9 彼女の瞳の色に似た耳飾り
リファルディアの北東にポルスという街がある。
昔はどこにでもある小さな村だったけれど、十年ほど前から交通の要所として注目されるようになったらしい。
アラカステル横断鉄道が開通したのが、その年だった。
五十年ほど前、北の自由都市アラカステルで蒸気機関車が発明されている。
アラカステル横断鉄道はその名の通りアラカステル自由都市を東西に横断する鉄道で、西はリファルディア領に近いポルスから、東はヴァヴァロナの手前のグルッツまでを繋いでいた。
その後ヴァヴァロナでクーデターを起こし政権を奪取した新政府がアラカステルの発明に理解を示し、その鉄道をヴァヴァロナ内にまで延ばすことを了承した。
蒸気機関車の吐き出す煙は、空気を汚し、精霊たちの棲み処を削ってゆく。
リファルディアはアラカステルに対して、精霊たちへの配慮をと進言したけれどアラカステル連合議会はそれを拒否。
アラカステル自由都市では競うように様々な機器の開発が続けられている。
ポルスが近づくにつれて、空の色が変わってゆくことには気付いていた。
空気のにおいも変わった。
街に踏み込むころには吐き出される煙が空に昇ってゆくのがはっきりと見えて、嫌悪感を覚えた。
けれど目の前に黒い鉄の塊が現れたとき、俺は瞬きを忘れて食い入るようにそれを見つめていた。
「すごいな……」
思わず感嘆の声が漏れる。
「これが、本当に動くのか?」
『強引に動かすんだろ。そのためにこれだけの煙を吐き出す必要があるってことだ。そこまでしなければ動かせないような物なら、最初から造らなければいい』
ツァルが吐き捨てるように言う。
俺は何も言い返せず、ただ蒸気機関車を見ていた。
ツァルの言うことは最もだ。
俺もそう思う。
精霊にとって空気の穢れは死活問題だ。
蒸気機関車でこれほどの煙を吐き出すのであれば、煙突が何本も立ち、そのどれもが煙を常に吐き出しているというアラカステルに棲む精霊たちはいったいどうしているのだろう。
精霊の寄る辺の要である精霊樹は無事だろうか。
「それでも、俺たちはこれに乗ってアラカステルに向かわないといけないんだろ」
『忌々しいことに、それが一番速いんだから仕方がない』
「切符ってのを買ってくる。それがないと乗れないんだろ?」
『たぶんな』
金は、リファルディアに向かう途中でちょこちょこ働いて稼いだ金が残っている。
リファルディアを出てからおよそ三週間。
できるだけ人目につかない道を選んできたし、急いでいたので長期で働く余裕はなかったけれど、もうしばらくは空腹で倒れるようなことはないはずだ。
人目につかないようにしているのは、万が一サリアが追ってきたときのことを考えてだったのだけれど、途中、そんな気配は感じなかった。
心配は杞憂だったのかもしれない。
それならそれでいい。
いや、むしろそのほうがいいんだ。
サリアは城に残るか、ルークの家族のもとに戻って、平和に過ごせばいい。
そのためにも俺はツァルとペリュシェスにゆく。
世界の崩壊を止められる可能性がそこにあるのなら。
リファルディアを出る前に、島の広場寄った。
精霊の寄る辺に赤い光を埋め込み、そこにいた精霊たちに頼みごとをしてきた。
もし、リファルディアを離れてもいいと思っている者がいたら、ペリュシェスに来てほしいと。
無理に来てもらう必要はないけれど、もしペリュシェスになんらかの変化があった場合には力を貸して欲しいと。
それを、リファルディア中の精霊に伝えてくれるように頼んだ。
窓口でアラカステル行きの切符を一枚買う。
出発は一時間後。
ついている。
どこかで軽く昼飯でも食っていれば、時間になるだろう。
切符を懐にしまって歩き出そうとしたその時、背中に視線を感じた。
振り返っても、混雑した駅の中、視線の主はわからなかった。
気のせいか?
リファルディアでも視線を感じたけれど、あれはきっとドルグワだったんだろう。
そのドルグワたちは捕らわれて、今ごろリファルディアの牢の中にいるはずだ。
もちろん、駅の中にサリアらしい人影もない。
当たり前だ。
きっと、サリアは置いていかれたことを怒っただろう。
追って来るわけがない。
駅を出て、辺りを一瞥する。
駅前通りにはずらりと屋台が並んでいる。
ゆっくりと様子を眺めながら歩く。
食べ物、日用品、雑貨。
サリアは買い物が好きだったから、この様子を見たらきっと喜ぶだろう。
買い物が好きというよりは、店の商品を見て歩くのが好きなようだった。
実際に買うことはあまりなかったから。
雑貨を扱う店で、緑色の耳飾りが目に留まった。
サリアの瞳の色だ。
きっと、サリアによく似合う。
石の削りは見事で、光を反射してきらきらと光っている。
『どうした?』
「え? あ、ああ……なんでもない」
ツァルに答えながら、今、自分が何を考えていたのかを改めて認識する。
もうサリアに会うことはないだろう。
もしかしたら死ぬまでずっと。
それなのに――。
「これ、ください」
俺はその耳飾りを指差していた。
もし、またリファルディアに行くことがあったら、アスィにでも預けておこう。
黙っていなくなったお詫びだと言えばいい。
『へぇえ』
ツァルが呆れたように言う。
「なんだよ」
『いや、まさか女に贈り物とはね』
「黙って出てきたから、そのお詫びだ」
『へぇへぇ』
ツァルのふざけた返事に少々腹を立てながらも、購入した耳飾りを眺める。
うん、きれいだ。
いつか、サリアが身につけてくれる日がくるといいな。
そんな希望を胸に、俺は再び歩き始めた。




