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8 かつてヴァヴァロナ王宮にて

「カリュー、クルスー」


 剣の稽古を終え、ヴァヴァロナ王宮の回廊を歩いているときだった。

 名前を呼ばれてそちらを見ると、姉上と妹のレシュネ、そして一番上の兄上が庭園の木陰にテーブルを置き、そこで茶を飲んでいた。


 レシュネがこちらに向かって手を振る。

 俺は隣を歩いていたカリュー兄上と顔を見合わせた。


「みつかってしまったな」


 カリュー兄上が、苦笑して肩をすくめる。


「まさかこちらの庭だったとは」


 俺も苦笑いで応える。

 兄弟を集めて茶会をするという話は事前に聞いていたのにすっかり忘れていて、ついさっき思い出したばかりだった。


 今更行くのも面倒だし、カリュー兄上も忘れているようだったのでまあいいかと思っていたのだけれど、そういうわけにもいかないようだ。


 王宮には幾つかの庭があって、姉上は東の庭が好きだから、てっきり今回もそちらでやるのだと思っていた。


「行くか」

「そうですね」


 俺たちは並んで庭に踏み出した。


 仲の良い兄弟だとよく言われる。

 父上と母上の関係も良好で、側室はいない。


 王位継承者は一番上のララス兄上で、既に市政に関わり、積極的に活動している。


「遅いぞ、おまえたち。忙しいのか?」


 ララス兄上が、笑いながら俺たちふたりを見やる。


「兄上こそ、こんなところで茶を飲んでいるような時間があるんですか?」

「キャシュのお願いなんだ。断るほうが無理だろう」

「ええそうよ。五人揃ってのお茶というところに意味があるのですもの」


 姉上がカップを置き、にっこりと笑った。


「そうだよ。私もちゃんと用意を手伝ったんだからね」


 レシュネがぷぅと頬を膨らませる。

 もう九つになったというのに、レシュネはまだまだ子どもっぽさが抜けない。


 姉上とレシュネが並んで座り、姉上の正面がララス兄上。

 俺はレシュネの隣に座った。

 カリュー兄上はララス兄上の隣に腰を下ろす。


 俺と姉上は父上譲りの黒髪だけれど、ふたりの兄上とレシュネは母上譲りの金髪だ。

 

 ララス兄上は誰も文句がつけられないほど優秀で、文武両道、性格も良いという自慢の兄上だ。

 瞳は深い青、鼻筋がすっと通っていて、容姿も完璧だ。


 カリュー兄上はいつも陽気で、頭を使うよりは体を動かすほうが好きらしい。

 俺の剣があまりにも未熟なので、見かねて直々に稽古をつけてくれたりする。


 今日もカリュー兄上と一緒に剣の稽古をしていた。

 ララス兄上より色の濃い金の髪に碧眼。

 笑っていることが多くて、親しみやすい王子だと言われているのをよく耳にする。


 姉上は艶やかな黒髪と紫紺の瞳が美しくて、大陸一の美女と噂されている。

 確かに外見はおしとやかできれいだけれど、実は有言実行の行動的な人で、いつも周囲の者たちを驚かせてくれる。


 レシュネはふわふわとした金の髪に青い瞳の、まるで人形のような容姿をしている。

 いつも姉上にくっついて大人の女性になるべく研究をしているらしいけれど、その道は長く険しそうだ。


 四番目の子どもにして、三番目の王子でもある俺は、上に兄がふたりもいるからか、自由に育てられた感があって、俺自身もそれに甘えてなし崩し的に生きてきた。


 そのせいか、ここにきて少々不都合が生じている。

 剣もそうだ。

 体術なら得意なんだけど、武器を使うのがどうにも苦手でなかなか上手くいかない。


 姉上とレシュネの侍女が、俺たちの茶を用意してくれる。

 和やかな午後。


 ふと視線を感じて顔を上げると、城の翼棟のテラスに母上の姿があった。


「母上だ」

「どこ?」


 俺の声に、レシュネがきょろきょろと辺りを見渡す。


「あそこ。西の翼棟の真ん中にあるテラス」

「あ、ほんとだ。お母様ーっ!」


 王女たるもの大きな声を出してはいけない――はずだけれど、レシュネはそんなことすっかり忘れているようだ。


 カップを置いて、手をぶんぶんと振っている。

 母上も少し困ったような表情を浮かべていたけれど、控えめに上げた手を左右に振ってレシュネに応えている。


 俺はあまり他人のことを言える立場じゃないけれど、レシュネも相当放任されているような気がする。 


 このころの王宮にはまだ穏やかな時間が流れていた。

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