摂政戦記 0037話 依頼
【筆者からの一言】
本日は第36話を午前4時に投稿。
第37話を午前5時に投稿。
第38話を午前6時に投稿。
第39話を午前7時に投稿。
第40話を午前8時に投稿。
第41話を午前9時に投稿となっております。
1940年5月 『日本 東京 陸軍参謀本部 参謀総長室』
「あぁよく来てくれた中島君、まぁ掛けてくれたまえ」
「お久しぶりです閣下」
「うむ。君も壮健そうで何よりだ」
衆議院議員であり2年前は鉄道大臣をつとめ、飛行機製造会社も経営している多彩で有能な人物、中島知久平議員は、にこやかに話しかけてくる閑院宮陸軍参謀総長の様子に、呼び出された理由はそれほど悪い話しではなさそうだと内心で安堵した。
議員であり、大臣をつとめた経験があっても、この総長は厄介であり難物だ。
19歳も年上であり皇族、しかも恐怖政治により完全に陸軍を掌握しているばかりか、その影響力は政府にまで及んでいる。
自分など邪魔者と見做されれば容赦なく粛清されてしまうだろう。
「さて単刀直入に話そう。
君の所で大型の超長距離戦略爆撃機を造って欲しいのだ」
前置きもへったくれもないその単刀直入過ぎる話の入り方にも驚いたが、言われた内容にも驚いた。
自分が経営者である「中島飛行機製作所」は、あまり大型機の製造経験が少ない。
単発機ならば、これまで戦闘機は昭和の時代に入ってから陸軍向けに「九一式戦闘機」「九七式戦闘機」を造り、現在は「一式戦闘機・隼」の開発を進めている。
海軍向けは帝国海軍最期の複葉戦闘機となった「九五式艦上戦闘機」を製造していたが、今は「三◯重工業」の「零式艦上戦闘機」に主力の座を奪われて久しい。
ただし海軍には艦上攻撃機が採用されている。「九七式艦上攻撃機」だ。
他にはもう生産が終了するが「九五式水上偵察機」が採用されている。
陸軍には他に「九四式偵察機」も採用されているが、複葉機であり既に生産は終了している。
双発機としては、まずアメリカの「ダグラスDC2」をライセンス生産した経験があり、それを元に民間向けに開発した「AT2旅客機」がある。これは帝国陸軍でも「九七式輸送機」として採用された。ただしそれほど大型ではなく乗客は最大でも10人程しか乗れない。
そして今、開発中なのが陸軍向けの双発機「百式重爆撃機・呑龍」だ。
「吞龍」の前に「キ19」があるが、これは「三◯重工業」との競作で採用されず、「三◯重工業」の「キ21」が「九七式重爆撃機」として採用されている。ただし、この時の「キ19」の経験が「吞龍」には生かされたので無駄にはならなかった。
四発の大型機は今の所一機種しか手掛けていないし開発中だ。
帝国海軍向けの「十三試大型陸上攻撃機・深山」
元はアメリカの「ダグラスDC4E」を基礎に設計していた機体だったが、その後、帝国陸軍がアメリカより「B17」を購入し、それを調査する事が出来た為、新たな技術をも取り込み大幅に再設計して作り上げた機体だ。
それにユダヤ人技術者の力も借りている。
これは満洲のユダヤ人自治区に亡命して来たユダヤ人の中に飛行機関連の技術者達もおり、高額な報酬で閑見商会が雇用し、日本の各飛行機製造会社に出向させた。
彼らの技術に学ぶべき点も多い。我が社も多大な恩恵を受けている。
そうした要素が組み合わせて現在「十三試大型陸上攻撃機・深山」を開発している。
ちなみに史実では「中島飛行機製作所」でも「零式艦上戦闘機」を生産しているが、この歴史においてはされていない。
史実では「零式艦上戦闘機」は「日華事変」の最中に完成し採用され、更に太平洋戦争に突入していくという歴史の中で急ぎ大量生産が必要とされた。その為、開発元の「三◯重工業」以外でも生産されている。
しかし、今回の歴史では戦時ではなく平時に完成した機体である事から、戦時程には急がれなかったのである。予算との兼ね合いを見て機数を増やしつつあった。
これは「九七式重爆撃機」も同様である。史実では「中島飛行機製作所」でも生産されたが、この歴史では生産されていない。
なお、今回の歴史において「十三試大型陸上攻撃機・深山」は史実と大きく異なる機体となる。
史実では日本はアメリカの「B17」の購入を要望しながらも、両国間の関係が悪化したために叶わなかった。
しかし、今回の歴史においては、日米間の関係が友好的であったため、早期に「B17」の購入ができ、他の飛行機関連技術も獲得できていたのである。
それに史実では亡命ユダヤ人技術者もいなかったが、今回の歴史においては存在している。
それらの技術が「十三試大型陸上攻撃機・深山」に生かされた。
その為、史実では失敗作と言われた「十三試大型陸上攻撃機・深山」ではあったが、この歴史においては、別の道をたどる事になる。
中島知久平議員は思う。我が「中島飛行機製作所」の歴史では大型機の経験はまだ少ない。それでも敢えて閑院宮総長は我が社に任せようと言うのか?
それ故に思わず意外の念が口からこぼれてしまった。
「超長距離戦略爆撃機を我が社でですか?」
だが閑院宮総長はその疑問を意に介さず必要性のみを口にした。
「そうだ。
実はアメリカにいる我が国の工作員からある情報が入って来た」
工作員がアメリカにいる事を口にした総長にも驚いたが、今はそれよりもその情報への興味が勝った。
「それはどのような?」
「アメリカが超大型の爆撃機を開発しているという情報だ。
名前はXB29。3年前に完成させたXB15よりも遥かに性能が良いらしい。
8000キロの航続距離を持ち1トンの爆弾を積めるらしい」
「それは何と……」
中島知久平議員は飛行機製造会社を自ら経営するだけあって、飛行機への造詣は深い。
それ故にそのXB29の性能がどれだけのものかはよくわかる。
一言で言うなら、いや一言しかない。
「信じられない化け物」である。
ただし中島知久平議員は知らない。
総長の言う工作員からの情報というものがそもそも嘘であり存在しない事を。
全ては総長の未来知識を元にしたものであり、それも超長距離戦略爆撃機を「中島飛行機製作所」に造らせるために、B29の性能を偽って危機感を抱かせるようにし、中島知久平議員を焚き付けている事を。
目的のためなら元大臣にして現議員兼飛行機会社社長という立場の人物さえ平然と騙す。それが閑院宮総長のやり方であった。
「8000キロの航続距離を持つと言う事は、フィリピンから日本まで余裕で往復できるという事だ。これは問題だ」
閑院宮総長の言う通りフィリピンの首都マニラから日本の帝都東京までが約3000キロである。
日本の重要な工業地帯はフィリピンからの爆撃行動半径内におさまってしまう。
総長は言葉を続ける。
「そこでだ。
我が国としても大型の戦略爆撃機を持っておきたい。
それもどうせならXB29の性能を超えるものをだ。
理想としては、我が陸軍が第一の仮想敵としているソ連の首都モスクワ、海軍が仮想敵としているアメリカの首都ワシントン。それらを爆撃できる機体をだ」
「では、その為の超長距離戦略爆撃機を開発せよと?」
「そうだ。
無茶は承知でお願いしたい。
それぐらいの機体がなければアメリカには対抗できん」
これは、また閑院宮総長も凄いものを考えるものだと、中島知久平議員は内心で大きく息をついた。
「南洋、または日本本土からアメリカのワシントンまで往復できる爆撃機。
満洲からモスクワまで往復できる爆撃機ですな」
「そうだ。やってくれるかね」
中島知久平議員は僅かな間、思考をめぐらした。
これはとてつもない困難が伴う。
これまでにアメリカを始め他国から獲得して来た技術。
亡命ユダヤ人が齎してくれた技術。
我が社が蓄積して来た技術。
それを全て惜しみなく投入してもできるかどうかは未知数だ。
だが、やりがいのある挑戦でもある。
もし、成功すれば日本の航空史に、いや、世界の航空史に刻まれ、後の世に名前が残るほどの物になるかもしれない……
答えは決まった。
「勿論です。
ご期待に添えるよう全力を尽くします」
「うむ。頼んだぞ。その超長距離戦略爆撃機だが、名前だけはもう決めてあるのだ」
「ほう。それはどのような」
「名前は富嶽。
超長距離戦略爆撃機、富嶽だ」
こうして史実において開発されながらも遂に完成する事のなかった幻の超長距離戦略爆撃機「富嶽」の開発がこの歴史において早くもスタートしたのである。
【to be continued】
【筆者からの一言】
そんなわけで「総長戦記」に比べ1年半以上も早く「富嶽」の開発がスタートしました。