10 アグ村での思わぬ歓迎
日暮れ前に、アグの村に着いた。
エスーハを出てから一ヶ月ほどが経過していた。
世界の中心にあるペリュシェスを囲むようにペリュー山脈という険しい山脈がそびえている。
その山脈の南西部から流れ出る大河シェホスス川から何本もの支流が派生している。
アグは、支流のひとつであるシェホ川沿いの小さな村だ。
サリアは途中立ち寄った村で購入した襟巻きを巻き、顔の半分を隠している。
いくら体力がありそうだとはいえ、さすがにいつまでも顔を露にして旅をするような危険は冒せない。
これまで無事だったのは、ルークからエスーハまでの地域では比較的、死病が広まっていなかったためだろう。
「やっと着いたー」
さして疲れた様子も見せず、サリアが言う。
一緒に旅をしてわかったことだけれど、彼女の体力は本当に無尽蔵のようだった。
まめに動くし、気も利く。
それに、性格も悪くない。
会話をしていて不愉快に感じることはなかった。
何から何まで、できた同行者だ。
女連れの旅なんて鬱陶しいだけだなどと考えていたのが申し訳なくなるくらいに。
アグの村にはシェホ川での漁を生業としている家が多いようだ。
川に沿って並ぶ家々のすぐ横には、舟が何艘も繋がれている。
舟に乗ってこの川をずっと下ったら、世界の外に流れ出ると言われている。
だから下流には間違って舟が世界の外に出てしまわないような工夫がされているのだといつだったかツァルが言っていた。
『様子が変だな』
舟を眺めながらそんなことを考えていたら、ツァルの声が聞こえた。
「え?」
「確かに、みんな怖い顔をしてこっちを見てるかも」
サリアがきょろきょろと辺りを見渡している。
そう言われて、村の人がこちらを遠巻きに見ていることに気付く。
着いたばかりなのにさっそく粗相でもしたのだろうかと考えてみるけれど思い当たる節はない。
村独自の決まりがあることは多いけれど、俺たちが旅人だというのは一見してわかるはずだ。
いったいなんなんだ?
なにやら剣呑な雰囲気を醸し出している。
俺たちはあえて歩調を変えず、村の中へと踏み込む。
すると、俺たちの姿を見た人たちが次々と道の端によける。
中には家に入ってドアを閉めてしまう人もいる。
間違いない。
俺たちは招かれざる客なんだ。
でも、何もしていないのに、どうして?
アグの村は今はもうほとんど使われていない旧街道沿いにあり、陸からの客人はめったにないだろう。
けれど、川は上流、下流とつながっている。
何かしら交流があるはずだし、旅人だって来るだろう。
陸の孤島のように閉じられた村では旅人を怖がることもあるけれど、ここは違うはずだ。
俺は首を捻った。
『訊いてみりゃ早いだろ』
「じゃあ、わたしが」
「ちょっ……」
待て。不用意に近づくな。
止めようと思って伸ばした手が空を掴む。
「あの、すみません」
サリアがひとりの中年女性に声をかけようと近づく。
と、その女性はするりと家の中に入って、鍵をかけてしまった。
困ったように左右を見るサリアの視線から逃げるように、近所の人々も家の中に隠れてしまう。
「あの、わたしたち、ただ旅をしているだけです。何もしません。もうすぐ日が暮れるので、宿を教えていただきたいんですけれど、この村に宿はありますか?」
ドアの前に立ち、その向こう側にいるはずの女性に向かって声をかける。
返事はない。
「サリア、気を付けろ」
俺はサリアに近づき、その肩に手をかけた。
数歩分、自分のほうに引き寄せる。
直後、目の前に何かが落ち、激しい音を立てて砕けた。
サリアの肩がびくりと震える。
反射的に上を見る。
家の窓が開けられ、さきほどの中年女性の姿が見えた。
「どういうつもりだ!」
俺の問いに答えはなく、まるで恨みでもあるかのような勢いで窓が閉じられる。
地面を見ると、陶器の欠片が散っていた。
花瓶か何かだろう。
まともにくらっていれば、大怪我――あるいは命を失っていた可能性だってある。
『とんだ歓迎だな』
聞こえたツァルの声には、怒りが滲んでいた。




