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お泊り此葉 5

 此葉が目を覚ましたのは、20分ほど後だった。


「──ハッ、自分はいったい……? 長く生きてきた中でも屈指の幸せ空間にいたような気がするっすけど、あれは……?」

「あ、やっと起きた。おはよ」

「あ、先輩。おはようっす。……なんかめちゃくちゃお恥ずかしい姿を見せてしまったみたいっすね……」


 起き上がった此葉は頬をかきながら、たははと照れ笑いする。

 私は食べ終わった食器やホットプレートを片付けながら、悪戯っぽく笑って返す。


「ごめんね。ちょっと2人して調子に乗りすぎちゃった」

「お気になさらずっす。……マジ、最高だったっすから」


 キメ顔で言った後、此葉はきょろりとあたりを見回した。


「ところで、エトナちゃんはどこ行ったんすか?」

「お風呂。さすがに3人で入るには狭いから、1人ずつ入ろうってことにしたの」


 実際のところ、それは半分嘘だった。

 3人で入るのが狭いのは本当だが、傷だらけのエトナの身体を見られるのはマズいと判断し、此葉が目を覚ますより先に入浴してもらったのだ。

 案の定、此葉は3人で入りたかったと残念がった。


「まあ、また機会があればその時にね」

「はーいっす。……ってことはもしかして、エトナちゃんてしばらくここにいるんすか?」

「……うん、まぁそんな感じ」


 私は一瞬だけ言い淀んだが、すぐになんでもなかったように言った。

 此葉は気にしたふうもなく「エトナちゃんが出たら、自分もすぐ風呂るっすね~♪」とリュックから着替えなどを取り出す。


 それを横目に見つつ。

 私は台所で洗い物をしながら考える。


 ──エトナは、いつまでここにいるのだろう。


 今まで目を逸らし無意識に考えずにいた現実が、此葉の何気ない一言によって突然目の前に突きつけられたような気分だった。

  

 エトナは、外には出られない。

 だから出会ってからの1週間、彼女はずっとこの部屋にいた。

 私が持っていた本やネット配信の映画を観たり、私が作ったゲームをしたりして過ごしていた。

 今はまだいい。

 異世界から来た彼女の目には、触れるものすべてが新鮮で輝いて見えたことだろう。


 それは私にとっても同じだ。

 エトナとの日々は毎日が新鮮で、温かく、今までの私にはなかったものだ。

 けれどいつまでもこの気持ちを抱いたままでいられるのか──少しだけ、不安になる。


 エトナは14歳で、魔女で、不死で。

 一方で私はもう28歳で、クリエイティブな職業といえば聞こえはいいがただの会社員で、そしてただの人間で。


 かけ離れた私たちの暮らしには、きっといずれ齟齬が生まれるはずだ。

 遅かれ早かれ、ひずむはずなのだ。


 その歪みが、私とエトナとで正していけるようなものならいい。


 でも、そうでない場合──たとえば、仕事の都合で引越しを迫られたり、両親の都合などで実家に戻らなければいけなくなったりした時、私はエトナをどうするのだろう。


「──っ!」


 一瞬。

 伽藍とした部屋に独り佇み、無理やりな笑みを浮かべるエトナが脳裡に浮かんで。


 ガシャン。

 気付いた時には、私は洗っていた丸皿を取り落としていた。


「うはっ、びびったっす!! 大丈夫っすか、先輩!?」

 

 音を聞きつけた此葉が立ち上がって訊いてくる。


「ごめんごめん、ちょっとぼーっとしてた」

「ほんとっすか? なんか、顔色もよくない気がするっすよ?」

「ちょっと遊び疲れたのかもね。もう若くないって証拠かなぁ……あ、自分で言っててちょっと泣きそう」


 冗談めかして言う。

 すると此葉は腰に手を当て、妙案でも思いついたかのようににんまり笑った。


「じゃあ、今夜は夜更かしせずにしっかり寝るっすよ。もちろん、3人一緒にっす」


 

◇◇◇◇◇



「……さすがにこのベッドに3人は、きつすぎない?」

「そうっすか? 自分はこのぎゅうぎゅう感好きっすよ」

「わたしも……その、いいと思います」


 22時半過ぎ。

 入浴や髪の手入れなどを終えた私たち3人は寝室のシングルベッドにいた。

 何故か私が真ん中で、右側に此葉、左側にエトナという位置取りだ。2人はそれぞれ私の腕を抱きしめるようにしてくっついている。常夜灯をつけているため、2人の姿はよく見えた。


「普段泊まる時は別々に寝てたから、新鮮っすね」


 確かに、此葉と同じベッドで寝るのは初めてだった。

 以前は2つ敷き布団があったので片方を此葉の寝床にしていたのだが──先週エトナが転がり込んで来た日に片方の敷き布団が汚れてしまい、まだクリーニング屋から引き取っていないため、3人で同じベッドになったのである。


「ねね、どうっすか? この両手に花なシチュエーションの寝心地は?」


 小柄な身体のわりに豊かな胸をおしつけてきながら、此葉は八重歯を覗かせる。

 それを見たエトナも、何を張り合っているのか密着度を上げてきた。

 だが悲しいかな。

 慎ましさの極地にあるエトナがいくら頑張って身体を押し付けてきても、感触は変わらない。


「……なんていうか、暑苦しい」


 私は率直な感想を口にした。

 すると此葉は「んなっ!?」と変な声を上げて、


「ひでぇっすよそれ!? こ、こんな美少女2人を侍らせておいてその言い草はあんまりっす!」

「エトナが美少女なのは認めるけど、あなたは美少女じゃないでしょ」

「重ねてひでぇっすよぉ!! それはエトナちゃんに比べたら見劣りするのは分かるっすけどぉ……!!」


 むむむっと唇を引き結んで抗議の目を向けてくる此葉。

 私はため息をつき、やれやれと微笑する。


「そうじゃなくて、単に少女って歳じゃないって話だから。それに此葉って美人ってよりは可愛い系だと思うんだけど」

「はへ? 自分、先輩的に見て可愛いんすか……?」


 目を瞬かせ、此葉はきょとんとする。

 何がそんなに意外なのか分からず、私は頷く。


「うん。可愛いなこいつってよく思ってる。愛嬌あるし素直だし、何より底抜けに明るいし。正直、あなたみたいな可愛い子に慕ってもらえて嬉しいよ」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくださいっす!! タンマタンマ!!」


 突然慌て出す此葉。

 彼女は私の腕から手を離し、その両手で自らの口元を覆った。

 それから「うぅ~~~」とか「あぁ~~~~~」と呻いてから、


「……不意打ちで胸がきゅぅぅぅってなること言うの、卑怯っすよぉ」


 と、上目遣いになって絞り出すように言った。


「いや、卑怯って。私は可愛いと思ったから可愛いって言っただけなんだけど」

「だーかーらー、そういうとこっすよぉ……!! あぁ、もう!! うぅぅ!!」


 此葉は私に背を向け、ぽふぽふぽふぽふと布団を叩き始めた。

 この後輩何してるんだか……と呆れていると、ふいにクイクイっと左腕を引っ張られる。

 

「ん、どしたの?」


 反射的に顔を向ける。

 すると、吐息が触れ合うような距離にエトナの顔があって。


「えっと……トーコさんは……美人さん、です……」


 そう言って彼女はほへっと笑った。


「あ、ありがと」


 私はちょっと間の抜けた声で応じ、同時にこれが此葉の言っていた『胸がきゅぅぅぅってなる』ってことかと理解した。たしかに、これは……ちょっと、昂ぶる。


「えいっ」


 私はエトナのほうに身体を向けて、とりあえず彼女を抱きしめた。

 エトナは「ひゃっ」と驚きはしたものの、すぐにされるがままになってくれる。

 心を許してもらっているような感覚に、ますます胸がきゅっとなった。

 思わず、抱く腕に力が入る。

 するとエトナが「んっ……」と吐息めいた声をこぼした。


 その声が鼓膜を──そして、心の奥までも震わせる。


 ──あ、どうしよう。これ、なんだか変なスイッチ入りそうかも。


 そう思った矢先、後ろから勢いよく何かに抱きつかれた。


「じ、自分を仲間外れにしないでほしいっす!!」


 寂しげに訴えてきた此葉が、ぐりぐりと鼻先を私の背中に埋めてくる。

 それで私は即座に冷静になれた。

 エトナを抱く腕を解き、仰向けの体勢に戻る。

 エトナが名残惜しそうに「あっ……」と声を漏らしたので、左手で彼女の頭を撫でて『ごめんね』と視線を送った。それで伝わったのか、エトナは柔らかい表情で小さく頷いてくれた。

 

「ごめんごめん、此葉も一緒に寝ようね。ほら、手繋ご」


 そう言って私は此葉と、次いでエトナと手を繋ぐ。 


「えへへ、先輩の手ぇぬくぬくっすね。エトナちゃん」

「はい……あったかいです」


 すっかり元の調子に戻った此葉と、私の手を宝物でも扱うみたいに優しく握り返してくるエトナ。

 2人に挟まれたまま、私はいつの間にか眠りに落ちた。


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