Healing Night 3
「はい、エトナ。あーん」
「あ、あーん……!」
シュークリームを小さく千切って差し出すと、エトナは可愛らしい口をめいいっぱい開ける。
バニラビーンズ入りのカスタードクリームがこぼれる前に、そのお口に入れてあげた。するとエトナは、ほっぺたをとろんと緩めて「おいひぃです……」と幸せそうに言った。かわいい。
──寝室から場所を移して、リビング。
テーブルには、買ってきたシュークリームとふんわりと湯気の立つ紅茶。
私は床で胡坐を組んでいて。
そして、その組んだ足の上にエトナがちょこんと座っていた。
寝室でふにゃふにゃになった彼女を一旦はソファに運んだものの、もうちょっとエトナを構ってエトナニウム(エトナと触れ合うことで得られる癒しや幸福の成分。主に私に効く。いずれきっと癌にも効く)を補給したかったので、エトナを膝に載せて、こうして食べさせっこしているのだった。
紅茶も上手に淹れられた。
カップに口をつけつつ自画自賛していると、今度はエトナがシュークリームを千切って私に差し出してくる。
「えっと……お返しです」
「ありがと」
エトナの細く綺麗な指先で摘まれたシュークリームをいただく。
バターの風味がしっかりした皮と、甘すぎない上品なカスタードクリームが口の中でとけていく。美味しい。
「それじゃあ、次は私が──」
そう言って再びシュークリームを一口サイズに分けようとする。
だが、力加減を誤ってクリームがてろんとこぼれてきた。エトナのパジャマを汚すわけにはいかないので、慌てて手で防波堤を作る。
「ギリギリセーフ」
右手の指がクリーム塗れになるという犠牲と引き換えに、大惨事を食い止めた。
これ以上の悲劇の連鎖を止めるべくシュークリームを一旦皿に戻し、ティッシュを探す。
指のクリームが垂れないように注意しながら見回すと、ティッシュ箱がテーブルから微妙に離れた場所に転がっていた。
これは一度、膝に乗った可愛い銀髪魔女さんにはどいてもらわなければならないだろう。エトナニウムの供給が一時的に途切れるが、致し方ない。
「ごめん、エトナ。ちょっと立ってもらえる?」
そう言って──しかし、エトナは立ってくれない。
あれ? と思っていると彼女は私の右手首を両手で包み込むようにぎゅっと掴んできた。
「待って待って、クリーム垂れちゃうって」
私は慌て、焦る。
しかしエトナは、あろうことか私の手を引っ張り寄せて──、
はむり、と。
クリームがついた私のひとさし指と中指を咥えた。
「────っ!?」
さすがに想定外だったので、フリーズする私。
一方でエトナは、一瞬だけ恥ずかしそうに揺れる瞳を向けてきて──それから、真面目な顔で私の指をあむあむはむはむ。時折り、舌でちろちろと舐めてきた。
くすぐったくて、ちょっとだけゾクゾクして……。
やがて、1分もしないうちに桜色の唇から私の指が抜き出ていって。
いつの間にか耳朶まで紅色にしたエトナが「あの……綺麗になりました」とギリギリ聞き取れるかどうかな、か細い声で言った。
「えーっと……ありがと」
私は目をぱちぱちと何度か瞬かせてから、まじまじとエトナを見つめる。
「…………」
「…………」
数瞬の、微妙な沈黙。
やがてエトナが、あたふたしながら弁明を始めた。。
「ち、違うんです……! さっきのはその、合理的に一番いい選択をしただけで……!! トーコさんのお膝の上を手放したくなかったですし、クリームも美味しそうで……そ、それに、ティッシュの節約にもなりますから……!! だ、だから……!!」
「──だから、私の指をちょっと恥ずかしそうに上目遣いで一生懸命舐めてくれたんだ」
「っ~~~~~~!!」
平常心を取り戻した私が、ややいじわるな口調で言うと、エトナが身悶えする。
「まさかエトナがあそこまで大胆だとは思わなかったな」
「だから誤解です……! 垂れそうなクリームが美味しそうだなって思ってたら気づいたらトーコさんの……その、指を……舐め、てて……そ、それを、その……途中で自覚して……」
「それで途端に恥ずかしくなってきたけど、どうしていいか分からなくて結局最後までクリームを舐めてしまった、と?」
「……! ……!(恥ずかしさで死んでしまいそうな表情で、瞳を潤ませて頷く)」
「ああもう、可愛いなこいつめ!!」
膨らみに膨らんだ羞恥心が破裂寸前になっているエトナを、ぎゅぅううううっと抱きしめて大型犬を愛でるように銀髪をわしゃわしゃする。
「~~~~~~~っっっ!!!!」
言葉にならない声を上げつつ、もみくちゃにされるエトナ。
「ほら、おとなしくしなさい。今日は寝るまでエトナに癒してもらうって決めてるんだから。うりうり」
私の胸で溺れさせてやるというくらいの勢いで抱きしめて、撫でたりくすぐったりむぎゅむぎゅして可愛がって……5分後、エトナは私の膝の上でふんにゃりトロけていた。
ちょっとやりすぎたかもしれないけれど、私の腕の中でくてくてになったエトナは最高に可愛かった。




