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ひとつのベッド、ふたりのカタチ

「ど、どうでしょう……?」

「うん、似合ってる。可愛いよ」

「……嬉しいです。えへへ」


 23時過ぎ、リビングにて。

 紺色のパジャマを着て絨毯の上に立っているエトナは、やや緊張気味に微笑む。

 稲本さんのショップで選んだパジャマのサイズは彼女にぴったりだった。銀糸の髪と白い肌が紺のパジャマとコントラストになっていて、本当に似合っている。


「それじゃあ寝ようか」

「はい」


 言って、私は寝室兼書庫へのドアを開けて入り、エトナが後ろに続く。

 

「電気はリモコンでも消せるから、これ使ってね」

「……? えっと、わかりました」


 エトナが何故かきょとんとしながら、リモコンを両手で受け取る。


「私はリビングで寝てるから、何かあったら遠慮なく起こしてね。それじゃあ、おやすみなさい」


 そう言って私は笑顔で小さく手を振って踵を返そうとする。

 だが、エトナが慌てて声をあげた。


「あ、あの、トーコさん! えと、えっと、一緒に寝るんじゃないんですか?」

「え?」

「だ、だって……ベッド、1つしかないと思うんですけど……」

「うん。だから私はリビングのソファで寝ようかなって」


 2つあった布団のうち1つは汚れてしまって明日以降クリーニングに出さなければならず使えない。あれが残っていれば私もそのへんに布団を敷いて寝ることができたが、それができない以上、身体に響くのを覚悟でソファで寝るしかないわけだ。

 ベッドは1人用なので、2人で寝るには狭苦しいだろうし。

 そう思ったのだが、エトナは不安げな表情で、


「でも、トーコさん……今日起きた時、身体辛そうでした。あれって、私にベッドを貸してくださったせいですよね……? だったらやっぱり、トーコさんがベッドで寝てほしいです」


 そう言われて、私は渋面になる。

 確かにソファで寝ると、明日以降の仕事にも響く恐れはある。エトナの言はもっともだった。彼女に気遣われてしまうアラサーの身体が恨めしい。


「それにその……わたし、向こうの世界では路地裏とか木の根元とかでよく眠っていたので、ソファでも床でも大丈夫ですので。むしろその、ベッドだと快適すぎて逆に落ち着かないというか……あはは……」


 畳み掛けるように続けたエトナは、最後は自嘲気味に笑った。

 しかし私は、そのぎこちない笑みを見て方針を確固たるものにした。


「決めた。やっぱり、エトナがベッドで寝て。向こうの世界ではどうだったか知らないけど、早くベッドでちゃんと寝ることに慣れてもらわないとだし。うん、ベッドでぐっすり寝ることを家主として厳命します」


 私はベッドをビシっと指差し、腰にもう一方の手をあてて言った。

 

「ってことで今度こそおやすみ、エトナ」

「え、あの、えっと……!」


 まだ何か言いかけるエトナのほうを見ずに、リビングへ戻ろうとする。

 さすがにここは譲れない。口や態度にこそ出さないが、エトナは今日一日で身体も心もかなり消耗したはずなのだ。彼女に自覚があるかはさておき、しっかり休ませてあげないと後々大事に繋がる可能性だってある。


 これはエトナのため。

 そう自分に言い聞かせ、寝室を出てドアを閉めようとした瞬間。


「い、一緒に……!」


 必死さが滲む上擦ったエトナの声に、思わず振り返ってしまう。

 エトナは次の言葉を中々言えないようで口をぱくぱくさせていたが、すぐに目に力を込めて続けた。


「一緒に、寝たいです……! 2人で……!!」


 まさかエトナがそんな積極的なことを言い出すとは思ってもいなかったので、私は面食らってしまう。


「いやでも、狭いよ?」

「へ、平気です」

「私寝相悪いから、蹴飛ばしちゃうかもよ?」

「だいじょうぶ、です……! トーコさんにだったら、何されても……!」

「私がソファで寝るの、そこまで止めたいんだ」

「はい……だから、トーコさんさえよければ、2人で、その……えっと……」


 ……このあたりが、エトナの勇気の限界だったらしい。

 彼女はそれ以上は上手い言葉が出てこなかったようで、口ごもってしまった。

 俯く彼女が、どこか心細そうに感じられて。

 それで私は、ピンときたことをつぶやいた。


「……もしかしてエトナ、1人で寝るのが寂しいの?」

「っ……!」


 エトナが咄嗟に顔をあげる。

 その表情には、藁にも縋りたいような情けなさがあって──つまり、図星のようだった。


「そっかそっか。ごめんね、すぐに気づいてあげられなくて」


 なんとも言えない笑い顔を作りつつ、私はリビングへと続くドアを閉めてエトナに歩み寄り、立ちすくんだままの彼女を軽く抱きしめてあげた。


「エトナ、一緒に寝よっか」

「はい……!」


 安堵がこもった返事を聞いて、私たちは一緒にベッドにもぐりこんだ。


 

  ◇◇◇◇◇

 


「エトナ、大丈夫? 暑くない?」

「だいじょうぶです……あたたかくて、とっても落ち着きます」


 電気を消した寝室、狭いベッドの中。

 私たちは身を寄せあって横になっていた。


 まだ目が慣れない暗闇の中、すぐそばにエトナの顔があるのが薄っすらと分かる。

 そしてそれ以上に、彼女の息遣いや触れ合い感じる体温が、彼女がすぐそばにいることを教えてくれた。


「このベッドで誰かと寝るのは初めてだから、なんか変な感じ」

「……わたしも、誰かと寝るのなんて初めてなので……ドキドキします……」


 たぶん今エトナは、控えめに笑っているんだろう。 

 なんとなく、そんな雰囲気がした。


「ちゃんと眠れそう?」

「だいじょうぶです。……でも、眠りたくないとも思ってしまって……」

「どうして?」


 尋ねると、エトナはほんの少しだけ身を寄せてきた。

 手を伸ばせばそのまま抱きしめてしまえそうだな、なんて思っていると彼女はぽつりと不安を口にする。


「……眠って目覚めた時、ぜんぶ夢だったらどうしようって……そう思うと、怖くて」

「エトナ……」

「頭ではわかっているんです。異世界に来たことも、トーコさんがすぐそばにいてくれることも、何もかも本当なんだって……でも、やっぱり嘘なんじゃないかって……私なんかが、こんな……しあわせでいられるはずがないんじゃないかって……それで……」

「……じゃあ、これも嘘?」


 私は静かに言って、エトナをそっと抱きしめた。

 彼女の、泣きたくなるくらいに細い背中を優しく撫でながら、囁く。


「エトナは小さくて温かいね。それに、お風呂に入ったからいい匂いがする。ちゃんと、心臓がどくどく鳴ってるのも分かるよ。エトナはちゃんと生きてる……これも、ぜんぶ嘘?」

「……嘘じゃないです」

「じゃあ、私がそばにいることだって嘘じゃないはずだよ。なんなら、このままくっついて寝ようか。それなら、絶対いなくなったりしないでしょ?」

「トーコさん……」


 湿り気を帯びたエトナの声。

 それから彼女は、私の胸に顔を埋めた。


「よしよし。……これからは、こういうのが当たり前な毎日にしようね。一緒にご飯食べたり、お風呂に入ったり、眠ったり。私は仕事があるから、なにもかも一緒っていうのは難しいけど、でも、いなくなったりしないから」

「はい……」


エトナの髪を、慈しみながら撫でる。

彼女の呼吸が次第に穏やかに小さくなっていき、やがて規則的な寝息へと移ろいでいった。


「……」


目が慣れてきて、エトナの可愛らしい寝顔が見えるようになる。

綺麗で、安心しきったような表情。

思わずその頬に手を伸ばしかけたが、寸前で留まる。


おやすみなさい、また明日。

心の中でそう囁いて、私も眠りについた。



◇◇◇◇◇



朝。

エトナは、何か温かく柔らかなものに抱かれているのを感じながらぼんやりと目を開けた。


路地裏の薄寒さも木の根の硬さも、家畜小屋特有の鼻につく臭いもしない。


ただ甘く、柔らかで、温かい。

いままで一度たりともなかった、優しい目覚め。


「あっ……」


小さく声が漏れる。

焦点の合った瞳が、目の前の女性を映し出す。

綺麗で凛とした、エトナを受け入れてくれた人の寝顔だ。


「うあっ…………」


突然込み上げてきた涙に、エトナは思わず口元を押さえて俯いた。声を出しては起こしてしまう。泣いてるところなんて見られたらまた心配をかけてしまう。

必死に声を殺した。

涙はボロボロこぼれてくる。


ずっと、ひとりぼっちだった。

魔女として生まれたエトナは、ずっとひとりだった。


憧れていたのだ。

希っていたのだ。


誰かが、そばにいてくれることを。

目を覚ました時、ひとりぼっちじゃないと思える日が来ますようにと。


でも。

それでも。


誰かが……塔子がそばにいてくれることが、こんなに嬉しくて幸せなことだなんて思いもしなかった。


「っ……ぐすっ」


拭っても拭っても涙は止まらず。

結局、目を真っ赤に腫らしたまま、塔子が目覚めてしまった。

当然のように塔子はエトナを心配して、慰めて、抱きしめてくれて。

それがまた嬉しくて、涙はしばらく止まらなかった。





第一章というわけでもないのですが、ここまでで一区切りになれたらと思います。次の投稿は少し間が空きますが、書き切りたい場所に届くよう進めていければと。


ブクマや評価、感想など本当に励みになりました。

ありがとうございます…!

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