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5 ちょっとした乱闘の果てに上がった声

『なんだあれは』


 ツァルの声に、俺は目を細めた。

 前方に人だかりができているのがわかる。


 大学校前を通過し、王宮まであと少しのところにある広場にさしかかろうというところだった。


「嫌な予感がするな」

『俺もだ』


 速度を落とし、人垣の中をすり抜けるように移動する。

 なんとか中心の様子が見える場所までたどり着いたとき、俺は息をのんだ。


 広場の地面に倒れて呻いている男がふたり。

 サリアの正面に立っている男はドルグワだった。


『なんて野郎だ。まさかこんなところまで追ってくるとはな』

「途中で追っ手の気配を感じたか?」

『いや。先回りされたのか?』


 わからない。

 ふたりの男が、どうしてサリアの前に倒れているのかも。


「あの、何があったんですか?」


 俺は固唾を呑んで様子を窺っている男に尋ねた。


「あのちっせえ子が男に絡まれてたんだよ。言い合う声が聞こえてきたから様子を見にきたら、一瞬で男ふたりを倒しやがった。ありゃすげえぜ」


 サリアが男を倒した? 

 どうやって? 

 そんなことができるのか? 


 確かにサリアはまめに動くし、体力もある。

 けれど武術が使えるという話はきいたことがなかった。


 なによりサリアと出会ったとき、彼女は俺に助けを求めていた。

 自分で倒せるなら、俺に頼る必要はなかったはずだ。


 いや、そういえば男の腕を捻り上げていたか?

 どういうことだ?


 俺は、サリアを助けるのを一瞬躊躇した。


 ドルグワがにやりと口の端を上げる。

 と、どこから現れたのか、サリアの背後に男がひとり、忍び寄っていた。


「サリアッ」


 はっとサリアが反応するのがわかった。

 けれど間に合わない。


 俺はさっき躊躇したことを後悔する。

 男に羽交い絞めにされたサリアは足が浮いて宙吊りになっている。


 俺は人混みから飛び出した。

 なんとか逃げ出そうと暴れているサリアと目が合う。

 俺は距離を詰めながら小さく頷いた。


 次の瞬間、サリアが勢いをつけて足を振り上げた。

 固定されている肩を軸にするように、くるりと半回転する。


 男の頭に覆いかぶさるような状態だ。

 フードは脱げ、髪が零れる。

 襟巻きがほどけて地面に落ちた。


 男は、サリアのせいで前が見えない。

 隙だらけの男の鳩尾に、俺は深い蹴りをくらわせた。


 男が後ろに倒れる。

 その直前、サリアはひょいと男の上から飛び退いていた。


「大丈夫か、サリア」

「クルス、後ろ!」


 俺に向かって繰り出されていた拳を、振り向きざまに手のひらで受け止めた。

 重い。


 けれど俺は一歩も動かなかった。

 ドルグワの顔に驚愕の色が浮かぶ。


「いい加減にしろよ」


 お返しに、ドルグワの顎に拳をお見舞いする。

 鈍い音がして、ドルグワは人混みに向かって吹っ飛んでいった。


 落下地点付近の人たちが慌てて逃げる。

 ドサリ、と落下する音が聞こえた。


 ドルグワが再度向かってくる様子はない。

 集まった人の中から、歓声が上がる。


『やれやれだな』


 ツァルの声が頭に響く。


「おまえは何もしてないだろ」

『応援してたぜ』

「してくれなくても結構だ」


 ふと、人混みがざわついていることに気付いた。

 さっきまでの歓声とは異なり、なにやら訝るような雰囲気がある。


 俺は周囲を見渡した。


「ありがとう、クルス」


 サリアがこちらに駆け寄ってくる。

 白金色の髪に緑の瞳。

 本人は襟巻きを落としたことにまだ気付いていないようだ。


「サリア、襟巻き」

「あ」


 サリアの動きが固まった。

 しまった、という焦りの表情。


 俺の耳に「王女」という言葉が届く。

 ひそひそと人混みのあちらこちらから聞こえてくるその声に、俺の中で警告が鳴り響いた。


「サリア」


 俺の声にはっと我に返ったサリアは、即座に襟巻きを拾い上げた。

 目が合い、同時に頷く。


 逃げるぞ。


「王女様だ!」


 とうとう誰かが大きな声を上げた。

 それをきっかけに大きな混乱が生じる。


 俺たちはその騒ぎを背で聞きながら、一目散に広場をあとにした。

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