序章
地面が揺れていた。
敵が大挙して押し寄せてくる震動だ。
王宮には絶叫と咆哮、そして鋼の打ち合わされる音が響いている。
「早く行くのだ」
高くそびえる塔の前に立ち、父が厳しい声で告げる。
「ですが父上っ」
敵が迫っている。
ここにもすぐに敵の手が伸びるはずだった。
「ヴァルヴェリアスに伝えてほしい。すまなかった、と」
「父上は最善の策をとられました。これは……これは血迷った者たちの愚行であり、父上に非はありません!」
「いや、ある。非はあるのだ。全ては私の責任である。私は王であるのだから」
父はこちらを見ず、周囲に広がる暗闇をじっと見据えている。
「しかし……」
「さあ、もう行け」
「父上も一緒に!」
自分は知っている。
父がどれほどこの世界の現状を憂えていたかを。
どれほど世界のことを思い、自らを犠牲にして動いてきたかを。
父が、兄が、この世界を守るために、どれほどの努力を続けてきたのかを。
それらの努力を、愚かな人間が踏みにじったのだ。
「いや、私はここに留まる。この先は世界の守護者ヴァルヴェリアスの塔。王族以外は踏み入ることのできぬ、神聖なる場。王である私には、最期までこの塔を守る義務がある」
「では私も」
「ならぬ。そなたはヴァルヴェリアスのもとに行き、指示を仰げ。そしてそれがどのようなものであっても従うのだ。たとえそれが、世界の崩壊を容認するものであったとしても」
世界の崩壊。
その言葉に息をのむ。
その時、微かに複数の足音が聞こえた。
具足の音が、漆黒の闇の中を近づいてくる。
いよいよ敵がここまで侵入してきたのだ。
「行け!」
父が塔の中へと続く扉を開く。
「父上っ!」
「王族の使命ぞ」
その言葉に、殴られたような衝撃を受けた。
自分は王子として育てられてきた。
そう、ヴァヴァロナの王子なのだ。
今ここで王族としての使命を果たせるのは、自分しかいない。
「父上……どうか、どうかご無事で」
無理な願いとわかっていても、言わずにはいられなかった。
「そなたに、救いのあらんことを」
鼻先で扉が閉まる。
外の喧騒が遠のく。
塔の中は静寂に包まれている。
けれどやがて、ここも踏み荒らされることになるだろう。
急がなければ。
締め付けられるような胸の痛みを感じながら、最上階に続く階段へと踏み出した。




