8 神殿前での思いがけない再会
『ちゃんと着地しろよ』
わかってる! と心の中で応える。
このまま落ちれば、自分は着地できる。
俺は空中で相手の腕を離した。
頭を下にしていた射手は、着地の前に上手く体を回転させていた。
着地はほぼ同時。動き出すのは、俺のほうが少しばかり早かった。
着地したばかりの射手は、すぐには動けない。
回し蹴りが決まる。
射手は柱に頭をぶつけて、意識を失った。
『危なかったな』
「この程度の高さなら、平気だ」
『みたいだな』
「クルスッ!」
サリアが黒光りする剣で敵を薙ぎ倒しながらこちらに駆け寄ってくる。
「俺は大丈夫だ、サリア」
「よ、よかったぁ。心臓が止まるかと思った……」
『無茶は感心しませんね』
「悪い」
素直に謝っておく。
『ま、無茶したってきっと死にはしないけどな。これから塔を上るのに怪我をされたら面倒だ』
「は?」
「え?」
ツァルがぼそりと呟いた言葉に、俺とサリアは同時に疑問符を投げかけた。
『後ろです』
キィンという音がすぐ近くで聞こえた。
アスィの声に即座に反応したサリアが、斬りかかってきた敵の剣をはね飛ばした音だ。
丸腰になった相手の顎に俺が掌底を打ち込む。
ふっ飛んだ男は脳震盪を起こしているのかすぐには動かない。
「なんだって?」
『お偉いさんのお出ましだ。あれが都市長のザルグムだ』
ツァルは俺の問いに答えない。
「ザルグム!?」
神殿へと続く大廊下の先、石階段の上に豪華な椅子を置かせ、そこに腰を下ろす男の姿があった。
傍にはドッツェが控えている。
周囲をヴァヴァロナ兵に守られ、随分と仰々しいお出ましだ。
ギリッと奥歯が鳴った。
父上を、母上を、兄上を、姉上を、妹を、そして親しかった者たちを殺された恨みが体の奥底から湧き上がる。
腸が煮えくり返るほどの怒り。
こいつが俺の敵。
俺の仇。
握る拳に力が入る。
掌に爪が食い込む。
その時、柔らかいものがそっと俺の手に触れた。
サリアの手だ。
「クルス、辛いだろうけど、今は精霊の塔に行くことだけを考えよう。世界を救わないと、ヴァヴァロナも救えないよ」
サリアの手が、俺の拳をそっと包む。
その優しさに、拳から力が抜ける。
俺は静かに、ゆっくりと深呼吸をした。
そうだ。
サリアの言うとおりだ。
「ああ、そうだな。もう、大丈夫だ。ありがとう、サリア」
サリアが首を小さく横に振る。
ついさっきまで戦っていた連中が、ザルグムを守るように後方に下がる。
俺たちとザルグムとの間に、障害物は何もない。
距離をあけて対峙する。
「そろそろ観念したらどうだ?」
唇を歪めた醜い笑みを浮かべていたザルグムが口を開く。
「断る」/
ザルグムの後ろにはかろうじて建物の形を保っている神殿と、今尚傾くことすらなくそこに存在している精霊の塔が見える。
俺はあそこに行く。
今こいつに捕らわれるわけにはいかない。
「おまえはもう死んだはずの人間なのだ。なのにまだ王に未練があるのか? それなのに私が作り上げた新生ヴァヴァロナを奪おうというのか!」
「違う。俺は王になりたいなんて思ってない。未練があるのはおまえのほうだろう、ザルグム。今のヴァヴァロナの状況は、王家が滅びる前よりも更に悪化しているんじゃないのか? 死病の流行はどうなっている? この間の大地震の被害の対策はどうした? 民の救出作業はどうなっている? 俺なんかを追っている場合じゃないだろう!」
「おまえをが死ぬのを見届ければすぐにでも戻るわ。民を思うのなら抵抗をやめるのだ!」
『こいつ、駄目だな。己の欲に目がくらみ、大切なことが見えなくなってやがる』
ツァルの冷え切った声が脳内に響く。
かつてヴァルヴェリアスと、ツァル、それにヴァヴァロナ王家が力を合わせて守ってきた。
今、あのころよりも良い都市になっているのであればまだ救いはあるかもしれない。
民を真剣に想う者が頭にいるのであれば、希望ももてるだろう。
――けれどこれでは駄目だ。
「ここはお任せ下さい。三年前、我々はお役に立てなかった。もうあのときのような思いはしたくないのです」
トルダが腰に佩いた剣を抜く。
既に一本握っている。
二刀流。
けれどこれまでの戦闘による疲労があるはずだ。
親衛隊士の中に重傷を負った者はいないようだけれど、トルダを合わせて元親衛隊は六人。
ザルグムを守る兵の数はおよそ五十。
俺はともかく、サリアが抜けるのは痛いはずだ。
「心配は無用だよ。僕はね、借りは必ず返すことにしているんだ」
ふいに投げこまれた声の主に、その場にいる者の視線が集中する。
いつの間に現れたのか、一際高い瓦礫の山の上にマーサンが立っていた。
その肩には青く美しい鳥が一羽とまっている。
そして隣には大きな獅子の姿。
「マーサン!?」
『ポーチェと、ジンヌか』
そしてこちらに駆け寄ってくる人影か幾つか見える。
「トルダさま!!」
「おまえたち!」
後続の親衛隊士たちだった。
「ついでに連れてきてあげたよ。あ、それから、精霊とはちゃんと契約を解消したからね。このふたりは残ってくれたから再契約したんだ。誤解しないでよね」
「わかってる」
即答した俺に、マーサンはにやっと笑ってみせた。
「じゃあいいんだ。ほら、用があるならさっさと済ませてきたらどう?」
マーサンが腕を上げた。
まっすぐに精霊の塔を指す。
と、獅子の姿をしたジンヌが飛ぶように瓦礫の山を駆け下り始めた。
大廊下に下り立ったジンヌは、ちらりと俺の顔をみやると、一直線に神殿へ向けて駆け出した。
あとに続けということらしい。
正面から獅子と向かい合うことになったザルグムが慌てて逃げ出し、そこに道が開けた。
ドッツェも我先にと駆け出しているので、指示を出すどころではない。
「入り口までお供します」
トルダが剣を両手に獅子を追って走り出す。
「行こう、クルス!」
「ああ」
俺たちもトルダのあとに続く。
親衛隊士が俺とカリアを守るように併走を始める。
濃紺の軍服を着込んだヴァヴァロナ兵はザルグムを助けるべきか、俺たちを追うべきか迷っているようだった。
先頭を走る獅子が、ヴァヴァロナ兵を蹴散らす。
その後ろを俺たちが駆け抜ける。
と、突然、風のようにひとつの影が俺たちの前に立ち塞がった。
「あんたはっ!」
列車の中で戦った男だった。
その中でも一番手強かった奴だ。
「行かせるわけにはいかん!」
「ひとりで何ができる!」
二本の剣を構えたトルダが前に出る。
次の瞬間、男はトルダに斬りかかっていた。
火花が散る。
「今のうちに、早くっ!」
トルダが男の相手をしながら叫ぶ。
立ち止まっていてはいけない。
「どうか無事で!」
「承知っ!」
短いけれど力強い返事を聞き、俺たちは走り出した。
神殿が、すぐそこで俺たちを待っている。




