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Healing Night 2

「おぉ……!」


 右の頬をエトナの太腿に乗せる形で横になった私は、思わず感嘆を漏らした。

 エトナが着ているワンピースタイプのパジャマは寝心地を考慮してか裾が非常に短かく、そのため彼女の太腿は惜しげもなく外気に晒されていた。

 つまり私は14歳の少女の瑞々しい太腿に直に触れていて。

 そしてそれは、華奢な彼女からは想像もつかないくらいにやわっこかった。

  

「もうこれだけで極楽かも」


 私はうっとりと目を細め、エトナの太腿をさわさわと撫でる。

 ベビーパウダーでもまぶしたかのようにすべすべだった。  

 

「っ……くすぐったいですよ……」

 

 エトナはぴくっと震え、恥ずかしそうに弱々しく言った。


「エトナのふとももが魅力的過ぎるのが悪い」

「え、ええ!? そんな……んっ!」

 

 わざとくすぐったくなるような手つきで指を這わせると、エトナは先ほどより大きく、びくんと震えた。


「と、トーコさんっ!」

「ごめんごめん、エトナが可愛くてつい」

「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど……でも……うぅ!」


 頬を赤らめつつも、むぅっと唇を引き結ぶエトナに、私は「可愛いなぁ、もう」と思わず笑ってしまう。 


「い、今から耳かきするんですから、じっとしててください……!」

「はーい」


 梵天(白いふわっとしたやつ)付きの木製耳かきを手にしたエトナに返事をして、私は大人しく身を委ねる。


 やがてエトナが、


「では……失礼します」


 と、少しだけ緊張した声で言った後、耳かきを私の左耳に挿れてきた。

 耳の浅い箇所を、さじの部分で優しくカリカリされる。

 くすぐったくて、ぞわっとした。

 きっと、文字通りさじ加減が分からないのだろう。もっと奥に挿れても大丈夫なのに、エトナは浅い部分をゆっくり丁寧に……コリコリ……カリカリ。


「……痛くないですか?」

「大丈夫。でも、もうちょっと奥を掃除してもらえると嬉しいかも」


 そうお願いすると、すぐにさじが奥へ侵入してきた。

 私が普段自分で耳かきする時に挿れるくらいの深さに達したさじが、ざりっ……と耳穴の皮膚を撫ぜる。


「うん、いいよ……そこ、気持ちいい」

「このあたりですか……?」


 探り探りといったふうに、エトナはさじを動かしていく。

 耳穴の中をぐるりと一周、カリカリ……。


「はぁ……いいよぉ、エトナ。じょうずじょうず」


 エトナの太腿と耳かきの心地よさによって、私のもとに少しずつ眠気が訪れようとしていた。このまま彼女の膝枕で眠れたらどれだけ贅沢なことだろう──そう思っていた矢先、


「うひゃっ!?」


 突然予想だにしない刺激が耳を襲い、私は悲鳴とともに跳ねた。

 慌てて起き上がってエトナを見れば、彼女は耳かきを逆さに──つまり、梵天の部分を私に向けた格好のままぽかんとしていた。

 どうやら先ほどの刺激は、あの白いふわふわのせいらしい。

 エトナが目を瞬かせながら訊いてくる。


「わたし、何かいけないことしちゃいました……?」

「あ、いや、エトナのせいじゃないよ。私がちょっと気を抜きすぎてただけ。驚かせちゃってごめんね」

「いえ、そんな……でも、その……」


 もにょもにょと口を動かしたエトナは、照れと躊躇いが半々といった様子で視線を向けてくる。「どうかした?」と尋ねると、彼女はぽぽぽっと頬を赤らめて、


「……さっきのトーコさんの声、今まで聞いたことないくらい可愛い声でした」

「っ……! そういうのは言わなくていいから!」


 ほにゃっと笑って言うエトナに対し、私はカッと頬が熱くなる。

 不覚だ。一回り以上年下の女の子に恥ずかしいところを見られてしまった。

 ちょっと凹む。 

 が、そんな私に更なる追い討ちをかけるかのように、

 

「あの……もしかして、トーコさんてお耳が弱かったりしますか……?」

「えっ、どうだろう」


 突然の問いかけに、私は首を傾げる。

 一方でエトナは、頬を赤らめ照れりこしながら言う。


「その……以前トーコさんのお耳を勢いで甘噛みしちゃった時も、トーコさんすごく可愛い声で驚いてたので……耳かきの時もとっても気持ちよさそうでしたし……」

「言われてみれば確かに……28年生きてきてまったく気づかなかったな」

「えへへ……トーコさんの弱点、見つけちゃいました」


 自分の左耳を触りながら呟く私に対し、エトナは悪戯が成功した童女みたいにくすっと笑った。

 その笑顔はいつも通り極上に愛らしかったけれど、同時に大人としてのプライド──もとい、大人気ないプライドが鎌首をもたげた。

 このままだと、負けた気がする。癪だ。

 だから私は、不敵な笑みとともにエトナをベッドに押し倒した。 


「と、トーコさん!? まだ反対側の耳かきが終わって──ひゃうっ!!」


 慌てふためくエトナをベッドに押さえつけたまま右耳に吐息を吹きかけてやると、彼女はぶるりと震えた。


「お姉さんのことを散々からからってくれたね……覚悟はいい?」


 耳元でややドスを利かせて囁くと、エトナが息を呑むのが分かった。

 彼女はどうにか脱出しようとじたばたもがくが、当然私がそれを許すはずがない。背丈が170センチ近い私と、140センチ前半台のエトナとでは体格差も歴然のため拘束は容易だった。


 私が本気だと悟ったらしいエトナは、抵抗を止めて身体を強張らせ、肉食獣を前にしてすべてを諦めた小動物みたいにぷるぷる震え出す。

 そんな彼女の右耳に、私は再びふぅ……と息を吹きつけた。

 更に、空いている手で左耳に優しく触れて甘撫でしてやる。


「ふっ……んんっ……くぅ……」


 びくびくと身体を捩り、声を漏らすエトナ。

 その愛らしい反応に気をよくした私は、左耳を撫でていた指を次第に下へと滑らせて、首筋へ到達させる。

 細く白い首を撫でると、エトナは猫のように顎を上げた。まるでもっとしてほしいとねだる仕草にキュンとしつつ、私は焦らすようにゆっくりした動きで五指を這わせた。


「はぅ……トーコさん、くすぐったい……」

「エトナは耳だけじゃなくて首も弱いんだね」


 とろんとした瞳で見つめてくるエトナに、私は悠然と微笑みかける。

 だが彼女は、弱々しく首を振って「ちがいます……」と呟いた。


「なにが違うの? こんなに気持ち良さそうにしてるけど」

 

 エトナの鎖骨をひとさし指で撫でながら悪い笑みを浮かべて問いかける私。

 するとエトナは、手で顔を隠しながらほっぺを真っ赤にして呻くように言う。


「……んぶ……です」

「え?」

「ぜんぶ、よわいです……トーコさんに触ってもらえると、どこだって気持ちよくなっちゃいます……」

「そ、そうなんだ……」


 予想だにしていないことを言われて、私は一瞬フリーズする。

 だがそれ以上に、羞恥心に溺れながらも可愛いことを言ってくれたエトナに対して愛おしさと悪戯心が止まらなくなる。


「じゃあ……ここも、気持ちいい?」

「あっ……」


 私の手が、エトナの胸にもこもこしたパジャマの上から触れる。

 軽く指を押し込んでみると、僅かに柔らかい感触がした。それはパジャマの生地ではなく、エトナの慎ましやかな胸の立派な存在証明だった。

 ……というか、この感触って。


「まさかエトナ、ブラつけてない?」

「えっと、はい……寝る時はちょっと窮屈なので……」


 エトナがぽーっとした表情で頷く。

 首筋を撫でていたあたりから拘束する力を緩めていたのだけれど、彼女はそれを知ってか知らずか逃げようとはしない。……いや、むしろ触ってもらえるのを期待する目をしているようにすら思える。


「そっか。ふふっ、エトナのお胸、ちっちゃくて可愛い」


 揉むというよりは指を沈めるという意識で、エトナのささやかな胸を弄ぶ。

 エトナは小刻みに震えながら悩ましげな吐息をこぼし、潤んだ瞳を私を見つめてくる。もう完全に私に身を委ねきっているようだ。


「会った頃より、お肉ついてきたね」


 右手でエトナの胸を、左手でお腹のあたりを撫でつつ言う。


「トーコさんが美味しいご飯をたくさん食べさせてくれたからです……」

「最近はエトナにご飯作ってもらいっぱなしだけどね」

「そうかもしれませんけど、そうじゃなくて……トーコさんが私に優しくしてくれて大切にしてくれるから……わたしも早く元気になりたくて……だから、今の私が在るのはぜんぶぜんぶトーコさんのおかげです……」


 とろとろでふんにゅりした表情で、エトナが言う。

 その声と顔に、私は今までにないくらいにきゅぅぅっと胸が締つけられた。

 

 ──ああ、私はこの子のことが可愛くて可愛くて仕方ないんだろうな。

 

 そう思うのと同時に、しかしこの感情にどんな名前をつけていいのか分からなくなる。

 少なくともこれは、恋とか愛とかそういう単純なものではないはずだ。

 私は恋愛対象が同性でも異性でもいい人間だし、学生の頃は同性と付き合っていたこともあるけれど……でも、じゃあエトナと恋人のようなことがしたいかと問われれば素直に頷けない。


 もっと自然な関係……そばにいるのが当たり前で、愛でたり甘えたりできる距離感がよくて。

 それって結局恋人なのでは? と思わなくもないのだけれど、ちょっと違う気がする。

 ……本当に何なんだろう、このキモチは。

 まだ上手く定義できないけれど、いつかこの感情に名前をつけたい。


 そう思いながら、私はエトナに覆い被さるようにして抱きついた。

 エトナも私のことを自然に受け止めてくれる。

 しばらくお互いの体温や息づかいだけを感じながら過ごした後、私はふと思い出してつぶやいた。


「そういえば、シュークリーム買ってたんだった」

「クリーム……駅前にあるって言ってたお店のですか?」

「うん、すっかり忘れてた。食べる?」

「……食べたいです」

「じゃあ、リビングで食べようか」


 時刻は22時を過ぎていたが、許容範囲だろう。大丈夫、太ったりはしない。きっと。

 私はエトナから離れてベッドから降り、立ち上がった。

 しかしエトナはというと、身体を起こしたはいいものの、それっきり立ち上がろうとしない。おまけに、段々恥ずかしそうに顔を朱に染めてもじもじし始める。

 

「どうかした?」

「あ、あの……色々され過ぎたせいで身体に力が入らなくて……立てません……」


 耳まで真っ赤にして俯くエトナ。

 

「まったく、困った子だなぁ。こっちおいで」


 私は可愛くて仕方ないというような声音で言って、エトナにベッドの端──立っている私のすぐ傍に来るよう手招きした。

 エトナは不思議そうな顔をしつつ四つん這いでこちらへ移動してくる。

 そうしてすぐ傍に来た彼女を、私はお姫様抱っこした。


「わ、わわっ!?」

「ほら、大人しくしてなさい。ふにゃふにゃになった困ったちゃんは、このままソファまで連行してあげる」

「~~~~っ!」


 手で顔を覆って、声なく悶えるエトナ。

 お肉がついてきたとはいえ、まだまだ軽い彼女のぬくもりや柔らかさを感じながら、私はエトナをリビングへ運んだ。


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