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12 精霊の宿る長い三つ編み

「ここで人がたくさん亡くなったんだね。南では、まだ死病は流行していなかったのに」


 サリアの視線が地面に落ちている。


「旅人ってのが、どこから来たのか、だな。エスーハから旧街道を通る道は使わなかったんだろう。ここに来るまで、死病が流行ったという村はなかった。アグの村へ至る道は旧街道か水路しかないようだから、上流から来たか、旧街道をリファルディア方面から来たかだな。この先、気をつけたほうがいいかもしれない」


 サリアがこくりと頷く。


 いつも元気なサリアだけに、沈んでいるその様子が痛々しい。

 きっと、亡くなった多くの人のことを思い、胸を痛めているんだろう。


 サリアの頭に手を伸ばしかけて、はっと我に返る。

 うつむいているサリアは気付いていない。


 俺は中途半端に浮いた自分の手の平をまじまじと見た。

 頭を撫でて慰めようだなんて、俺らしくない。


 苦笑して、手を引っ込める。


 くくっとツァルの笑い声が聞こえた。

 視界に赤い影が現れる。


『慰めてやればいいのにさ。俺は知らんふりしといてやるぜ』

「余計なお世話だ」


 一蹴して、俺は前方に視線を向けた。


 今夜、屋根のあるところで寝るのは諦めることになるだろう。

 野宿に適した場所を探さないといけない。


 旧街道は森の中を細々と続いている。

 北へ進めばやがてリファルディアに着く。

 要する時間はおよそ一ヶ月。 


 ここまで、危険な動物と遭遇することはなかったけれど、森の中に夜行性の動物がいないとも限らない。

 特にこのアグは森の深い場所にあたる。

 できれば野宿は避けたかったけれど、止むを得ない。


「このまま、旧街道を行けばいい?」


 サリアが笑顔を浮かべてこちらを見る。

 その笑顔が、元気を出そうと自分に言い聞かせてなんとか浮かべた笑顔に見えて、痛々しい。


「ああ、日暮れまでに野宿ができる場所を探さないといけないから、急いだほうがいいかもな」


 ふたり並んで、北へ向けて歩き出す。


『人間は大変だよなぁ』


 ツァルが他人事のように言う。

 自分は俺の眼球の中でふわふわ浮いているだけなんだからいいよな。


「おまえはちっとも大変そうじゃないけどな」

『世界中を巡って精霊に声をかけてるんだぞ。大変だろうが』


「実際に足を使って巡ってるのは俺じゃないか」

『俺のおかげで命拾いしたんだから、そのくらいは手伝え』


「その、さも当然っていう態度が気に入らない」

『やるのか、おい』


 ツァルが挑発するように言う。

 サリアがはらはらと俺を見ている。

 俺は気持ちを落ち着かせるために深呼吸した。


「やらないさ。記憶を喰われるのはごめんだからな」


 そもそも、やるって何をだ。

 眼球の中を漂う糸くずと殴り合いの喧嘩ができるわけでもないだろう。


『ちっ、つまらねえヤツだぜ』


 ツァルの舌打ちが聞こえた。

 なんとでも言えばいい。           


「あっ!」


 サリアがふいに大きな声を上げて、右手の森の中へ視線を向ける。


『精霊だな』

「なんでこんな場所に精霊がいるんだ?」


 精霊たちは汚濁を嫌う。


 今のこの世界は穢れが多く、精霊が存在しにくくなってきているのだ。


 精霊の集う都市ヘルル・ド・シュテフスだけが、精霊の寄る辺(ルチェ・シュテフス)のもつ場の浄化作用により清浄に保たれている。


「人間と契約をした精霊じゃないかな?」


 気配を探ると、そこには確かに精霊と共にこちらに近付いてくる人の気配があった。


「誰だ!?」


 低い声で誰何する。


 と、かさりと茂みが揺れた。

 森の中から人影が現れる。


 栗色の髪の女の子だった。

 素顔をさらし、長い髪を一本の三つ編みにして胸の前にたらしている。

 髪の色と同じ栗色の瞳が、落ち着きなくきょろきょろと動いている。


「あ、あの……」


 その子が、消え入りそうな小さな声を出す。


『髪だな』


 女の子の髪に精霊が宿っているのがわかった。

 見事な髪だ。

 編んだ状態で腰まであるのだから、ほどけばかなりの長さになるだろう。


「こんにちは。何か御用?」


 サリアが小首を傾げながら問う。


「あの……あの、もしお困りでしたら、あの……」


 要領を得ない喋り方に、つい、いらいらしてしまう。

 ツァルと言い合いになって、気持ちがささくれたままの状態だからだと思いたい。


「アグの村の人だろ? 俺たち、今村を追い出されてきたばかりなんだけど。用があるならはっきり言ってくれ」


 ついきつい口調になってしまう。


「すっ、すみませんっ! あの、宿のことでお困りでしたらうちにいらっしゃいませんかっ!?」


 頬を林檎のように赤く染めて、少女は一息に言葉を吐き出した。

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