摂政戦記 0099話 思惑 その④
1941年12月中旬 『日本 東京 皇居』
閑院宮摂政はアメリカの地図をしまい、今度は机の引き出しから世界地図を取り出して広げた。
そして熟考する。
取り敢えず、日本の為すべき事は南方資源地帯を押さえて我が物とし、満洲と合わせて進出と開発を進めて行く事が肝要だ。
まずは足元を固める。
アメリカに本格的に進出する必要性は今のところはない。
二兎追う者は一兎をも得ずだ。
それにソ連の極東とシベリアの問題もある。
恐らくアメリカとイギリスからのソ連への軍事供与は途絶えるだろう。
ソ連単独ではドイツには対抗できまい。
1942年のドイツ軍によるコーカサスの油田地帯を狙った夏季攻勢をソ連軍が阻めたのはイギリスとアメリカからの軍事供与によるところが大きい。
1941年のバルバロッサ作戦に始まるドイツ軍の大攻勢の前に、ソ連は主要な工場の移転を余儀なくされている。
移転をしたはいいが、それで翌日から直ぐにも兵器や物資の生産を元の様にできるというものでもない。
移転した全ての工場の生産ラインがスムーズに稼働するには1年近くかかっている。
当然、その間、ソ連軍は武器不足だ。
その不足する武器を補ったのがイギリスとアメリカからの軍事供与だ。
軍事供与は1941年8月にはソ連の北の港ムルマンスクとアルハンゲルスクに届き始めている。
後にはインド洋経由、極東経由でも輸送が行われ、更にはアメリカからソ連への空輸も行われている。
1942年にドイツ軍の攻勢からコーカサス山脈を防衛し油田を守ったソ連軍の装備する戦車の3割以上はイギリス製とアメリカ製の戦車だった。それが無ければコーカサスの油田地帯はドイツの物となっていたかもしれない。
コーカサスの油田地帯はソ連における石油生産の9割を占める。それを失えばソ連は大ダメージを受けただろう。
武器だけでなく食糧も同様だ。
ドイツ軍にソ連西部をあそこまで占領されて食料不足にならないわけがない。
シベリアや極東ではとても奪われたソ連西部の食料生産の代替はできない。
それに農民を徴用しなければ軍隊が維持できない。
その結果、ソ連は深刻な食糧事情を迎える事となる。
1945年の大戦末期という西部を取り戻していた後でもソ連の穀物生産高は戦争前の約3割にまで低下していた。
その食糧不足を解消したのもイギリスとアメリカから軍事供与の一環として送られた食料なのだ。
もしアメリカとイギリスからの軍事供与が途絶えれば、ソ連での武器の不足は深刻化し、食糧生産の必要性から農民の徴兵率も史実より低下する筈だ。低下しなければ餓死者が大勢出る事になる。
そして軍事供与が受けられないともなればソ連はどうするか。
当然、シベリア・極東の部隊を史実よりも大幅に引き抜き西に送る事になるだろう。
そうしなければ戦線を維持できまい。
そこを狙うのだ。
その頃には南方資源地帯は日本が完全に押さえ、太平洋の覇権も恐らくは日本が握っているだろう。
アメリカ軍は本土で捨て駒の「桜華部隊」と、蜂起したヒスパニック、黒人、インディアンとの戦いに力をとられている筈だ。
うまくいけばメキシコ合衆国も参戦しているだろう。
それにドイツのUボート部隊が史実と同様にアメリカ東海岸沖で通商破壊作戦を行い大きな戦果をあげているだろう。
アメリカは本土周辺の戦いで精一杯となる。
日本は、アメリカとイギリスからの軍事供与が途絶え、ドイツ軍との戦闘でソ連が弱りに弱ったところを叩き極東とシベリアのその美味しい部分だけをいただくのだ。
ソ連の大軍が極東にいるのは日本にとって重圧だ。
それを取り除く。
そして最も益のあるあの二つの場所を……
その時は刻々と近付いている……
そうした事を閑院宮摂政は青写真として、大まかな計画として思い描いていた。
閑院宮摂政は地図を見るのをやめ引き出しにしまった。
椅子から立ち上がり、窓の外を見る。
その顔には悪魔じみた表情が浮かび上がっていた。
摂政の流血と破壊を求める戦略はまだ終わりを見せない。その終わりは遥か遠くであった……
【to be continued】




