16 決意を新たにする夜
『よかろう。ではクルストラとやら、そなたの瞳をいただこう。赤と青緑とは、なかなかに美しい。そしてサリアーシャ、そなたからはその髪を』
「お望みなら」
『よい心がけじゃ。それでは、世界を支えるための礎を与えようぞ。ほら、早う手を出さんか』
つないだままだった手を慌てて放す。
俺が両手を揃えて前に差し出すと『ひとりでは持ちきれぬわ』とシュテフォーラが言うので、サリアも手を前に伸ばした。
何もなかった中空に、突然小さな金色の光の塊が現れた。
それが渦を巻くようにしてどんどんと膨らんでゆく。
「これは?」
『世界を支える樹となろう。これを地に埋めれば、やがて根を張り芽を出すはずじゃ。この樹の根は強い。世界を支えるだけの力は充分に持っておる。ただし枯らそうものなら、その時こそこの世界は終焉を迎える。よいな?』
「はい、ありがとうございます!」
光の塊は、俺とサリアが両手を広げたくらいの大きさで成長を止めた。
そっと腕の中に落ちてくる塊をふたりで受け止める。
『では契約成立じゃな。よいか、樹が枯れたらそれまでぞ。我はもう二度とこの世界には関わらぬからな。ではな』
言い捨てると、黄金の一角獣がくるりと向きを変えた。
「あ、シュテフォーラ様!」
慌てて呼び止める。
『なんじゃ。まだ何か頼みがあると申すのか?』
「いえ、あの、代償がまだ……」
首だけでこちらを振り返ったシュテフォーラが、はん、と鼻で笑った。
俺とサリアはどうすればいいのかわからず、顔を見合わせる。
『いずれ取りに参ろうぞ。じゃが最近どうも忘れっぽいからの。思い出さねば、まあそれまでと諦めるしかないじゃろうな。まあ、その場合でも種を取り返そうなどとせこい真似はせぬから安心せい。ではな』
それはもしかして、代償がないのと同じことじゃないのか?
俺がそんなことを考えているうちに、シュテフォーラは再度前を向き、走り出そうと前脚を上げた。
「シュテフォーラ様!」
サリアがそんなシュテフォーラの名を呼ぶ。
『ええい、今度はなんなのじゃ!』
「ありがとうございます! でも、ここはシュテフォーラ様の世界なんだから、もう二度と関わらないなんておっしゃらずに、いつでも遊びに来て下さいね!」
サリアが笑顔でシュテフォーラに言う。
シュテフォーラの動きがぴたりと止まった。
『え……あ、おお。そ、そうか。遊びに、か……』
「はい、お待ちしてます!」
『我を待っておるのか』
「はい!」
「私たちも、お待ちしております」
俺も続けて声をかけると、シュテフォーラの、牛に似た尾がぐいと持ち上がった。
『おお、なんと、そうか。あいわかった。考えておこうぞ。うむ、考えておこう。ではな』
短い言葉を残し、黄金の一角獣は今度こそ空を駆け出した。
去って行くシュテフォーラの尾が、嬉しそうに揺れている。
そんな風に見えるのは、俺の気のせいだろうか。
やがてシュテフォーラは空の裂け目へと姿を消した。
まばゆい光を降らせていた裂け目が閉じると、あとには日没後の暗い闇だけが残る。
「なんだか可愛い精霊だったね」
『サリア様、なんと恐れ多いことを』
アスィが諫める。
「いや、でも俺もなんとなくサリアがそう思う気持ちがわかる」
「でしょ? きっと寂しがりやなんだよ」
自ら世界を創り、人間と精霊とで楽しく過ごしていた。
しかしいつしか省みられることのなくなったシュテフォーラ。
彼女は寂しかったんじゃないだろうか。
そして人間に絶望するのが嫌で、逃げ出したのではないだろうか。
だって、俺たちが呼んだら来てくれたじゃないか。
「あっ!」
突然サリアが声を上げる。
「なに?」
「月が出てる」
サリアの視線の先を追うと、確かに丸い月がぽっかりと空に浮いていた。
さっきまでのまばゆい光に慣れてしまった目には暗く感じるけれど、月の光は優しくて気持ちが落ち着く。
サリアの髪の上で、光が弾けている。
『素敵じゃないの。世界崩壊を食い止められた夜に相応しい月だわ』
『そういえば随分と時間が経ってしまいましたが、下はどうなっているのでしょうね?』
ふいに発されたアスィの一言で、一気に現実に引き戻される。
「すっかり忘れてた。まだ問題が残ってたな」
「でも、世界を守れたんだもの。きっとその問題もなんとか解決できるよ」
サリアが言うので、本当にそんな気がしてきた。
そう、なんとかできる。
俺たちの手で、なんとかするんだ。
決意を新たにした夜、白金色の月の光が、優しく世界を包み込んでいた。




