。

 泣きっ面に蜂とはこのことだろうか。

 慌ててお腹を押さえた白咲は「うぅ~~~~っ!」と恥ずかしげに呻いて俯いてしまう。

 

「別に恥ずかしがらなくていいのに。素直な身体じゃない」


 私は多少乱れた着衣を整えながら立ち上がり、続けて言ってやる。


「心配しなくても、さっきまでのことは私と白咲だけの秘密にしといてあげる。だからほら、顔洗って着替えてきなさい。その間にご飯用意しといてあげる」


 それに白咲は弱々しく頷き、ふらふらと洗面所に向かうのだった。

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