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灯鞠ハートブレイク 2


 抑圧と嘘偽り。


 白咲灯鞠の人生は、この2つによって凝固していた。

 地方でも有数の医院を営む両親の元に次女として生まれた彼女は、周囲から『立派なお医者様の娘さん』として見られ、相応の振る舞いを期待、あるいは求められてきた。

 

 幼い頃の白咲は、それが己の責務だと感じていた。

 裕福でなに一つ不自由のない衣食住を与えられているのだから、我侭を言わず淑やかに微笑む少女として在るべきだと自らに言い聞かせてきた。


 だから、高校1年生の時に密かに書いていた小説のことが厳格な父に露見し「くだらん」と一蹴されても、粛々と受け入れた。

 呆れる父の視線を背後に、大切に綴った文庫本3冊以上にもなる冒険小説のデータを自らの手で消去し、バックアップ用のUSBと外付けHDDを風呂の残りの中に入れて壊しても──自分はそういう世界に生まれてしまったのだと、すんなり諦めることができた。


 立派な女性となり、然るべき先に嫁ぐ。

 それが、地方という酷く狭い世界に生まれ雁字搦めにされた白咲に敷かれた唯一のレールだった。

 心を殺し、笑顔の仮面を被り、世辞や綺麗事を並べて日々磨耗していくのが白咲灯鞠という人間に与えられた役割。


 ──そのレールが解体されたのは、大学2年生の頃だった。


 親の目を掻い潜って適度に息抜きする術を覚えた白咲は、アニメやコミック、ゲームなどを扱う専門店で委託販売されていた同人ゲームと出会った。

 『最期の日までに』というタイトルのそれは、同人ゲームコーナーの片隅にひっそりと棚差しされて残っていた。

 パッケージには、ひまわり畑で手を繋いで微笑む、病衣の少女と真っ白いワンピースの少女。


 ──ここまでベタなお涙頂戴のノベルゲームも潔いなと、ちょっと感心した。


 お財布に余裕があったこともあり、これも何かの縁だと軽い気持ちでレジに持っていき、大学のサークルでし使っていたパソコンにインストールした白咲は、その後ゲームにどっぷりと浸かった。


 

 どの選択肢を選んでも、いずれ病衣の少女は亡くなってしまう。

 死別の瞬間までにどう2人の絆を深め、劇的な死を迎えるか──それがゲームの焦点だと定めて、白咲はゲームを進めた。


 何度も何度も、少女は死ぬ。

 生まれた瞬間から病に蝕まれ、決められた結末へ向かっていく。

 それは、生まれた時から生き方が決められていた白咲自身のようで──だからこそ、どう足掻いたところで死んでいく病衣の少女の姿に、白咲は安堵した。


 ああ、結局そうだよね。

 そんなもんだよね、人生って。


 少女が死ぬたび、自分の人生が肯定されるような気さえした。

 死との向き合い方について綴ったシナリオはそこそに楽しめたこともあり、白咲はハイペースでエンディングを回収していった。

 

 やがて、シナリオ達成率99%に至った時。

 ゲームのメイン画面に、これまでにはなかったメニューが追加されていることに気づいた。


 『エゴイスティック・エンド』


 クリックすると、注意書きが表示される。


『これはシナリオ執筆者たっての希望で実装されたIFストーリーです。本編とは切り離し、お楽しみいただくことを推奨します』


 同人ゲームらしいなと、笑みが漏れた。

 これで達成率100%だ──そう思って、深く考えず進めた。

 

 端的に言えば、IFストーリーはハッピーエンドで。

 病衣の少女の病が奇跡的に治って、2人は幸せに生きるというものだった。

 最後のシーンは、パッケージと同じひまわり畑で歓喜の涙と笑顔を浮かべて抱き合う2人の少女の一枚絵で締め括られていた。

 


 不治の病が治るだなんて、本当にご都合主義でエゴイスティックで──しかしそれは、白咲の心を酷く揺さぶった。

 

 願った未来は、これなんだ。


 そう言外に語られているようで。

 肯定されているとすら感じていた自分の生き方を、根底から覆された気がした。


 気づけば彼女は両親の反対を押し切り、僅かな貯金を握り締めて上京して、塔子が勤めているシナリオライター会社に突撃していた。

 「やっと、人生が始まった気がしたんです……!」と三峰に縋ったことが功を奏したのか、はたまた偶然テノルテが事業拡大のために人員募集中だったおかげか採用が決まり、その後白咲はトントン拍子でシナリオライターとしてのキャリアを積み上げていった。


 家出同然だったこともあって気を強く持とうと意気込みすぎたせいか、性格は目に見えて尖り。黒髪にメガネだった見た目も、金髪に染めて巻いたりして。ファッションにもこだわって。──身も心も、武装して仕事に励んだ。


 すべては「あなたのおかげで、今の自分が在るんです」と塔子に伝えるため。


 そのはずなのに。

 言いたかった言葉は、何年経っても口にできず。

 それどころか、憧れだったはずの塔子はメインライターとしての活動を滅多にせず、ディレクション的な立ち回りばかりで表に出ることもなくて。

 ──あんたはもっとやれるはずだし、あたしなんかよりずっとずっと有名になる資格がある人間でしょ!? とヤキモキを募らせていた矢先に、最近では恋人が出来たらしくライフサイクルがあからさまに変わっていて。


 自分の中で一方的にに抱いていた仲谷塔子という像が罅割れる音を聞いた気がした。 

 

 だから、もう吹っ切ろうと思ったのだ。

 塔子に憧れ期待していた自分勝手さに別れを告げて、新しい何かになろうと──そう決めて一層仕事に没頭したはずなのに。



「うぅ……ん……」



 何か、下手な走馬灯めいたものを見ていた気がする。

 自室で倒れて気を失っていたのだと把握し、白咲は深く息をついた。

 起き上がるのが億劫だった。栄養を摂って眠るべきなのは明らかなのだが……もう、どうでもいいかなぁという境地だった。


「だれか、たすけてくれないかな……」


 ぽつりと言う。

 

 ほぼ同時に、玄関が開くような音を聞いた気がした。

 

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