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11 世界の守護者ヴァルヴェリアス

 ――静かだった。


 瞬きをして、周囲を確認する。


 そこは腰の高さほどの壁に囲まれた、円形の屋上だった。

 頭上には空が広がり、後ろには俺たちが上ってきた階段があるだけだ。


 強風が吹き抜けてゆく。

 なんの変哲もない場所だった。


 どうすればいいんだ、とツァルに訊こうとしたその時、ツァルの姿が俺の視界を横切った。 


『着いた……』


 声が微かに震えている。

 ツァルの強い感情が伝わってくる。

 それはようやくここまで来たという、達成感にも似た思い。


『本当にやるのですね?』

『やる。ぎりぎりまで待ったんだ。もう、起こしてもいいはずだろう? これ以上待っていたら、手遅れになる』

「なんの話だ?」


 ツァルとアスィの話が全く見えない。


『守護者の話だ』 

『貴方ほどの精霊が、全く能力を使えなくなるほどの何か。そのような無様な姿になってまで、人間と一緒にいる理由とはなんなのか』


『無様ってのは言いすぎだ』

『それで、クルストラ様は大丈夫なのですか?』


『大丈夫。俺の羽を残していく』

『わかりました。サリア様、クルストラ様から離れてください』


「よくわからないけど、大丈夫なの?」

『大丈夫だ』


 サリアの問いに、ツァルが断言する。


「ちょっと待て、何が大丈夫なんだ。きちんと説明しろ」

『ヴァルヴェリアスを目覚めさせる』


「どうやって」

『おまえの目をくり抜いて』


「っ……!!」

『てのは冗談だ』


「悪い冗談だな、おい」

『なに、ちょっと目を閉じて立っていればいい。簡単だろ』


「本当だな?」


 念を押しながらも、まあ、世界のためなら目のひとつくらい安いものだけどなと思う。

 そのくらいの覚悟なら、とっくにできている。


『ああ』


 俺と向かい合ったまま、サリアがゆっくりと後退する。

 ぎりぎりまで下がるのを見届けてから、俺は目を閉じた。


 耳に風の音だけが届く。

 ゆっくりと深呼吸をした。


 きれいな空気が肺を満たす。


 その時、突然左目が膨れ上がるのを感じた。

 眼球が破裂しそうなほどに膨らんでいるような気がして、思わず左瞼を押さえた。

 けれどそこにはなんの異常もない。


 そして気付く。

 膨らんだのは、眼球の中にいるツァルの気配だった。


『ヴァルヴェリアス』   


 膨れ上がるツァルの気配に圧倒されながらも、ツァルの声が頭の中に響くのを感じていた。


『ヴァルヴェリアス』


 繰り返し呼びかける声。

 応えはない。

 けれどツァルは幾度も呼びかける。


「ヴァルヴェリアス」


 思わず、俺も一緒に呼びかけた。

 その時――。


 右目が破裂するほどの衝撃を受けた。


「うわあぁぁぁぁ!」


 思わず声を上げる。


『大丈夫だ、クルス。驚かせてすまない』


 耳に届いた、低く深く響く声に、俺は声を上げるのも忘れて動きを止めた。


「ヴァ……」

『ヴァルヴェリアス様』


 ツァルが微かに震える声で呼びかける。


 そうだ。

 俺はこの声を知っている。


 脳裏に浮かぶのは、世界の守護者ヴァルヴェリアスの姿。


 じゃあ、この右目の衝撃は……。


『クルストラ、目を開いてくれ』

「ヴァルヴェリアス?」

『ああそうだ。心配しなくてもいい。ゆっくりと、目を開くんだ』


 その声は、間違いなくヴァルヴェリアスだった。

 俺は自分の中に、確かにその気配を感じていた。


「いったい、いつの間に俺の目の中に?」

『三年前に。さあ、クルストラ』


 ヴァルヴェリアスに促され、俺は恐る恐る瞼を開く。

 正面に立つサリアの顔に驚愕の表情が浮かんでいるのがわかった。


「サリア?」

「目の……瞳の色が変わってる。ツァルのいるほうが赤、もう片方が青緑色に」


『その双眸に精霊を宿した状態です。世界の五大精霊のうち二精霊を受け入れられるほどの器の持ち主は稀少』


 アスィの落ち着いた声が聞こえる。


『クルストラ、しっかり立っていろよ』


 ヴァルヴェリアスが言った、次の瞬間。

 俺の両眼から、これまでせき止められていたものが怒涛のごとく噴出した。


「あ、あ……」


 声が漏れる。

 体中から力の全てが流れ出すような感覚。


 目には何も映らない。

 紫の濁流に眼球を洗われる。


 痛くはない。

 ただあまりにも激しいその勢いに、呑み込まれないようにと足に力を入れ、目を見開く。



 その時、押し寄せてくる足音と、金属のぶつかり合う音が耳元で聞こえた。


 「任せろ」と言った兄上の声と俺を安心させるための笑顔。

 血の海に倒れる姉上とレシュネ。

 「行け」と叫ぶ父上の声。


 ――ああ、これは忌まわしいあの夜の記憶だ。


 紫色の濁流と共に、俺の記憶が溢れ出していた。

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