第八話 シェリーという吸血鬼
少し暗い話になってしまいました。
シェリーは一見可憐な女の子であるがその実、高齢な吸血鬼である。
その口からは純白の牙が顔を見せ、その牙で彼女は数え切れないほどの生き血を啜ってきた。
彼女と対峙した者は、その笑みに魅せられる。
真紅に煌く妖艶な瞳。
その小さな口から滴る鮮血。
彼女と眼を合わせたが最後、対峙した者は理解する間も無く既に血を吸われている。
多くの生き物は、血が無ければ生きてはいけない。
故に血は、命、生そのものである。
吸血鬼にとって血とは生命力であり、力である。
吸血鬼は血を操る。それは生を操るという事。
死と生を司る吸血鬼、それがシェリーなのである。
莫大な量の血を保有する彼女は、莫大な力を有する。
莫大な量の生を有するが故に、長寿なのだ。
血を摂取しなかった場合、吸血鬼の寿命は短い。
そして摂取した年齢で身体の成長が止まる。だから、彼女の見た目は女の子のままなのだそうだ。
血を吸わなければ取るに足らない、他の種族に劣る存在なのだそうだ。だからこそシェリーは血に飢え、その渇きは治ることを知らない。
吸血鬼の身体は、時に人間の間で高く取引される。真紅の翼、真紅の瞳、真紅の髪、純白の牙。
シェリーは幼い頃、人間に命を奪われかけた。
細々と暮らしていた吸血鬼達であったが、集落を襲われ、その身体を引き裂かれ、取引の材料として扱われる。
囮になった父親も
シェリーを守った母親も
シェリーの目の前で命を落とした。
最後の生き残りとなり、母親の返り血を浴びたシェリーの口に、力が流れ込む。
彼女は絶望し、その頰に鮮血の涙が溢れる。
一族の皆、更には両親の死に直面し、絶望の淵に立たされた彼女の感情を逆撫でするように、彼女は母親の血を
『ーー美味しい』
と感じてしまったからだ。
シェリーは覚醒し、集落に血の雨を振らせる。
だが、止んだ雨の跡はそこに一つも残らなかった。
残るのは全てを飲み込んだ少女と、その悲痛な叫び声。
やがて残響と混沌の中、唯一にして最強の吸血鬼が生まれたのである。
そんな過去を背負うシェリーが人間のユイを仲間として受け入れたのは、奇跡と呼ぶ他ない。
我はその奇跡を目の当たりにし、仲良く修行に勤しむ彼女等を見て、頰が緩むばかりであった。
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「おとうさん、おかあさん。わたしね、にんげんのなかまができたのよ。
ふしぎよね、みんなをころした、にんげんがなかまになるなんて。
でもね、そのこは、ほかのにんげんとはちがうの。
わたしのことを、まものでもなく、おかねかせぎのどうぐでもなく、まっすぐになかまだといったのよ。
ごめんね、おとうさん、おかあさん。
わたし、ユイがきにいっちゃった
ゆるして、くれないよね?」
窓から差し込む蒼い月の光が、真紅色である少女を紫色に照らす。
月の光は形を変え、少女を優しく包み込み、そっと頭を撫でる。
「ありがとう、おとうさん、おかあさん」
吸血鬼とは生と死を司る存在。
彼女の中に、まだ家族は生きている。