7 精霊たちの決断
『俺はツァル。この街にいる精霊は、これだけか?』
『はい、そうですわ。つい先ほど、仲間がひとりこの世界を去ることになりましたけれど』
サリアが逃がした精霊のことだろう。
この街の精霊たちはみな、幻の城壁の中でひっそりと身を寄せ合っているらしい。
『これからどうするつもりなんだ? ここに留まっていても、人間に怯える日々が続くだけだろう?』
ツァルの口調が心なしかいつもよりも大人しい。
こんな喋り方もできたのか、と感心する。
テュッポという名の精霊は、ふわふわと空を漂っている。
何か、考えているのかもしれない。
『私たちはこの街がとても好きでした。だからこそ今も大精霊の世界に戻れずにいるのです。けれど私たちにはなにもできません……』
大精霊の世界はかつてこの世界を創造した大精霊シュテフォーラの棲む世界だ。
そこがどんな場所なのか俺は知らないけれど、少なくとも今のこの世界よりはましなのだろう。
『まだこの世界を見捨てる気がないのなら、ペリュシェスに向かってほしい。契約に縛られているわけじゃないんだろう? この世界に残っている精霊をそこに集めているんだ』
『ペリュシェス……ですか』
『ああ。これを伝えるのが、俺の用だ』
「これから精霊の集う都市をまわって、契約していない自由精霊たちに声をかけるつもりなの」
『サリアも一緒に行くのですか?』
テュッポが驚いたように、くるくると数回素早く回転した。
「そう、わたしも。だから、そこで会いましょう。どう? パル、ドールン、ジェンナ、あなたたちも、ペリュシェスへ行かない? たぶん、近いうちにここはドルグワたちに見つかってしまう。そうなる前に移動したほうがいいわ」
サリアが暗闇に向かって声を投げかける。
降り注ぐ月光を弾いているかのように、その部分だけ闇が濃い。
けれどそこには確かに精霊の気配がある。
テュッポが闇に近付き、ふわふわと漂いながら残りの精霊たちと相談しているようだ。
『さあて、行くか』
「返答を聞かなくてもいいの?」
『強制じゃないし、どんな答えを出そうとそいつの自由だ。俺はただ伝えられればそれでいい』
ツァルが俺の視界を横切る。
「そっか。じゃあね、テュッポ、パル、ドールン、ジェンナ」
サリアが精霊たちに向かって手を振る。
また明日、とでも続きそうなくらいあっさりとした挨拶だった。
『サリア』
名前を呼ばれ、踵を返そうとしていたサリアが動きを止める。
「何?」
『ペリュシェスで会いましょう』
テュッポの言葉に、サリアが笑顔を浮かべる。
「うん。ペリュシェスで!」
くるりとテュッポが回転する。
精霊たちの「ペリュシェスで」という声が微かに届く。
「それじゃ、また」
『ありがとな』
テュッポたちに対して頭を下げる俺の目の中で、ツァルが偉そうに言った。
荷物も金もない。
外套と襟巻きだけを身にまとい、俺はエスーハの街をあとにする。
来たときと違うのは、隣に小さな女の子がいることだけ。
城壁の隙間から街の外に出たおかげか、尾行者の気配はない。
小高い丘の上で街を振り返ったら、月光の下に佇む巨大水車の姿が見えた。
俺たちは水車に見送られながら、エスーハをあとにした。




