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お誘い

 白咲への具体的な対応に目処をつけつつ、私は18時半過ぎに帰宅した。

 ドアを開けて「ただいま」と声を掛けると、リビングのほうから「おかえりなさいっ!」と弾んだ声が飛んできて、すぐにとてとてとエトナがやって来る。


「おかえりなさいです、トーコさん」


 玄関前に立って、改めて笑顔で言い直すエトナ。

 フリルをあしらった淡い桜色のエプロンがよく似合っていた。

 可愛いな、と思いつつ私は鞄を置いて自然な動作でエトナを抱き寄せる。


「はぁ、癒される……」

「えへへ……」


 私の腕の中にすっぽり収まったエトナは、嬉しそうな声とともに抱きしめ返してくれる。あたたかでいい匂いのする彼女を感じていると、1日の疲れが一気にとろけていくようだった。


「今日も1日お疲れ様でした」


 顔を上げたエトナがほわんとした笑顔で言ってくれる。

 私は彼女の柔らかそうなほっぺに自分の頬をくっつけて「エトナも、お留守番ありがとう」と囁く。するとエトナは、


「はい」


 と短く、しかし嬉しさや親愛が滲んだ返事をしてくれた。

 その後私たちは1分ほど無言で互いを感じ合い、どちらともなく示し合わせたかのように離れる。

 

「今日のお夕飯はハッシュドビーフのオムライスですから、手を洗ったり着替えたりしてくださいね。すぐに用意できますので」


 エプロンの裾をひらりと翻しながらリビングへ戻っていくエトナ。その後ろ姿を眺めてなんだか新婚さんみたいだな……とぼんやり思う。さりげなく私の鞄まで持って行ってくれてるし。尽くしてくれるお嫁さんみたいな……いや、結婚したことないからイメージでしかないんだけど。

「……こういうのが続くのは、悪くないかな」


 微笑とともにつぶやき、私は洗面所へ向かった。


 ◇◇◇


 夕飯を堪能した後、私たちは此葉が貸してくれたニャンテンドースイッチで遊び、頃合いを見て入浴を済ませた。

 先に私が入り、今はエトナが入っている。


 昨日から入浴は別々になった。

 というのも、別々に入浴したいとエトナから申し出があったのだ。

 申し訳なさそうに「お世話になりっぱなしな気がして」だとか「なんだか急に恥ずかしくなって……」とあれこれ理由をつけてはいたが、それがなんとなく嘘なことは分かった。此葉あたりに何か吹き込まれたのかもしれないが、真相は分からない。

 ただ結局私は、詮索せずにエトナの申し出を受け入れた。

 

 彼女が無意味に何かを申し出てくるわけがない以上、そこには理由がある。

 なら、それでいいと思った。

 もちろん一緒にお風呂に入れなくなったことは寂しかったけれど、それは別の時間……たとえば寝るときにでも埋め合わせしよう。


 そんな風に思いながらベッドに座って待っていると、パジャマ姿のエトナが入ってきた。入浴を終えたばかりなので髪が湿り、頬がぽかぽかと赤らんでいる。

 私は手招きしてドライヤーを手にする。


「おいで、エトナ。乾かしてあげる」


 エトナは「お願いします」と頷いて、手近な椅子を持ってきて私の前に背を向けて座った。

 濡れて光沢のあるエトナの銀髪を手に載せて、ドライヤーで乾かしていく。時折り櫛を通しつつ、彼女の綺麗な髪がこれからもそうであればいいなと思いながら整える。

 ドライヤーの音のせいもあったけれど、乾かしている間私たちは無言だった。

 けれどそれは話すことがないというわけではなく、心地のいい無言だった。


 やがて、ドライヤーのスイッチを切る。


「終わったよ」


 そう言うと、エトナが振り返って「ありがとうございます」と笑顔を見せてくれる。

 うん、大丈夫だ。

 このやりとりは、昨日も一昨日もそれより前からも変わっていない。

 

 私はそのことに、自分でも驚くほど安堵していた。



 ◇◇◇


 髪を整え、歯を磨いて……いよいよ寝ようという段階で、


「あの、トーコさんて今度のお休みはいつですか?」

「次は木曜日がお休みだけど、どうして?」


 ベッドの上でぺたんと座ったエトナに答えながら、私もベッドの端に座る。


「もし、お暇だったでいいんですけど……」


 エトナはそう前置きした後、明らかに緊張した様子で切り出した。


「木曜日……一緒に、どこかへお出掛けできませんか……?」

「え、お出掛け?」


 耳を疑う。

 エトナは外には出られないはずだ。だが、彼女の表情は真剣そのものだった。


「その……ようやく、少し魔力が回復したんです。それで、短時間だけですけど防護魔術が使えるので……だから、少しの間だけならって」

「そうなんだ。えっと、短時間ていうのは具体的にはどのくらい?」

「じゅう……いえ、7時間くらいです」

「7時間か。それなら、充分遊びにいけるね」


 私は心底嬉しくなって、笑った。


「魔力が回復してきたってことは、いずれはもっと長く外に出られたりもするの?」

「えっと……それは……はい、たぶん。いえ、きっとできます。これからどのくらい魔力が回復するか分からないんですけど、そう遠くないうちには」


 エトナは少し戸惑うような素振りを見せたが、すぐに肯定してくれた。

 それに私は思わず涙ぐむ。


「えっ、トーコさん……?」

「あはは、ごめんね」


 目尻を拭いながら、私は照れ笑いする。


「そのさ、不安だったんだ。エトナがこの家からずっと出られなかったらどうしようって。せっかく大変な思いをしてこんな場所まで逃げてきたはずなのに、酷い仕打ちだなって……だから、安心したらつい」

「トーコさん……」


 呟いたエトナが近寄ってきて、そのまま抱きついてきた。

 普段よりいくぶんか強い力でぎゅうっと、抱きしめられる。


「ごめんなさい……」

「エトナ?」

 

 謝る必要なんて何一つないはずなのに、エトナは謝罪を口にした。


「どうして謝るの?」

「それは……その、心配掛けてしまってたから……」

「そっか。そんなの気にしなくていいのに。それよりも外に遊びに行けることを喜ぼうよ。ね? 私も楽しみだし」

「はい……でも、やっぱり……ごめんなさい」


 気を遣い過ぎるのは彼女の美点であり欠点だなぁ、とぼんやり思いつつ私はエトナの頭をぽんぽんと撫でてやる。

 それから私たちは抱き合ったままベッドに倒れこんだ。

 互いの顔を間近で見ながら言葉を交わす。 


「お出掛け、どこか行きたい場所とかある?」

「……まだ決めてません。……でも」

「でも?」

「……トーコさんが作ったゲームの、アヤちゃんとユキちゃんみたいなお出掛けがしたいです」


 そう言われて、私は『最期の日までに』のシナリオを思い出してみる。

 たしか、病院を抜け出した2人が駅前の繁華街でウィンドウショッピングを楽しんだり水族館に行ったり、クレープを食べたりするシーンだ。

 そこでアヤはふと言うのだ。

 余命いくばくもないユキに向かって、「これって、デートだよね」と。

 だから私もそれに倣って、


「じゃあ、デートだね。私とエトナで、木曜日はデートだ」

「デート……? で、デートになるんですか!?」

「だってそうでしょう。アヤとユキはそうだったじゃない」


 急に慌てだすエトナに、私はさらりと言ってやる。


「で、デート……」


 呟くエトナの心音が早くなるのが、密着しているからよく分かった。

 少し体温があがったようにも思う。


 照れ照れするエトナの顔を眺めていると、彼女は上目遣いで私に言った。


「あの……トーコさんは、わたしとデートしたいですか……?」

「当たり前じゃない」


 その表情は卑怯だと思いつつ、私はエトナのおでこに自分のおでこをくっつける。


「可愛いあなたとお出掛けデートできるの、嬉しいよ」

「トーコさん……」


 エトナはほわっとした笑顔になって目を閉じた後、「わたしも嬉しいです……」と、か細い声で言ってくれた。


 しばらくぎゅっと抱き合っていると、ふとエトナが「ふぁう……」と小さな欠伸をした。それを合図に私たちは一度身体を離して枕のある場所まで移動して掛け布団をかぶり、改めて身体をくっつける。


「おやすみ、エトナ」

「はい、おやすみです。トーコさん」


 どちらともなく足を絡め、私たちは溶けるように眠りについた。


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