1 震える大地
「昼間にわたしたちを追っていたのは、親衛隊の人たちだったのよ」
向かいの席に座ったサリアが、あまりにも簡潔に言った。
「私は精霊を見ることができるという旅人の話を耳にして、その者を探していたのですよ。既に退役していたので、時間だけはたっぷりとありますからな。絶えたと言われているヴァヴァロナ王室の血を引く者が、どこかで生きているのではないかという希望を抱いておったのです」
「そう……だったんですか」
サリアに続けて、トルダが説明をする。
「列車の中では、お傍におりながらお助けできず、申し訳ありませんでした。あのあと、隣の席のご夫人が卒倒されましてな。放ってもおけず、かといって隊を三つに分けて行動していたため人手が足りず、なんとも歯がゆい思いをいたしました」
「謝る必要はない。あのときの俺は王子だという記憶もなかったし、自分でも何が起こっているのかさっぱりわかってなかったんだから。わかっていたのはツァルくらいのもんだ」
『ああ、俺が悪かったさ』
ツァルが投げやりに言って、わざとらしく嘆息する。
俺たちはアラカステルを発ち、ペリュシェスに向かっていた。
世界の中心へと向かうこの道には鉄道などは走っていなけれど、トルダがどこからか馬車を入手していて、俺とサリアは有無を言わさず馬車の中に押し込められた。
今、トルダは馬を馬車の横に並べて走らせながら会話をしている。
他の隊士たちもそれぞれ騎乗している。
馬車を使えば、数日でペリュー山脈の麓に着く。
そこから先へは、馬では入れないので徒歩になる。
世界の中心をぐるりと囲むペリュー山脈を越えれば、その中に広がるのは精霊幻都市ペリュシェスだ。
「で、サリアは俺と別れたあと、どこで何をしてたんだ?」
「ひとまずアラカステルの南にあるキュチェ鉄橋の下に隠れて、それからのことを話し合ってたのよ。人の足音が近寄ってきたからメ・ルトロの連中かと思って気配をひそめていたら、突然声をかけられて……。やるしかないか、と思って立ち上がったら、トルダさんだったの。どうやらわたしとアスィの会話が聞こえていたらしくて、それでクルスの救出ならぜひ一緒にと言ってくれたのよ」
「そういえば、トルダは精霊を感じることができるんだよな」
「もちろんです。ヴァヴァロナの近衛兵だったのですからな。あの城では、精霊を感じることが出来ぬ者は働けますまい」
確かに、城内には精霊の働き手が多かった。
意思の疎通が図れなければ仕事に支障をきたすことになる。
「じゃあ、列車の中での俺とツァルの会話も聞こえていたのか?」
「ほとんど聞こえませんでしたな。ただ、精霊がいるのだろうということくらいはわかりました。アラカステルに着く前に事情をお話しようと思っていたのですが、まさかあんなことになるとは思ってもみず……。いや、もっと早めに打ち明けておくべきでしたな」
はっはっ、と馬に跨ったトルダが笑う。
と、突然馬車の揺れが大きくなった。
「止まれ!」
即座にトルダが指示を出す。
馬車が止まったにも関わらず、揺れは続いていた。
馬車がぎしぎしと音をたてて軋む。
「また地震!?」
「大きいな」
幸い、今俺たちがいる場所は平原で、崩れてくるような物は近くにないはずだ。
けれど、足もとが大きく揺れるというのは、どうしても不安をかきたてられる。
『長いですね』
『ああ、これは都市部じゃあかなりの被害が出るぞ』
アスィとツァルも少々心配そうに言葉を交わす。
トルダが興奮する馬を落ち着かせようと手綱を操っているのがわかる。
御車台に座る元近衛兵も、馬を宥めようとしているようだ。
揺れはまだ続いている。
その時、バリバリという大きな音が聞こえた。
地面の揺れが激しくなる。
「馬車から降りて下さいっ!」
トルダの声が聞こえた。
危険を察知した俺たちは、馬車の扉を蹴り開け、即座に外に飛び出す。
『後ろだ!』
『早くここから離れろ! 前に向かって走れ!』
地面が、割けていた。
俺はサリアの手を掴み、ツァルの指示に従って走り出した。
なんとか馬を御したトルダが、逃げ遅れた隊士を拾うと、遅れて俺たちを追ってくる。
近くにいた近衛兵が、馬上から手を伸ばしてくれたので、サリアを任せた。
興奮した馬を御せなかった者たちは、馬を捨てて走っている。
揺れる地面の上を走るのは、走りにくい上に気持ちが悪かった。
『もう大丈夫だ』
ツァルの声に、足を止める。
いつしか揺れはおさまっていた。
ツァルの声が聞こえた近衛兵たちも、それぞれ走るのをやめて振り返った。
そこには、ついさっきまであったはずの馬車の姿がなかった。
「地割れ……」
馬上のサリアが擦れた声で呟くのが聞こえた。




