第六話 勇者vs吸血鬼
シェリー。彼女は吸血鬼である。その見た目の割に、900年以上の時を生きる。身体的に他の種族とはかけ離れた戦闘力を有し、身体こそが彼女の武器なのだ。爪は任意で伸縮し、鋼鉄をも容易く切り裂く。故に、その手には武器を持たない、その必要すらない。その口から溢れる牙は、数えるのも馬鹿馬鹿しい程の命を啜ってきた。そして長寿故に他に類を見ない叡智を有する。
そんな彼女とユイは闘おうとしている。前述した通り、シェリーは強い。しかしユイも勇者である。実力の差を感じさせぬのだ。
ユイはこの城に初めて足を踏み入れた際の装備で、シェリーの前に対峙する。
全身白銀の細身の鎧に包まれ、虹色の光沢を生み出す。刹那、その装備は全身を漆黒に染め上げる。曰く、ユイの装備は、身につけた者の魔力を具現するのだそうだ。全ての光を吸収するユイの鎧から、反射する筈のない紫色の輝きが滲み出す。その輝きは形を変え、禍々しい様相でユイを包んだ。
かつて白銀だったであろうその剣は、漆黒に染まる。
「魔王様、見てください!少しは魔王様に近付けました!」
ユイが無邪気に此方を見て喜んでいるが、我から見ればユイの装備、本当に魔王っぽいんだよなぁ……と思う。魔王の加護、侮れん。
「余所見をしていてもいいのかしら?じゃあ、こっちから行くわよ!」
その背中に真紅の翼を広げ、シェリーは地面を蹴り上げる。その瞬間ユイの眼前に現れる。その手には爪が現れている。それを辛うじてユイが剣で受け止める。シェリーはそれを見て一度間をとり、縦横無尽に突進を繰り返す。紅い煌めきを残しながら、一撃毎に衝撃波が生まれる攻撃。ユイはそれを受け止め、いなし、躱す。
「ふぅん?ニンゲンの癖に案外やるじゃない?」
シェリーはその翼を羽ばたかせ、空中でユイを見下ろしながら少々の賞賛を送る。
「ギリギリ……ですっ!」
肩で呼吸し剣を頭上に構え、ユイの剣が振り下ろされる。その剣筋から黒色の斬撃が飛び、シェリーを襲うが、その斬撃を難なく爪で切り刻み、相殺する。
ふむ……我が想像していたより小規模な闘いだ。人類から見れば凄まじい闘いであることに違いは無いのだが、シェリーは一応様子見程度であるし、ユイは遠慮している。ここで一つスパイスを投入するとしようか。
「聞くのだ、二人とも!勝利した者には一つ、褒美をやろう。そうだな……我の出来る限りで一つ、願いを叶えてやろう!」
「何でも……!?」
「願いを……!?」
ユイとシェリーは此方を見て驚いたように口々にする。
「これは……様子見している場合じゃないわね」
シェリーは様子見をやめた様子で、全身から真紅の蒸気が吹き上がる。
「そうですね。そして、願いを叶えるのは私です!」
ユイも意気投合し、身体から漆黒のオーラが滲み出す。なんだ?本当は仲がいいのか?この二人、単純すぎる。
「こちらから、いきます!」
ユイが突撃する。その手には黒……時頼紅色のオーラを纏った剣が力強く握られている。そして、シェリーを斬り付ける。
シェリーはその斬撃を左腕で受けるが、ユイの攻撃力が勝り、鮮血が吹き出す。
「ふふふ……やるじゃない、ニンゲンのくせに」
シェリーは不敵な笑みを浮かべ、己の血を舌で舐める。ユイはシェリーの血を見て、我に返ったように焦り始める。
「あわわわ、シェ、シェリーさん……!」
その隙をついてシェリーは己の血を操り、その血でユイの身体を締め上げる。
吸血鬼の本域はその血にあり、力そのものである。少し身体から血が漏れ出した程度では命に別状は無く、また、失う事もない。量で言えばこの城を10城分沈めたところでまだ余りある程、シェリーの身体には力が蓄えられていた。
「油断したわね?私が死ぬとでも思ったの?まだまだ甘い。降参するまでその血は貴女を締め付け続けるわよ」
ユイは締め付け上げられ、その力は徐々に強くなる。しかし抵抗を見せない。
「私には、これ以上は出来ません……でも、負けたくありません」
その眼には涙を浮かべ、罪悪感を感じさせた。
「私が傷付いたから怖くなったの?血が吹き出たから?甘いわよ、負けたくないなら向かってきなさい!貴方達ニンゲンからすれば私は魔物なの。そんな魔物に情けをかけて……」
「仲間です!」
シェリーの問いかけにユイが食い気味に叫ぶ。
「魔物じゃありません、敵じゃ、ありません。仲間です」
シェリーは戸惑う。自分は魔物の中の魔物であり、それを自負していた。だが、この目の前のニンゲンは、恐れる事もなく真っ直ぐに、自分を仲間だと言う。今にも泣き出しそうな癖に、真っ直ぐに。
「貴女、変わってるわ」
そして、ユイの身体を締め付けていた血が、シェリーの左腕に還っていく。
それと同時にゼファーは空間魔法を解除する。
「ふふ、興が冷めたわ。今日のところは私の負けって事にしといてあげる。次は、手加減しないわよ」
シェリーは不敵な笑みをあげ、負けを宣告した。
「魔王様、この子の才能は認めました。それとこの子、もっと強くなりますわ」
「あぁ、我もユイの力は認めている。そしてユイ、お前の勝ちだ」
我はユイの勝利を宣言する。だが、状況を理解出来ないユイが口を開く。
「で、でもシェリーさんは……」
「シェリーでいいわ。そして敬語もやめなさい。代わりに、貴女のことを名前で呼んであげる。いいわね?ユイ」
「は、はい……いえ、わ、わかった、シェリー」
ユイは辿々しくも敬語を止め、名を呼ぶ。それを聞いて軽く微笑んだ後、我に一礼をしてシェリーとゼファーはその場を後にした。
これで一安心である。ユイはその力を示した。それには大きな意味があった。種族の違いはそう簡単に覆せるものではない。だが、ユイの歯に衣着せぬ物言い、立ち振る舞いの前では皆が認める他無かった。
「さて、ユイよ。約束通り願いを叶えてやろう」
そうだった!と言わんばかりの表情で、ユイは驚き、少々悩んだ後、恥ずかしそうに我に願いを耳打ちするのだった。
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夜中、我の布団の中にはユイがいた。我の横で眠りこけているのだ。我と添い寝する事。それがユイの願いだった。
いやユイよ。それ、いつもやっている事だよな?と、我は思ったのだがまあ良い。幸せそうな寝顔のユイを見て安心した。
シェリーが勝たなくて良かったと、本当に安心したのだった。