お泊り此葉 4
たっぷりとあったはずの時間は、瞬く間に溶けていった。
私たちは此葉が持ってきてくれたゲームなどを遊び倒し、堪能し尽くした。
ニャンテンドースイッチの人気ゲーム『イカストゥーン』や『マサオカート』にはじまり、ルールが分かり易くお手軽な『海底探検』や『それは俺の魚だ!』で白熱し、エトナが揚げてくれたフライドポテト片手にプロジェクターによる本格的な映画鑑賞を経て──。
20時過ぎ。
私たちはリビングのテーブルで夕飯を囲んでいた。
「くぅぅぅ~~~、やっぱり『オーシャンズ・リム』は最高だったっすねぇ! 巨大ロボットがぶん殴る爽快感!! ディス・イズ・エンターテインメントって感じで何度見ても滾るっす!!」
ホットプレートでじゅうううっと焼けるカルビを引っくり返しながら、此葉が弾んだ声で言う。
夕飯は焼肉だ。
テーブルの脇には、タンやホルモンなどの肉以外にも海産物や野菜が丸皿いっぱいに盛られている。
此葉が泊まりに来る際はいつも、『食べたい物を焼いちまえ!!』というフリーダム精神のもと心赴くままに食べることにしており、今回もそんな感じだった。
「あの映画、ネット配信でしか観たことなかったんだけどホームシアターで観ると迫力が段違いだね。エトナも楽しんでくれたみたいでよかったよ」
私は焼き上がったホタテにバターを載せて醤油を垂らしながら言う。
話を振られたエトナは、ホルモンを飲み込むタイミングがなかなか掴めないらしく、もごもごしていた。
「……っ! ……っ!!(一生懸命頷いている)」
「慌てなくていいから、喉に詰まらせないようにね」
「……んくっ、はふ。えっと、ロボットがすごく格好よくて熱くて、楽しかったです!!」
エトナの瞳には、まだ少し映画の興奮の余韻が残っているようだった。外に出られない制約がある彼女にとって、ホームシアターはいい体験だったらしい。
此葉にはいずれお礼として、美味しいパフェでも奢ってあげよう。
「にゃはは、エトナちゃんに楽しんでもらえてなによりっす。色々やってみたっすけど、特に気に入ったのとかあるっすか? よければ、スイッチとか貸しちゃうっすよ」
焼きあがったカルビを噛み締め、此葉は豪快に白米をかきこんだ。相変わらずの食べっぷりのよさだ。
それを微笑ましく思っているとエトナが、
「えっと……ゲームも映画も、どれも面白かったんですけど……きっと、トーコさんとコノハさんがいたからなので……だから、その……また、一緒に遊んでくださると嬉しいです……」
そう言って頬を赤らめ、ふんにゃりとした笑顔を浮かべた。
その言動に此葉は箸を止め、
「……先輩。自分、エトナちゃんお持ち帰りしていいっすか?」
「気持ちは分かるけど、ダメ。」
「なんでっすか!? 先輩、それ独占禁止法違反すよ! レッドカードっす‼︎ こんなに可愛い銀髪の子とおはようからおやすみまで一緒だなんて羨まけしからないっす‼︎ お裾分け、お裾分けを所望するっす‼︎‼︎」
「なにアホなこと言ってんのよ……」
こめかみに指を当てて呆れて見せる。
此葉は「ちゃんとおもてなしするっすから、一晩だけでも〜〜!」と粘ってくる。
どうやら、かなりエトナを気に入ったらしい。
しかしエトナは外には出られない。
ここでキッパリとNOを突き付けておくべきだと思った私は、迅速な対応に動いた。
「ダメなものはダーメ。あのね、エトナはとっくに私のものなの。誰にも渡したりしないんだから」
そう言って、隣に座っているエトナの肩を右手で掴み、抱き寄せた。
やや強引だったが、ここは大袈裟すぎるくらいがいいだろうと、さらに続けて、
「エトナも、私のそばのほうがいいでしょ?」
と、微笑んでエトナのほっぺを撫でた。
するとエトナはぷしゅ~~~と音が聞こえてきそうなほど真っ赤になって「ひゃ、ひゃい……」と頷く。
それから私の手にほっぺをすり寄せて「ずっと、トーコさんのそばがいいです……」ととろんとした瞳をして、つぶやいた。
「ほ、ほら、エトナもこう言ってるし」
「……なんすか、この可愛い生き物」
「なんなんだろうね。私もよく分かんないや」
私は頬が緩みそうになるのを必死に堪えて苦笑するしかなかった。
あくまで演技とか建前のもと抱き寄せた私に対して、エトナは明らかに素だ。まさか此葉という人目があるにも関わらず、ここまでストレートに好意を示されるとは思ってもいなかった。
油断すれば『エトナ可愛い』という感情が漏れ出して、撫でたりほっぺをつついたりぎゅうううとしてしまいたくなってしまう。
だが、それはさすがにまずい。
先輩としての威厳が壊れる。
私が理性を総動員して平静を装っている一方で此葉は、照れてトロけているエトナをじとっと見つめ、口を尖らせた。
「ちぇっ。仲睦まじいっすねぇ……」
そう言って彼女はタン塩を噛み千切り、いかにもやさぐれていますという風に振舞う。
それを見て私は、ちょいちょいと手招きした。
此葉は「なんすか?」と肉を嚥下した後、訝りながら近づいてくる。
私はそんな彼女を、空いている左手で抱き寄せた。
「わひゃっ!? ちょちょっ、なんすか!?」
「いや、なんか仲間外れはよくないかなって」
「べ、別に自分は寂しくなんかないっすよぉ!!」
私の胸に顔を埋めながら、真っ赤になってあたふたする此葉。
人懐っこくはあるがどことなく掴み所のない彼女がこうも狼狽しているのは新鮮だった。
「ふぅん? じゃあ、この手離そうか?」
「え、あ、それは……‼︎」
拘束を緩めようとすると、此葉はおやつを目の前で取り上げられた柴犬みたいな顔になる。
「離しちゃっていい?」
「…………先輩の厚意を無碍にするのも後輩としてどうかと思うっすから、このままでいいっす」
目を逸らしつつ、されるがままになる後輩。
そこに追い討ちとばかりに、エトナが身を寄せた。
「あの……コノハさんのお家には行けませんけど……でもわたし、本当に今日のこと、とても感謝していますから」
そう言ってエトナは、コノハの左手を両手で包むようにして持ち上げ、私にそうしてくれたのと同じようにほっぺをすり寄せた。
「コノハさんのおかげで、とっても楽しいひと時を過ごせました。……ありがとうございます」
「えっ、は、はいっす……! え、えっと、あの、自分もエトナちゃんと遊べて嬉しかったっすよ!!」
慈しむように左手を優しく包まれ、此葉はますます頬を紅潮させて狼狽する。
「此葉、慌てすぎだって」
「だ、だってぇ、綺麗な先輩と可愛すぎる女の子に幸せサンドイッチされてるんすよ!? こんなの、落ち着いてられるほうがおかしいっす!!」
「だってさ、エトナ。今日は此葉のおかげで存分に遊べたし、これはもっとお礼してあげるべきだよね」
「そうですね……その、わたしでよければ……もっと、さ、サンドイッチ……しますね?」
「ちょちょっ、ま、待ってくださいっす! 心の、心の準備ができてっ────!!!!!」
私とエトナは上手く連携して此葉をわちゃくちゃにしてやった。
しばらく後、リビングにはマタタビをこれでもかと堪能してへにゃへにゃになった猫のような此葉が転がることとなった。




