6 地下通路で語られる真実
『で、どういうことなんだ、これは』
ツァルがサリアを詰問する。
広場から少し離れた場所にある小さな精霊堂の裏手に逃げ込んだところだった。
追って来る人の姿はない。
途中でうまくまけたのならいいけれど。
幸い、俺は襟巻きを巻いていたから顔は見られていない。
けれどサリアは……。
「あの……ごめんなさい!」
サリアは勢いよく頭を下げた。
『まさか本当に王女だなんて言う気はないだろうな?』
「も、もちろん。誤解だよ、勘違い!」
「でも、さっきの騒ぎ……あれにはサリアが関係してるんだろ? しかも思い当たる節がある。そういうことだよな?」
「あれはだから……」
『誤認識。けれど全くの勘違いというわけでもありません』
サリアの声を遮るように投げこまれた声に、俺たちは一斉に声の聞こえたほうを見た。
漆黒の髪を垂らした、長身の男が立っていた。
落ち着いた所作、穏やかな表情をしているけれど、視線は鋭い。
そして落ち着いた声音は、動いている口から発されているようでいて、声帯を使っているわけではないとわかる。
「アスィ……」
サリアが名らしきものを呟く。
「知り合いか?」
俺の問いに、サリアがこくりと頷いた。
『久しぶりですね、ツァル』
『そういうことか、アスィ』
ふたりの精霊の間で交わされる言葉。
それはまるで旧知の者に会ったときの会話だった。
「どういうことなんだ、ツァル」
『こいつは俺の知り合いだ。まさかサリアと関係があるとは思ってもみなかったが、そうか、王女は体が弱くてめったに人前に現れないんだったな。見たことがあるのはせいぜいルファルディアの民くらいのものだ。もちろん俺も会ったことはないが、そういえば深緑の瞳はリファルディア王族に多い色だったな』
『そちらは、もしや……』
アスィと呼ばれた男が俺を見る。
『アスィ、こいつは俺の契約者でクルス。命を助けてやったんで、その対価としてここに棲ませてもらってる。ああ、その時にこいつの記憶はきれいさっぱり俺が喰いつくしたんで、こいつは昔のことをよく知らない。昔話をすると不機嫌になるんで気をつけてくれ』
アスィの言葉を遮って、ツァルが事情を説明する。
『全ての記憶を食べたというのですか』
『ああ、喰った』
『……了解しました。ここで立ち話もなんですから、王宮にご案内しましょう』
僅かな沈黙ののち、アスィが口を開いた。
「アスィ?」
『広場で騒動があったと報告がありました。ナルシーア様がわたしの目の前で眠っていらっしゃる以上、騒動の元があなたであるのは自明のこと。騒ぎが大きくなる前にと、わたしが参りました。騒動を起こした連中は既に捕らえましたからご安心ください。それにしても……何をしようとしていたのか、おおよその見当はつきますが、軽率な行動は謹んでいただきたい』
「ごめんなさい」
サリアがしゅんと肩を落とす。
「俺には何がなんだかちっともわからないんだけど」
王宮に案内するというこの精霊が何者なのか。
サリアとツァルはアスィとはどういう関係なのか。
そしてサリアと王女との関係は?
『歩きながら説明しましょう。どうぞ、こちらへ』
アスィが触れると、キィと金具の擦れる音がして、精霊堂の裏手にある扉が開かれた。
裏口かと思ったけれど、どうやらその扉の向こうは精霊堂の中に通じているわけではなさそうだ。
急な階段が下へと伸びている。
「王宮へ続く秘密の地下通路なの」
サリアが先頭をきって中に入る。
アスィに促されて俺が続き、最後にアスィが扉を閉じた。
何かしていたようなので、鍵をかけたのかもしれない。
地下通路には、一定の間隔に火が灯されている。
ふたりが横に並んでは歩けない、細い通路だ。
「サリア、おまえは何者なんだ?」
前をゆく小さな背に問いかける。
「わたしは十四年前に王宮で生まれたの。その時もらった名前はサリアーシャ。父は都市王で、母は王妃」
「それじゃあ、おまえは王女だということになる」
「そして双子の姉がナルシーア様」
「双子!?」
「双子は不吉とされているから、生まれた子が双子であることは秘さなければならなかった。悩んだ両親はリフシャティーヌに相談し、リフシャティーヌは姉を選んだ。そしてわたしは女官のひとりに連れられてリファルディアを去ることになったんだ。その女官は故郷のルークにわたしを連れ帰って、自分の子どものように育ててくれた。それがわたしの今のお母さんだよ」
サリアは振り向かないまま、俺の問いに淡々と答えた。
こちらからその表情は見えない。
けれど届く声はいつものサリアのものとはどこか違って聞こえた。
それが、サリアの出自を知ったせいなのか、地下通路が声を反響させているせいなのか、俺にはわからなかった。




