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最果ての地図

作者: end&

 そこには空があった。空しかなかった。

 周りは壁で覆われていて、ただ、丸いケーキに切りこみをいれたような隙間があるだけ。

 ケーキなんて、本でしか見たことがない。だけど、真っ先に浮かんだ。

 もっと他に言い方があるような、もっと的確な名称があるのかもしれないけれど、僕はそれを知らない。

 隙間からは空が見えた。青い絵の具で塗りつぶしたような青。天気はなかった。

 雲はできないから雨は降らない。気温は変わらないから雪も降らない。ただ時の流れがあるだけ。

 徐々に空が赤く染まっていくと、やがて暗くなり、星々が瞬き始める。

 星はいつも同じ位置にいるようで、でも少し移動しているような気もする。

 そうだ、太陽も見たことはない。太陽が昇れば空は明るくなり、太陽が沈めば地上は闇に包まれる。

 逆に、役目を交代するかのように月という名の衛星が夜空に昇るらしいのだが、それも見たことがない。 そう、ここにあるのは、ここから見えるのは空だけ。

 彼は言った、ここは最果ての天文台だと




「サイハテ?」

「最果て。もっとも果て、と書いて最果て。端っこってこと」

「ここは最果てって国なの?」

「国じゃないよ。昔はどこかの国に属していたのかもしれない。だけど、今はここしか残っていないんだ。世界はこの天文台だけ残して終わってしまったんだ」

「終わった?」

「なくなってしまったんだよ。ここだけ残して。ここが今の世界のすべてってこと」

「世界ってそんなにも小さいの?」

「ここを小さい――狭いととらえるか、広いととらえるかは人それぞれだけどさ。まあ、ここには僕らしかいないから、僕らが小さいと感じるなら、世界は小さいんだろうね。だけど、昔の世界は広かった。歩いたら、端から端まで歩くのに何日も何日も、それこそ何年かけてもすべて歩きつくせないくらい広かったみたいだよ」

「どうしてそんなこと知ってるの?」

「ここの下の部屋にある本に書かれてた」

「君、文字が読めたんだね」

「読もうと思えば読めるよ。君だって、読み方を忘れているだけで、見ていれば思い出せるかもしれないよ。文字を」

「僕はいいよ」



 空はそろそろ夜空に変わりそうな色になっている。



 外の世界がどうなっているのかはわからない。そして、どうして僕はここにいるのかわからない。

 気づいたらここにいた。

 自我が目を覚ました時、記憶喪失という言葉が頭に浮かんだ。目覚める以前の僕を覚えていない。

 だけど、ここにいることが当たり前なんだと頭の中の、ありきたりな表現だけれども、もう一人の自分が言う。

 ――ありきたりな表現? 

 いつのまにこんな言葉を覚えたんだろう? 

 まあ、どうでもいいか。僕はずっとここにいた、そう思うことにした。

 あまり深く考える気もなかった。

 ここはかつての天文台。

 昔は大きな望遠鏡が置かれていたはずのドームだと想像はついたけれども、望遠鏡は見当たらない。

 ただ、床に固定していたであろうネジ穴だけが残っていた。

 規則的にうがたれた穴。

 僕はそれをネジ穴だとわかったけれども、彼はネジというものを知らなかった。

 物をつなぎとめるためのパーツだと教えたら、ここに繋ぎ止められていたものはなんだったのかと聞かれた。

 僕は望遠鏡と答えた。天井に開いた隙間から宇宙を見上げるための大きな望遠鏡。

 それで過去の星の光を見ていたんだと、下の資料室で本のページをめくりながら説明した。

 僕らが見ている星の光はすべて過去のもの。

 赤く光っている星は今はもうない星の瞬き。青白く光っている星はまだまだ若い星。

 でもとても遠くにあって、僕らでは近づくことのできない星。

 彼は僕に聞いたのか、独り言だったのか、こうつぶやいた。

 『望遠鏡とは過去を見るための道具なの?』

 過去を見るためじゃない。

 人は夜空に満天に輝く星々に夢を見た。見ていたのは過去ではなく夢。

 いつかは宇宙へ行く未来を見ていた。でも今は、宇宙へ飛び立つためのロケットも、発射台も何もない。 世界はここしか存在していない。過去も未来もここにはない。ただ、今があるだけ」




「外って、どうなっているのかな?」

「何もないんじゃないかな。陸地はここだけしかなくて、周りは全部海とか」

「それじゃあ、ここだけ残して世界がなくなったっていわないんじゃないかな? 海だって世界の一部だよね」

「うーん、じゃあ、天文台の外は何もない」

「何もないってどんなかんじ?」

「真っ暗か、真っ白か。外の世界を見れたとしても、僕らじゃ理解できないんじゃないかな?」

「理解できない?」

「何もないってことを知らないから、理解できないんだよ。たとえば、君は文字が読めないだろ。だから、外を見たとしても文字を見た時のように理解できない。わからない。僕の場合は数式を見るようなものか」

「理解できないなら、外を見ても面白くないね」

「そうだね」

「だけど、本当に世界はここ以外にないのかな? 本当は外に世界は広がっているんじゃないかな?」

「だとしたら、僕らはどうしてこんな場所に二人きりでいるんだろうね? 出入り口、探したけど結局見つからなかったじゃないか」

「ここから出られないってだけで、本当は勘違いしてるんじゃないかな? だって、空はあるんだよ」

「空はあるけれど、太陽も月もない。朝と昼と星があるだけ。もしかしたら作り物かもしれないよ」

「作り物?」

「この建物も作り物だよ。誰かが作ったもの」

「空もがんばれば作れる?」

「うーん、作れるのかなあ? わかんない」

「君でもわからないことがあるんだね」

「わからないことだらけだよ。ただ、わからないっていうことを知ってる。知らないってことを知ってる」

「……なにそれ?」

「君は文字を読めないってどうしてわかった?」

「えーっと、そういえば君が言ったんだ。文字が読めないんだねって」

「僕がいなかったら、君は文字が読めないということを知らなかった。文字も文字であるということがわからなかった。僕も一緒だよ。君がいるから、わからないことがあるって理解できたんだ」




 誰かがいるからわからないがわかる。不思議な話だ。

 誰かがいるならその誰かが答えを教えてくれる――って、なんで僕はそんなこと知ってるんだろう? 

 やっぱり、僕らは記憶喪失なのかな? 

 彼が言っていたんだ。僕らは一度記憶喪失になって、知っていたことのほとんどを忘れてしまった。

 今あるのは消えなかった記憶。まるでこの天文台みたいだ。

 世界にたった一つだけ残った最果ての天文台。

 だけど僕らは二人だ。

 けど、僕一人だけだったら? 

 彼がここに一人だけだったら? 

 僕は僕を理解することができたかな? 

 彼は彼を理解することができたかな? 

 彼がいて、僕がいる。

 僕がいて、君がいる。

 二人だけ残ったから、僕は今でも生きているんだ、きっと




「ないなら作ればいいと思うんだ」

「何を?」

「世界に決まってるじゃないか。下でこんな大きな紙を見つけたんだ」

「何も描かれてないね」

「そう、この世界と同じ。だけど描くための紙はある。ペンとインクもあったよ」

「紙とペンとインクがあれば、世界が作れるの?」

「正しくは地図かな。世界を小さくして描き写したものだよ」

「それで世界を作ったことになるの?」

「なるさ。僕らはここから出ることができないから、外がどうなってるなんてるかなんて知ることはできない。でも考えることができる。想像することはできる。二人で考えよう」

「だけど、僕は君ほどいろんなことを知ってるわけじゃないし、文字もわからないよ?」

「だったら記号を作ろう。いつか誰かがここにくるかもしれないから、ちゃんとわかるように説明も入れよう。まずこの天文台を描こう」

「真ん中に描いていいの? ここは最果てなんだろ? 君が端っこって言ってたじゃないか」

「そうだけど、もしかしたら端っこじゃないかもしれないだろ。いいんだよ。これから二人で世界を作るんだから、ここがその中心。ここから、世界を始めるんだ」


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