ステーキと丼
A5ランクのサーロインステーキは、驚くほど簡単にナイフが通った。
肉汁が溢れ、鉄板皿が音を立てる。
切り分けた肉は、表面はこんがり焼き色がつき中央はほんのり赤い。
少し緊張気味に口に運んだ私は、
「うまっ。うわっ、これうまっ!?」
シンプルに驚き、はぁ……うまっ、ともう一度言いながら嚥下した。噛んだ瞬間に溢れ出す肉の旨味やとろけるような食感の虜になって、さらにもう1切れ口にし、悶える。おいしい。たかいおにく、おいしい。
オニオンベースのソースも絶妙にマッチしていて、申し分ない。
「エトナ、どう? 美味しい?」
肉に気を取られていた私は、エトナのほうを見る。
すると彼女は目をしきりに瞬かせてこちらを見ていた。
「どうしたの?」
どうも様子がおかしいなと思い、問いかける。
しかしエトナは何も言わず、代わりにもう1切れステーキを食べて、ぶんぶんと首を縦に振った。その目は、喜色いっぱいに輝いている。
「美味しい?」
「!!(ぶんぶん首を縦に振る)」
「もしかして、言葉が出ないくらい美味しかった?」
「!!!!(ぶんぶんぶんぶんと首をいっぱい縦に振る)」
「そっかそっか。まだお肉あるから、おかわりもしていいからね」
「!!!!!!(きらきらいっぱいの表情で力強く一度頷く)」
「ふふっ、エトナ可愛い」
「!!…………っ(頷こうとして躊躇い、控えめに照れ笑いする)」
エトナの反応が面白くて、思わず笑ってしまう。
お腹も心も満たされるような不思議な感覚がむず痒くて心地いい。
バターを乗せたジャガイモも、苦味と食感が絶妙なブロッコリーも、普段より美味しく思える。それが単に質のいいものを買ってきたからなのか、小さな魔女と一緒だからなのかは分からない。
ただ1つ言えるのは、この家で食べてきたご飯の中で今が一番美味しいということだった。ライ麦の丸パンを半分に千切って香りを楽しみながら口に入れ、しみじみとそう思う。
エトナはステーキ以外にもバランスよく手をつけ、口にするたびに幸せそうにほっぺを緩めながら咀嚼していた。
先に食べ終えた私は、頃合いを見てエトナに言う。
「おかわり用意しようか?」
「ほ、本当にいいんですか?」
「遠慮しないの。あなたはたくさん食べて、お肉つけなきゃなんだから」
「じゃ、じゃあ、その……お願いします!」
「うん、よろしい」
私は満足げに言って、立ち上がる。
「あ、そうだ。ステーキ丼にしてあげよっか?」
「ステーキ、どん……?」
「友達に教えてもらったんだけどね、ガーリックライスを丼に敷き詰めてステーキと玉葱を載っけた感じかな。私は結構好きなんだけど」
「た、食べてみたいです!」
「じゃあ、待っててね」
台所へ向かい、冷凍のご飯をレンジで半解凍する。
普段は炒飯のアクセントに使うため常備してあるニンニクを刻み、オリーブオイルを敷いたフライパンに入れて色がつくまで加熱。それから半解凍のご飯を入れて炒め、バターと醤油を少々加える。
別のフライパンでサーロインを再びミディアムで焼いて、まな板で一口サイズに切り分ける。
器にガーリックライスを詰め、その上に切り分けたステーキを載せて。最後に生食可の玉葱を薄くスライスして散らし、ステーキソースをかければ出来上がりだ。
「我ながら完璧なのでは……?」
これまで気が向いた時に作っていたステーキ丼は安い肉を切り分けもせずにドンと載せてカッ喰らっていたので、それと比べるのもどうかと思うが、A5ランクのサーロインで作ったステーキ丼は既にお腹いっぱいの私でさえ食欲をそそられる出来栄えだった。
「エトナ、出来たよ」
「いい匂いがします……! あの、トーコさんてもしかしてコックさんなんですか?」
「あはは、それはないない。本職の人に怒られちゃうよ」
純真な瞳で見上げてくるエトナに笑い返す。
でもエトナが食べてくれるなら、料理を本腰入れて覚えるのもいい気がする。
「それでは、あの、いただきます……!」
スプーンを手にしたエトナは、肉とガーリックライスをバランスよく掬ってぱくっと口へ。その瞬間「んんっ!!」と嬉しそうに悶え、私のことをじっと見つめながら──やがて、こくっと飲み込んだ。それから、
「お、美味しいです! お肉だけで食べたときとはまた違って……すごいです!」
「喜んでもらえてよかった」
「香ばしくって、玉葱のしゃきしゃき感もよくって……わぁ……美味しい……」
とろんと微笑みながら、さらに一口。
「はぁ……しあわせです」
うっとりしながら囁くように言うエトナを見て、私の喉がごくりと鳴った。
どうしよう、エトナを見てたら私もちょっと食べたくなってきたじゃないか。
でも、あの丼でお肉ぜんぶ使っちゃったし。……適当に何か作ろうかな。
そう思って私が立ち上がろうとした瞬間、目の前にスプーンが差し出された。
そこには玉葱とお肉とガーリックライスが載っていて。
「あ、あの……トーコさんも、どうぞ……!」
ほっぺをほのかに朱に染めたエトナが、躊躇いがちに言った。
「いいの?」
「は、はい! だって、その……食べたそうに見えたので……。あっ、でも勘違いだったらごめんなさい……!」
そう言われて、私はカッと顔が熱くなる。
顔には出ないタイプだと自負していたのに、ステーキ丼への未練をこうも簡単に見破られてしまうなんて、恥ずかしい。
あるいは、他人の目を気にし過ぎている節があるエトナだからこそ気づいたのかもしれないけれど。
「……じゃあ、その。お言葉に甘えて一口いいかな」
「いいもなにも、トーコさんが作ってくださったものですから……!」
「ありがとう」
礼を言い、エトナが差し出してくれたスプーンにぱくつく。
肉汁の旨味と生玉葱の食感、そしてニンニクとバターの風味がきいたお米が口の中で溶け合う。我ながら上出来の美味しさだった。
「うん、美味しい。それじゃあ、エトナにもお返ししないとね」
「ふぇ?」
きょとんとするエトナに、私はステーキ丼をスプーンですくって差し出す。
「食べさせてくれたから、今度は私が食べさせてあげる。ほら、あーん」
「え、ええ? だ、だいじょうぶです! そんな、食べさせてもらうなんて。その一口はトーコさんが食べてください!」
「えー、私もうエトナに食べさせてもらったからお腹いっぱいなんだけどなぁ。せっかく掬っちゃったから、食べてもらえると嬉しいんだけどなー」
ニヤニヤと笑いながらわざとらしく言うと、エトナは「うぅ……」と恥らった後、はむっと私のスプーンに向かって可愛らしい口を開けてくれた。
「あ……あーん、れふ」
口を開けたまま控えめに催促してくるエトナを愛おしく感じつつ、その口にスプーンを差し入れる。エトナがはむっと口を閉じたのを見てから、スプーンを引く。
「……美味しいです。……それに、なんだかむずむずしちゃいます」
はにかむエトナを見て、私までむずむずした。
「わたしも何かお礼を……」
「それじゃあ無限ループになっちゃうじゃない」
くすっと笑って、それもいいかもなぁなんて思う。
ご飯を終えた後、私たちは湯船を張ったお風呂に二人で入った。
狭い浴槽は二人で入ると肌と肌がくっつきっぱなしだったけれど、全然窮屈さはなく、ただただ温かかった。エトナは、ご飯の時のお礼とばかりに私の肩をマッサージしてくれて、じゃあそのお返しにとばかりに彼女の細い肩や腰を優しく揉んであげた。
……無限ループのままでいいかもなぁ、と強く思った。




