白咲灯鞠
今回は、以前名前だけ出てきていた白咲さんの回です。
次からはエトナとエトナエトナします。したい。
「遅い」
「……いや、定刻10分前なんだけど」
「出社時間なんて関係ないわ。あたしより15分来るのが遅かったから遅いって言っただけ」
月曜日。
目覚めていきなりエトナが泣きじゃくっているというハプニングがあったものの、仕事が消えてなくなったりはしない。
銀髪の可愛らしい魔女と同居することになったって、日常は日常のままだ。
エトナと2人で朝食を摂った私は、彼女の昼食を作り置きし。
レンジの使い方やノートパソコンで|動画配信サイト(ネット○リックス)を視聴する方法を教えるなどした後、勤務先──シナリオ製作会社『テノルテ』が入っているビルに辿り着いたんだけど。
その入り口で、ゴシック調のブラウスとスカートで着飾った女に捕まっていた。
「なんでわざわざ入り口で待ってるの? 白咲」
「そんなの決まってるじゃない。このパーフェクトに可愛いあたしが、あなたのしょっぱくて寂しい朝に華を添えてあげようっていう慈悲よ。ほら感激で咽び泣きなさい。朝から灯鞠様の超絶キュートなお顔を拝見できて光栄の極みですって打ち震えるがいいわ!」
小柄なわりにたゆゆんと育った胸を張り、白咲は自信に満ち溢れた顔をする。
くるりと巻いたトレードマークの金髪縦ロールがふわりと揺れていた。
白咲灯鞠。
私より4つ年下の24歳。
テノルテに2つあるシナリオチームのうちの片方でリーダーを任されている前途有望の文筆家だ。
同じリーダーという役職ながらディレクションやフォロー中心で動いている私と違い積極的にシナリオライティングに参加している白咲は社内随一の実力派で、大手ゲーム会社の人気スマホゲームのメインライターとして名を連ねている。
個人名が出るような仕事をしていない私と違い、テノルテを離れても仕事に困らないであろう業界のホープ……のはずなのだが。
「何黙ってんのよ。もしかして感動で声も出ないの? ま、当然よね。なんたってこの白咲灯鞠がわざわざお出迎えしてあげてるんですもの。見惚れ見蕩れて心奪われたって仕方のないことよね。いいわ、いいわよ。あたしに見入ることを特別に許してあげる。毛先から爪先まで余すところなく網膜に焼付けなさい」
顎をクイッと上げ、胸に手を当て──芝居染みた仕草で言う白咲。
その立ち姿はとてもサマになっていたが……ぶっちゃけ、鬱陶しい。
何を隠そうこの白咲、同じリーダーという役職だからなのか何かある度に──いや、何もなくてもよく絡んでくる子なのであった。
「……朝っぱらからあなたの相手をするの、正直暑苦しいんだけど」
「は、はぁ!? 暑苦しいって何よ!? アラサー行き遅れ確定ガチャでSSレア引いて未来永劫独身が約束されてるあなたの人生に彩りを与えてあげようっていうあたしの優しさが分からないの!?」
「私の将来をクソガチャで決めないで。っていうかこんなところで油売ってる暇あるの? マギノゲームさんのとこの仕事、今日が締め切りでしょ?」
呆れ半分で言ってやると、白咲は涼しげな笑みを浮かべる。
「あの仕事ならとっくの昔に納品したわ。昨日細かなリテイクも終えてひと段落ってところかしら。どっかの誰かさんみたいに外注ライターが音信不通になって締め切り当日に慌てふためくような無様は晒さないのでご心配なく」
「うぐっ……」
事実なので反論できない。
「だいたいあの量のフレーバーテキストとキャラシナリオくらい、あんたと碓氷でこなせるでしょう? わざわざ外注に仕事回さなくたって自分たちで書けばその分出来高で給料も増えるんだし、いいこと尽くめじゃない。そりゃあ、いざって時のためにフリーのライターとの人脈を増やしておくのはディレクターとして大事かもしれないけれど、だからって実績も実力もない、あまつさえ音信不通になるようなライターにまで仕事を振るのは悪手以外の何物でもないわ」
腕を組み、甘やかな香水の匂いを漂わせながらぐいぐい言い寄ってくる白咲。
彼女の言葉はどれも痛いほどに正しいため、言い返せない。
だが、出社早々に切れ味鋭い指摘をされ続けるのも精神衛生上よろしくない。
そろそろ適当に応じて切り上げるべきだろう。
「そもそもあんたは──」
更なる白咲の言及が始まる──その前に口を挟んで遮ろうと思った矢先。
「先輩、おはよございますっす」
ビルのエントランスから、此葉が現れた。
既に出社していたらしく、エレベーターで降りてきたようだ。
「おはよう、此葉。どこか行くの?」
「自分はちょっとコンビニでおやつ買って来ようかなってやつっす。腹が減ってはなんとやらっすよ。先輩も一緒にどうっすか? 冷蔵庫の備蓄、そろそろなくなりそうっすよ」
ニヒっと八重歯を覗かせる此葉。
ウチの会社は出社時刻こそ10時に定められているが、実際のところ仕事さえちゃんとすればいいという社長の方針のもとかなりの自由を与えられている。シナリオ製作が主業務であり個々人で執筆スタイルが異なるため、相談次第では週1出社もOKだったり。
私と白咲はリーダーという立場上、最低週4出社の決まりだが会社のオフィスが一番仕事が捗るタイプなので苦ではないし、本来週1出社でもいい此葉も「誰かがいたほうが捗るんすよね~」ということで週5で出社している。ちなみに週1出社というのは、社員の健康と生存確認という側面が強い。
もちろん、いつコンビニや喫茶店に行こうがお昼休憩を取ろうが自由だ。
だからこそ私たちは10時ギリギリでも特に慌てることなくこうしてビルの入り口でやんやかできるわけで。
「あー、ごめん。何か適当に買ってきてくれると嬉しいかも。後でお金払うから。いま白咲にお説教されてるところなんだよね」
「お、お説教って何よ!? それじゃあなんだかあたしが嫌なヤツみたいじゃない!?」
小柄な白咲が爪先立ちになって抗議してくる。
一方で此葉は、こてっと首を傾げて不思議そうに言った。
「お説教……? 白咲さん、テクノノーツさんから預かった伝言を先輩に伝えに行ったんじゃなかったんすか?」
「え? テクノノーツさんから電話あったの?」
テクノノーツとは、昨日私が夜遅くまでオフィスに残ってシナリオなどを納品した取引先だ。
「はいっす。──納品物確認しました、今回も非常にいい出来で助かります。細かいリテイクは数日中にご連絡できればと思いますが、大筋はこれで問題ありません。仲谷さんにお願いして本当によかったです──って。自分が電話受けたんすけど、白咲さんが『あたしが伝える!!』って意気揚々と降りてったんで」
「ちょっと碓氷、黙りなさい!」
今まで余裕綽々だった白咲が、途端にうろたえはじめた。
気のせいか、頬に朱が差している。
そんな白咲の様子を見て何かを悟ったらしい此葉が、にんまりと悪戯っぽく笑いながらわざとらしい声を出した。
「いやぁ、テクノノーツさんからの伝言を聞いた時の白咲さん可愛かったっすよぉ。『ふふっ、まあ塔子なら当然よね!! 昨日も1人であれだけ頑張ってたんだし、ちゃんと時間があれば塔子の技量ならもっともーーーっと面白いシナリオにブラッシュアップすることだって……ああっ、そう考えたら音信不通で逃げたライターに殺意が湧いてきたわ。住所特定して突撃して縛り上げてやろうかしら……!!』とかなんとか言ってたんすから」
「へぇ~~~~~~~~~~~~~~~、そっかぁ~~~~~~」
此葉の言葉を聞いた私は、湧きあがってくる笑みを抑え切れないまま白咲を見る。
金髪ロールのお嬢さんは「う、ああ、いや、それは、その……!!」と耳の先まで真っ赤にしてしどろもどろになった後、「う、碓氷ぃぃ!!」と叫んで駄々っ子みたいなパンチを此葉に向けて繰り出した。
それを此葉は、最小限の身のこなしで軽々と避ける。
「おっと、いきなり何するんすか白咲さん。自分は脚色なしに事実を言っただけっすよ? ああ、あとそういえばこんなことも言ってったすね。たしか『塔子のシナリオを世界の誰より楽しみにしてるのはあた』──」
「あー、あー、キコエナーイ!! あたし、なんにもキコエナーイ!!」
此葉の言葉を遮るように、白咲が叫ぶ。
それから彼女は、此葉の両肩をガシっと掴んで迫った。
「う、碓氷、これからコンビニ行くのよね? あ、ああ、あたしもちょっとコンビニに用があるっていうか、ここは先輩として奢ってあげちゃってもいいかなって思うんだけどどうかしら? 決まり。決まりね。行きましょう。冷蔵庫の補充も必要だし、今すぐコンビニ行きましょう。はい、ゴー!!」
有無を言わせぬ気迫とともに此葉の腕を抱きしめ、そのまま引っ張って歩いていく。
「わーい、あざーっす!」
此葉は悪びれる様子もなく満面の笑みで言った後、一瞬だけこちらを見てウィンクした。
私はくつくつ笑いながらコンビニへ向かう二人を見送り、ビルに入った。
白咲がつっかかってくる理由が分かるような分からないような、まだ曖昧ではあったが、今後は何を言われても精神的優位に立てそうな気がした。




