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3 気を失った男 (俺)を家まで引きずりながら運んだ少女

 目を開けると、そこは狭い部屋だった。

 蝋燭の立てられた燭台がひとつ、ベッドから少し離れた場所に置かれている。


『ようやくお目覚めか。最近よく倒れるな、おまえ。ちゃんと食えよ』


 俺が目を覚ますのを待ちわびていたかのように、ツァルが話しかけてくる。


「俺だって食いたいさ。金さえあればな。で、何がどうなったんだ?」


 ツァルに問いかけながら、身を起こす。

 体に異常はないようだ。

 拘束されているわけでもないし、身に覚えのない傷が増えているわけでもない。


 俺がぼろぼろにしたあいつらに捕まったわけではなさそうだ。


『何って、サリアって子がおまえを引きずってここに運び込んだんだってだけの話だ』

「まさか」


 身長差がありすぎる。

 これでも一応、標準的な男の身長程度はある。

 体重だって随分違うだろう。


『嘘をついてどうするんだよ。せいぜいあの子の根性に感謝するんだな』


 置き去りにされていたら、今ごろ厄介なことになっていたのは間違いない。

 礼をしてもらうどころか、俺が礼を言うべき立場になってしまった。


「ここは?」

『さあな。でも、よかったじゃないか、今夜の宿が決まって』


 確かに、それは言えている。


 ベッドの下を見ると、俺のブーツが揃えて置かれていた。

 前かがみになった拍子に腹がすごい音をたてた。


 そろそろ何か食べないとまずいな。


 そんなことを考えながらブーツに手を伸ばすと、甲の部分に擦れた跡が残っていた。

 俺が引きずられたのは間違いなさそうだ。


「入りますよー」


 ブーツを履いていると、コンコンと扉を軽く叩く音に続いて、サリアの声が聞こえた。

 俺が返事をする前に、扉が開かれる。


 目が合った。


「あ」と、俺とサリアの声が重なる。


 サリアはどうやら俺が起きているとは思っていなかったようだ。


「突然開けちゃってごめんなさい。もう大丈夫なの?」

「平気だ。それより、助かった。悪かったな、運んでもらったみたいで」

「いいのいの。その前に助けてもらってたし」


 サリアがにっこりと笑う。


 改めて見ても、やっぱり小さい。

 深緑色の目はくるりと大きく、白金色の髪は腰に届くほど長い。

 特に特徴のない綿のドレスを着ている。


 その袖からのぞく手首は触れただけで折れそうなほどに細くて、この腕で俺を運んだなんて信じられない。


「で、精霊はどうしたんだ? 見えるんだろ?」


 俺は単刀直入に訊いた。


 さっき、サリアは俺を観察していたのではなく、俺の目の中にいるツァルを見ていたのだと遅ればせながら気づいたからだ。


 そもそも精霊とは、自然界に生まれる実体をもたない存在で、ひと口に精霊といっても様々なものがいる。


 ただそこに存在するだけという能力の弱い精霊から、自分の存在を実体化し、人間と同じように話したり触れたりできるもの、更には強力な能力をもち、世界を創造してしまうような精霊まで千差万別だ。


 しかし精霊の数が減少した今、人間が精霊と接する機会は昔と比べて随分と減った。

 彼らの存在を感じることのできる人間も減ってしまった。


 けれど、いなくなったわけじゃない。


 俺の問いに、サリアは数度瞬きして、それからにっこりと笑った。


「うん、見えるよ。あいつらが探してた精霊なら、とっくに逃がしちゃった。捕まってひど目に会う前に、大精霊の世界(ネル・シュテフス)へ帰ったほうがいいでしょう?」


「あいつらは何者だ?」

「ドルグワ。この町で知らない者はいないっていう悪党だよ。精霊を捕らえて悪用する下種な輩なの。残念なことに、あいつは少しだけど精霊を感じることができるから」


 さっき俺が疑われたのは、ツァルの気配を探している精霊と勘違いしたからかもしれない。 

 俺はブーツを履き終えて立ち上がった。


「なにはともあれ助かった。ありがとう」


 頭を下げて、礼を言う。


「あっ、そんなのなしだよ。わたしこそ、お礼をしないと」

「必要ない」

「あ、そうだ。少しだけど、食べ物があるよ。食べられる?」


 思わず、顔を上げていた。


 我ながら現金だ。

 ――と考えたところで、自分の所持金のことに思い至る。


「悪いけど、俺、金を持ってないんだ」


 素直に白状する。

 サリアがくすりと笑った。


「お金をもらおうなんて思ってないよ。すぐに準備するからね。って言ってもパンとミルクくらいしかないけど」

「充分だ」

「よかった。じゃあ、待っててね」


 サリアは手を振って部屋を出て行った。


 扉が閉まるのを待っていたかのように、ツァルが視界に現れる。


『随分としっかりしたガキじゃないか』

「確かに」


 ぱっと見は十歳ちょっとに見えるけれど、それにしてはしゃべり方や仕種が落ち着いている。

 もう少し年上かもしれない。


『戻ってきたら、この街の精霊のことも訊いてみるか』

「ああ。精霊を助けようとするくらいなんだから、何か知ってるかもな」 


 精霊だって救いを求める。

 そのことに気付けるのは、精霊を身近に感じられる者だけだ。  


 彼女はこれまでにどのくらい精霊に会ってきたのだろう。

 それはどんな精霊だったのだろう。


 サリアと名乗ったあの少女のことが、少し、気になりだしていた。

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