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4 精霊の目的と想い

「開けてー」


 扉の外でサリアの声がする。

 両手がふさがっていて開けられないのだろう。


 扉を開けるとパン粥の入った木皿と水の入った容器を持ったサリアが立っていた。

 美味そうな匂いが鼻に届く。

 腹が豪快な音をたてた。


 サリアが目を丸くし、続けて吹き出した。


「あまりお腹の足しにならないかもしれないけど」


 サリアが両手に持っているのは、パンをミルクで煮込んだものだった。

 何日も固形物を食っていない俺の腹には、消化しやすいもののほうがいい。


 話していないのに、わかったのか?


「いや、助かる」

「よかった。温かいうちに食べてね」


 サリアが部屋の壁沿いに置かれている机の上に水を置き、粥を俺に向かって差し出す。


 湯気をたてているパン粥は、とても美味しかった。

 熱が体の隅々までゆき渡る。


 あっという間に、皿は空になった。


「ごめんなさい、おかわりはないの」


 ベッドの端に腰かけたサリアが、申し訳なさそうに言う。


「ああ、いや。これで充分だから」

「嘘ばっかり」


 サリアに指摘されて、俺は苦笑いを浮かべた。


「それにしても、これから大丈夫なのか?」


 さっきの一件のせいで、サリアはやつらに目をつけられただろう。

 今度見つかったら、仕返しに何をされるかわからない。


「長居するなら大丈夫じゃないかも」


 サリアが何かを考えながら呟くように言う。


「この街の人間じゃないのか?」


「住んでるのは、ずっと南の小さな村だよ。エスーハには買い出しのためによく来るの。ここは知り合いの家なんだけど、持ち主はほとんど家に帰って来ないから、わたしが買い出しにきたときには自由に使っていいよ、って言ってくれるんだ」


 どうりで布団が少し埃っぽかったわけだ。


「じゃあ、近いうちにその村に戻るんだな」

「んー……」


 サリアは難しい顔をして何かを考えているようだ。

 俺はそんな様子を眺めながら返事を待つ。


『そんなことよりも、精霊の話をしろよ』


 ツァルの声が聞こえる。

 と同時にサリアが顔を上げた。


 目が合う。

 いや、違う。


 サリアの目は、俺の左目の更に奥を見ている。


「精霊たちの何を知りたいの?」


 サリアはにっこりと笑って訊いた。

 やはり、ツァルの声が聞こえているし、その姿が見えてもいるようだ。


「ここの精霊が今どうしているか知ってるか? 俺たちは精霊の集う都市ヘルル・ド・シュテフスをまわって、残っている精霊たちにペリュシェスに行かないか、と声をかけているんだ」


「ペリュシェス……世界の中心の?」

「そうだ。世界の始まりの地にしてかつて幾万もの精霊たちが存在した幻の都市」


「でも、今はただ遺跡があるだけだって聞いたわ」


「このままでは世界から精霊たちが消え去る。そうなったら、精霊によって作り出されたこの世界はいよいよおしまいだ。だから精霊たちをひとつの場所に集めて、この世界をなんとかできないかと考えている」


 正しくは、今話したことはツァルの目的で、俺はただ契約に縛られて行動を共にしているだけなんだけどな。


「つまり最後の拠り所はペリュシェス、ってことなんだね。最初は世界中にいた精霊が、やがて精霊の集う都市ヘルル・ド・シュテフス以外ではほとんど見られなくなって、今ではその都市でも精霊を見かけることはめったにない。精霊はどんどん居場所をなくしていくんだよね」


『人間はこの世界が誰によって創造されたのかをすっかり忘れちまったんだ、仕方ないさ。今ごろになって後悔しても遅いさ。そんな人間に愛想をつかして逃げ出す精霊の気持ちも、俺はよくわかる。だが、逃げ出すのはできることをやったあとでもいいだろうが。俺は、案外この世界を気に入ってたんだ。最後にちょっとだけ、できることをしてみようって気になったって、悪かないだろ』


 サリアは普通にツァルと会話をしている。

 精霊がそこにいることや、精霊と言葉を交わすことに、少しも違和感を覚えないらしい。


「うん、全然悪くないわ。悪くないどころか、ちょっと感動したよ。今時、そんなこと考える精霊がいるんだね」


『世界がこんな風になる前のことを覚えてるヤツなら、未練があってもおかしくないだろうさ。人間と精霊は仲良くやれてたんだ。はるか昔はな』


 ツァルの声には昔を懐かしむような色が滲んでいた。

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