お泊り此葉 3
「ちわーっす! どもども、お邪魔するっす♪」
翌日、14時過ぎ。
約束通り、此葉は私の家にやって来た……のだが。
「此葉、あなたその荷物……登山にでも行く気?」
「およ? 何言ってるんすか先輩。今日は先輩の家で遊ぶって決めたじゃないっすか」
呆気に取られる私に対し、此葉は能天気に笑った。
彼女はパンパンに膨らんだ登山用バッグを背負っていた。両手には紙袋を提げ、『不労所得』と印字されたシャツとハーフパンツ、そして黒ストッキングという装いだ。
「なら、その大荷物は何?」
「もちろん、お泊りアイテムっす! ニャンテンドゥスイッチにPS4、映画鑑賞用のプロジェクターにボードゲーム、ツイスターとか人生ゲームもあるっすよ。あ、もちろんお仕事もできるように、パソコンだってあるんすからね」
「よくもまあ、そんなに持ってこれたね」
「鍛えてるっすからね、えへん」
呆れを超えて感心するほどの充実ぷりだった。
此葉は玄関に荷物を下ろす。
「だって、せっかく先輩の知り合いの子がいるんすから、色々選べるほうがいいだろうなって思ったんすよ」
「なんだか気を遣わせちゃったみたいだね。ありがと」
「にはは、その一言だけで持ってきた価値があるっすね」
八重歯を見せて、此葉が笑う。
そのタイミングで、とととっと廊下を歩いてくる音がした。
「はっ、初めまして!! エトナ・モントゥオリです……あ、あの、きょ、きょっ、今日はえっと、よ、よろしくお願いしみゃひゅっっ……!!」
私の隣に来たエトナが、そのまま頭を下げて挨拶した。緊張しているらしく、声が上擦って若干舌が回っていない。ちなみに、モントゥオリというのは偽名だ。姓がないと怪しまれる可能性があったため昨晩いくつか調べた末、エトナという名前に違和感のない国がイタリアだったため、適当なイタリア人姓を使っている。
「あ、どもどもっす。自分、塔子先輩と同じ会社でお世話になってる碓氷此葉っていうっす。気軽に接してもらえるとうれしいっていうか、えーっと──あの、むちゃくちゃカワイイっすね、エトナちゃん。ぶっちゃけ、ビビり過ぎて心臓バクバクなんすけど」
エトナに向けて自己紹介していたはずが、途中から私のほうを見て目を点にしている此葉。私からすればあなたも充分可愛いと思うんだけど──という言葉は呑み込み、「いい子だから、仲良くしてあげてね」と笑いかける。
「もちろんすよ! よろしくっすね、エトナちゃん!」
「ひゃ、ひゃい……! よろしくお願いします、コノハさん……!」
「お、おぉ……こんな可愛い子に名前呼んでもらえるのって、なんかイイっすね」
此葉は口元に手をやり、涎を拭う仕草をして見せる。
それから一瞬だけどこか寂しげな目をしたような……いや、気のせいか。「うへへ」とか言い出してるし。
「……エトナにヘンなことしたら、ブツわよ?」
「大丈夫っすよ、自分そういう線引きは得意っすから」
自信たっぷりに言う此葉。
私たちはひとまずリビングへ移動し、それぞれ腰を落ち着ける。此葉は丸椅子に、私とエトナはソファに隣り合って座った。
「にしても、こんな可愛い子と同居してるんなら早く帰りたくなるもの納得っすね。なんでもっと早く教えてくれなかったんすか?」
「言ったら絶対社長に弄られたり白咲にアレコレ言われて面倒しょ?」
「あ~……なるほどっす」
ご理解いただけたようで、此葉はウンウンと頷く。
そんな此葉に向かって、エトナが躊躇いがちに尋ねた。
「あ、あの……コノハさん。トーコさんて、普段はその……お仕事、もっと忙しいんですか?」
「ん、そうっすねぇ。結構夜遅くまで残ってる日が多い感じっすかね。ここ1週間くらいは毎日別人かってくらい早くて会社でも話題になってるっす」
「え、私話題になってるの?」
「そりゃあそうっすよ。普段仕事仕事&仕事って感じだった先輩がささっと帰るし白咲さんの誘い断るしで、なんだどうしたって」
「ウチの会社って勤務時間とか適当だし、退勤時間とか誰も気にしてないと思ってたんだけど……」
「そこは、先輩だからじゃないっすかね。みんな見ていないようで見てるもんすよ、遅くまで残って自分達のフォローしたり慰めたりしてくれた先輩のこと。慕われてるってやつっす。大なり小なり、みんな先輩のこと好きなんすよ」
「そっか、なんか、うん、くすぐったいねそれ」
私はちょっと照れ臭くなる。
単に社長の次に社員の中で年上だしリーダーという立場だからフォローや失敗したり筆が止まった子の話を聞いたりしていただけなので、びっくりだ。
「……?」
ふと、エトナが私の服の裾を引っ張っているのに気付く。
見れば彼女の表情は、少し不安げだった。
それだけで、彼女が何を言いたいのか、なんとなく分かる。
──わたしが来たせいで、トーコさんの生活を変えてしまってごめんなさい。
たぶん、そんなことでも考えているのだろう。
今は此葉がいるから口にはせず、黙っているらしい。
私はしょうがないなぁ、と微笑みながらぽんぽんとエトナの頭を撫でてやった。それから、エトナにも伝わるように言葉にする。
「どうしてもフォローが必要な時は遅くまで残るけど、今はエトナと一緒にいる時間が大事だから、しばらくはやることやったら帰るってスタンスになるかな。此葉たちが頑張ってくれたら私も楽できるし、期待してるからね」
「はーいっす♪ その代わり、頑張ったら頑張ったてごほーびくださいっすよ」
「はいはい。今やってるサバイヴゲームスさんの案件終わったら、高い焼肉連れてってあげる」
もちろん、会社の経費でだ。
私の言葉に、此葉は「ひゃっほーいっす♪」と両手を挙げて喜んだ。
その一方で、エトナは静かにそっと、私の肩に体重を預けてきた。
俯いているため表情は見えなかったが、耳の先がほんのり紅潮していた。
「それじゃあ、とりあえず遊ぼっか」
私が言うと、此葉は待ってましたとばかりにリュックの中のものを広げ出し、エトナは「摘めるもの、準備しますね……!」と台所へ向かった。私は此葉と一緒に、最初は何をして遊ぶか吟味する。
時間はたっぷりある。
私たちのお泊りは、まだ始まったばかりだ。




