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4 怪しい気配と聞かない名前

 精霊を見ることのできる相手かもしれない。

 油断はできない。


 ツァルの声も普段と比べて幾分潜められている。


 アスィの姿が掻き消え、サリアの腰に剣が現れた。

 サリアがランプの火を消す。


 部屋が闇に包まれる。

 いや、窓の外から、細い月の微かな光が射しこんでいるおかげで、目が慣れてくれば部屋の中の様子がよく見える。


 俺もサリアも、夜目がきく。


 俺は武器を持たない。体術が全てだ。

 女の子のほうが剣を構えているこの図ってどうなんだ、と思わなくもないけれど仕方がない。


『窓の下に二、宿の玄関に二、周辺に三、階段を上がってくるのが二』 

『うちひとりは宿屋の主人ですね』


 アスィが険しい声で言う。


 宿屋の主人が、追っ手とつながっていた?


 しかし追っ手はヴァヴァロナの連中だったはずだ。

 それがどうしてアラカステルの安宿の店主と知り合いなんだ?


 次々と疑問が湧いてくるけれど、考えている余裕はないようだ。


 まだ宵の口。


 けれど照明代を節約するために早く寝る人は多い。

 できればあまり大騒ぎはしたくなかったけれど、仕方がない。


 トントン、とドアがノックされた。

 部屋には一応、鍵がついている。


 返事はしない。


 もう一度、今度は少し強めのノック。

 ドアのわきに立つサリアの剣先が僅かに揺れる。


 沈黙が続く。

 唾を呑む音すら立てられない、そんな緊張に包まれる。


「夜分にすみません、起きていらっしゃいますか?」


 店主の声が、ドアを隔てたすぐそこから聞こえる。

 その時、ドアの外で人の動く気配がした。


 来るっ!


 身構える。


 次の瞬間、ドアがすごい勢いで吹っ飛んだ。

 蹴破られたドアが、そのまま部屋の壁に激突して割れるほどの破壊力だ。


 俺とサリアは廊下側の壁に背をつけて待ち構えていた。


 次の瞬間、部屋に踏み込んできた人影の後頭部に踵落としを決める。

 人影はどさりと床に崩れ落ちた。


 その隙にサリアは廊下に飛び出していた。

 見ると、剣先が店主の喉もとに突きつけられている。


 店主の顎を伝って汗がぽたりと落ちる。


「いったい、どういうことですか?」


 サリアが落ち着いた声音で問う。


「いや、オ、オレは……」

「彼らは誰ですか?」


 サリアが倒れている男をちらりと見やって言う。

 黒のかっちりとした服は、どこかの制服のようだった。


「こいつらはアラカステルの……」 


 店主の擦れた声は聞き取りにくく、倒れた男を観察していた俺は顔を上げた。


「なんだって?」


「メ・ルトロの連中だ。今更、アラカステルの精霊の寄る辺(ルチェ・シュテフス)を訪ねようなんて物好きは、最近じゃあめったにいねぇ。だから怪しいと思って、メ・ルトロに教えた。あいつらは情報を金で買ってくれる」


「メ・ルトロ?」


 俺とサリアの声が重なる。

 初めて聞く名前だった。

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