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11 死病に侵された場所の記憶

「困ったね」


 サリアが小さくため息を吐く。


 俺がサリアの肩を引き寄せなければ、自分の頭にあの陶器が落ちて大怪我をしていたかもしれないというのに、随分と落ち着いた口調だった。


「大丈夫か?」


 直撃しなくても、跳ねた破片で怪我をすることだってある。


「え、わたし? わたしは平気だよ。ありがとう、クルス」


 心配されたことが意外だという顔で、サリアが俺を見上げる。

 その顔にはまったく怯えた様子がなく、なんだか拍子抜けしてしまう。


 普通は多少なりとも怖がったりするものじゃないのか、女の子なら。


 などと思ったけれど、サリアから普通の反応が返ってこないのは、よく考えたらある程度予測できたはずのことだ。


 サリアにはひとつ頷いてみせてから、周囲に目を配る。

 家の外に残っているのは、圧倒的に男が多い。


「説明もなしにこの歓迎とは、随分だな」


 俺は目を眇めて、自分たちを遠巻きに囲んでいる男連中を見た。


「とっとと出て行け!」

「うちの村に宿などないわ!」


 返ってくるのは、罵声ばかりだ。


「死神は去れ!」


 死神。


 その言葉にはっとする。


 死神とは人を死へと誘う者。

 死病を持ち込む者。

 旅人は自らの知らぬ間にその役割を果たす場合が少なからずある。


 新たな場所で死病が流行り、大勢が死ぬ。

 そのきっかけはたったひとりの旅人の来訪だったりする。


「死病か……?」


 襟巻きで鼻まで覆っていることを確認しながら、呟く。

 ツァルの舌打ちが聞こえた。


「そういえば、小さい子どもを見かけてない。それにお年よりも……」


 弱い者から倒れてゆく。

 ここにも死病の魔の手が伸びていたのか。


 俺はごくりと唾を呑みこんだ。     


「おまえらのせいだ! おまえらみたいな得体の知れねえヤツが、この村に変なもんを持ち込みやがった!」


 村人たちの怒りが伝わってくる。

 悲しみが伝わってくる。


 これ以上刺激しないほうがいい。

 けれど、俺には訊いておかなければならないことがあった。


「いつだ? いったい、それはいつごろのことなんだ?」

「半年前だ。さあ、もういいだろう! 出て行け! おまえらをこれ以上村に入れるわけにはいかねえ!」


 既にこの村での流行は終息しつつあるようだ。

 けれど、きっと多くの犠牲を出したはずだ。


「出て行け! 出て行け! 出て行け!」


 村人たちの声が重なる。

 鼓膜が震えるのがはっきりとわかる。

 握った棒を振り上げて叫んでいる者もいる。


 俺は目を伏せた。

 脳裏にラドゥーゼの悪夢が甦る。


 死臭漂う街。

 人の気配の消え去った街。


 ふと気がついたときそこに立っていたのは、俺ひとりと数えきれないほどの墓標だった。


「クルス、ここは……」


 サリアの遠慮がちな声に、はっと我に返る。


「ああ、出よう。野宿になるかもしれないけれど、大丈夫か?」

「平気」


 サリアならそう言うだろうと思った。


「邪魔をして悪かったな」


 サリアを促して村の外へ向かう。

 後ろは振り返らない。


 去る俺たちに近寄る者はいなかった。

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