お腹がぺこぺこらしい
日差しの眩しさを、まぶた越しに感じる。
「んっ……うぅ……」
私はゆっくりと目を開き呻く。
頭痛がする。
完全に二日酔いのそれだ。
顔をしかめてスマホを確認すると14時を過ぎていた。
「昨日の私のバカヤロウ……水……」
恨みはましくぼやき、立ち上がる。
ソファで眠ったせいで身体がバキバキだった。肩や首回りの違和感が著しい。
二十代前半まではどこで眠ったって快眠できたはずなのに……若さがほしい。
「……そもそも、なんでソファで寝たんだっけ」
首をグギギギと鳴らし、幽鬼のような足取りで台所のウォーターサーバーまで歩く。
冷水で喉を潤し、ズキズキと痛む頭で昨晩のことを思い出そうとして。
「あ、あの、おはようございます……!!」
「ごふっ、げほげほっ──え、は? なに?」
不意打ちの声に、私は水を吹きだして咽せた。
ボタボタと品の欠片もなく水滴をフローリングに垂らしつつ振り返る。
すると、ソファのすぐそばに千切れ解れボロボロになった布切れ1枚を纏った、くすんだ銀髪の少女が正座していた。
寝ぼけてフラフラしていたせいで、今まで気がつかなかった。
「……誰?」
警戒と困惑を露わにして尋ねる。
少女は正座のまま背筋を伸ばし、緊張した様子で。
「さ、昨晩ご挨拶させていただいた魔女です。エトナです……! 昨晩は突然の来訪、たいへん失礼いたしました……! それで、あの、ベッドまで……あ、ありがとうございました!!」
そう言って、深々と頭を下げた。
「魔女? エトナ? それにベッドって……あっ」
ようやく記憶が戻ってくる。
映画を観ながら泥酔した後、寝室で物音がしたかと思えば倒れた数多の本に沈むようにして彼女──エトナとやらがいたのだ。話の途中で彼女が眠ってしまい、私も酔いが回っていたためうやむやのまま夜を明かしたのだが……。
「夢じゃなかったんだ」
改めて見るエトナは、日本人離れした端正な容姿をしていた。
歳は10代前半といったところか。
汚れみずぼらしい格好をしているが、それでもなお褪せない魅力を感じる。
髪を手入れし着飾れば、きっと万人の目を惹く見目麗しい少女になるだろう。
ただ、明らかに痩せ細っているのが気になる。
それに、顔色があまりよくないようにも見えた。
「っていうか、まだいたんだ……」
まさか私が目を覚ますまで律儀に待っているとは思わなかった。
普通はこう……逃げるなり消えるなりするんじゃないの?
「すみません……わたし、どこにも行き場がなくて……」
「そういえば昨日もそんなこと言ってたね」
「昨晩はお話の途中で眠ってしまって……すみませんでした。それで、改めてもう1度、ここに住ませていただきたいとお願いしたくて」
「突然来た見ず知らずの子に住ませてくださいって言われて、はいそうですかって頷くと思う?」
「……思いません。だ、だから詳しいお話を──」
そこまで言って、エトナのお腹がく~~~きゅるる……と鳴った。
途端に彼女の頬は赤く染まり、弱々しい誤魔化し笑いが浮かぶ。
「お腹減ってるの?」
「いえ、その…………はい」
「起きてから、何か食べた?」
「いえ、なにも……」
「食べるもの持ってないの?」
「ないです……」
弱々しく首を振るエトナ。
そのお腹が、もう一度鳴った。
「……すみません。気にしないでください」
そう言って、彼女は作り笑いを見せる。
あまりにぎこちなく、痛々しい。
さすがに見ていられなくて、私は思わず訊いた。
「ご飯作ってあげようか?」
「……っ!」
一瞬、エトナの瞳が輝いた。
だが、彼女はすぐに己を戒めるように俯いてしまう。
「ご飯は食べたいです……でも、その、お返しできるものがないので……いただけません。……それに、ただでさえ図々しいお願いをしているのに……」
「お返しとか余計なこと考えなくていいから。ご飯食べたほうがちゃんと話せるでしょ? お腹空いてしんどそうにしてるの見てると、私も落ち着かないし」
言って、やれやれといったふうにため息をこぼして微笑する。
するとエトナは、拾われることを期待する捨て子犬みたいな瞳で見上げてきた。
「……本当に、いいんですか?」
「まあ、あり合わせで適当に作るから変に期待されても困るけど。あと、食べたらちゃんと話すこと。いい?」
「はい……! ありがとうございます……!」
エトナが、初めて混じりけのない澄んだ笑顔を浮かべた。
「ソファにでも座って待ってて。すぐ作ったげるから」
そういう顔してるほうが1000倍可愛いじゃないかと思いつつ、私は台所に向かう。
──が、すぐに1つ言い忘れていたことに気がついて振り返った。
「自己紹介がまだだったね。私、仲谷塔子っていうの。堅苦しいの苦手だから、塔子って呼んで」
「は、はい……! えっと、その、改めてありがとうございます。トーコさん……!」
エトナが私の名前を口にした。
それに微かなくすぐったさを感じつつ、冷蔵庫を開けて手早く作れるメニューを吟味する。
今日が休日で、心底よかった。




