少年の幻想
人と話せなくなったのは、いつからだろうか。少年は話せなくなってから感情を失った。楽しいも辛いもわからない。生きている心地のしない日々が続いた。
ある日少年のもとに現れたのは、一人の少女だった。長いまつげに縁どられた眼は不思議と吸い込まれそうで、恐怖さえあった。それが恋だと気づいたのは、数年後のことである。
「こんにちは。」少女は言った。
僕は軽い会釈をする。すると少女は笑った。さらさらの髪が風に吹かれ、ふわりと春の香りがした。そうか、もう春だったか。ずいぶん長い間季節のことなんて考えたことなかったのに。この感覚は久々のものだった。その後も彼女は僕の隣にいた。会話をするわけでもなく、ただただ隣にいるだけ。この子は何がしたいのだろう。不思議に思ったが、居心地は悪くなかった。すると彼女はどこからか花の冠を取り出し、僕の頭に乗せてきた。白を基調とした赤や青、紫色の花々が頭の上に咲いていた。
「春が運んできたのよ。」彼女はそう言うが、僕にとっては彼女が春そのもののような気がする。彼女は笑うだけで一面花畑になるような、そんな不思議な力を持っていた。僕はそれを見るたび、ぽかぽかと温かくなる感覚を覚えた。得体のしれない感覚は僕の身体を支配していく。すると突然、先ほどまで温かかった身体はドクドクと心臓が波打ち、息も苦しくなってきた。僕はこのまま死ぬのだろうか。名も知れぬ彼女の笑顔に殺されるのか。
「今まで寂しかったね。もう一人じゃないよ。」
そういって過呼吸気味の僕を優しく包んだ。
僕が寂しい?寂しいなんて思ったこともないし、そもそもそんな感情わからない。わかんない。
「もう大丈夫」
何を言っているんだこの子は。ぐちゃぐちゃと僕の内側が乱れていく。怖く苦しい。
「え・・・」
気が付くと僕は泣いていた。
「我慢しないでいいんだよ、いっぱい泣きな」
その声を聴いた瞬間、大粒の涙がぼろぼろと溢れ出し、止まらなくなっていた。隣にいたのは、鏡に映った僕の姿だった。
少年はずっと寂しかった。周りと違うことでいじめられ、頼れる人もそばにいてくれる人もいなかった。人と話さず、感情を押し殺すことは自分を守る唯一の手段である。それとともに自殺行為でもあることを知っていた。知っていた上で実行したのだ。少年は自分で自分を殺し、自分に救われたのだった。
春が来ると彼女を思い出す。あの時の感情は恋だったのだと。