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摂政戦記 0097話 思惑 その②

【筆者からの一言】


摂政の考えの続きです。


 1941年12月中旬 『日本 東京 皇居』


 摂政は机の引き出しから一枚の地図を取り出した。

 北米大陸の地図だ。


 ごく普通の地図。


 閑院宮摂政はその地図を見て暫し考える。

 九つの国か……と。


 九つの国。

 それは1970年代にアメリカのある学者が提唱した説である。

 カナダも含めた北アメリカ大陸は、その人種構成、産業、風土などから九つの国に分けられるという地域主義的な学説である。

 現在はそれより30年以上前であるが、大筋においては当て嵌まる。

 1970年代ほど、今の時代は交通網や通信が発達しておらず、人や物の移動は限られているからだ。

 どちらかというと、1970年代よりも今の方が、より九つの国としての特徴が際立っていると言ってもいい。



 閑院宮摂政は日本が余裕を持って勝利した場合、アメリカ合衆国を完全に解体する事を考えている。

 その雛形となるのが、この九つの国だ。

 ただし、あくまでも雛形であり、九つより国が多くなる見込みだ。

 

 閑院宮摂政はアメリカを分断統治する気でいる。


 大国アメリカを幾つもの小国に分け一つにさせない。

 言うならば新アメリカ小国家群だ。


 第一次世界大戦後に敗戦国となったオーストリア・ハンガリー帝国は解体され複数の国に分裂させられたが、それと同じような事をするつもりでいる。


 アメリカを解体し複数の国家にするが、そのうちの幾つかは有色人種の国とし白人政権の国と対峙させる。

 メキシコが味方として参戦していた場合には旧北メキシコ領を譲るが、参戦していないのなら現地ヒスパニック人による独立国を創設する。


 できればドイツ、イタリアにも東海岸に領土の割譲を行い、新アメリカ小国家群への監視役の一助を担ってもらう。

 ドイツとイタリアもアメリカが再び大国として復活するのは望まないだろう。


 新アメリカ小国家群の各白人国家には多額の賠償金を払わせ続け、国力を増大させない。

 軍備は制限する。

 賠償金や軍備の制限は、ドイツがフランスのビシー政権に行っているのと同じ手だ。

 そうやって敗戦国の国力を削ぎ続け、軍事力を再建させないようにする。 


 その次は謀略だ。

 戦争に勝利したからと言ってそこで終わるような事はしない。

 常に謀略で相手の力を削りとる。

 そこは対中国政策と同じだ。今も特務機関が中国の内戦を裏から煽っている。

 それと同じ事をアメリカで行うのだ。


 戦前に行っていた麻薬の密輸を再開し、新アメリカ小国家群の白人国家に麻薬を蔓延らせ市民から活力と資金を奪い社会不安を増大させる。

 日本の核攻撃と日本兵の自爆攻撃に晒されたアメリカ兵とアメリカ市民には戦争神経症、後に言う戦闘ストレス反応、いわゆる心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症した者も多いだろう。

 恐らくそれで麻薬とアルコールに溺れる者は多くなる筈だ。

 それに比例して社会における犯罪も増加するだろう。

 国力は更に低下する。


 新アメリカ小国家群の各白人国家には親枢軸政権をつくらせる。

 さらにファシスト党と協力団体を創設させる。  

 親枢軸民兵団体も創設させる。


 史実における第二次世界大戦のフランスではドイツ占領下におけるレジスタンスの活躍の話しがよく聞かれる。

 しかし、その一方で親独政権のビシー政権では「防衛義勇隊フランガルド」や「フランス民兵団ミリスフランセーズ」といったフランス人による親独民兵戦闘組織が創設され、同じフランス人のレジスタンスと戦ったりフランス人スパイの摘発をしていた事実がある。

 更には「フランス義勇軍団」という戦闘部隊も組織され東部戦線に派遣されている。

 それにドイツの武装SS外国人部隊ではフランス人で編成された第33武装擲弾兵師団シャルルマーニュがあった。

 それ以外にもドイツの秘密警察ゲシュタポに協力していた者はフランス全土で軽く1万人を超える。


 フランスの政治団体にしてもビシー政権とは別に「パリ・フロンド党」と呼ばれる政党があった。

 これは親独政党の総称だ。

 マルセル・デアが指導者の「ファシスト国民団体(RNP)」

 ウジェーヌ・ドゥロンクルが指導者の「社会革命運動(MSR)」

 ジャック・ドリオが指導者の「フランス人民党(PPF)」

 マルセル・ブカールが指導者の「ル・フランスイスム」

 こうした親独政党がドイツとの協調・協力を主張し活動している。


 どこにでも勝者の側につこうとする者、媚びを売る者はいるものだ。

 新アメリカ小国家群の各白人国家にもそうした者はいるだろう。そういう者達を結束させて親枢軸派を形成させる。枢軸陣営に尻尾を振る、勝ち馬に乗ろうとするアメリカ人を利用して党と民兵組織を立ち上げさせるのだ。


 日本だけでなく恐らく、いや確実にドイツも新アメリカ小国家群に影響力を持とうとするだろう。

 各白人国家で親独政権や親独政治団体をつくろうとするかもしれない。

 もしかしたらイタリアも。


 北アメリカ大陸は日本、ドイツ、イタリアが新アメリカ小国家群への影響力を競う政治的勢力争いの場になるかもしれない。


 そうなった場合、アメリカの白人は東洋の有色人種よりもドイツやイタリアの方がましだと考える可能性も多分にある。

 その逆にアメリカの有色人種はドイツやイタリアよりも有色人種の日本を選ぶかもしれない。

 

 下手をすると、そのうち新アメリカ小国家群を利用した日本、ドイツ、イタリアの代理戦争が起こる可能性も出て来るだろう。

 日本に与する新アメリカ小国家群VSドイツに与する新アメリカ小国家群だ。

 それにイタリアも絡む。

 

 そうなったらそうなったまでの事。それもまた良しだ。

 だが、直ぐにはドイツも日本との対立は望まないだろう。

 少なくとも自国で原子爆弾を完成させるまでは。


 ドイツ、イタリアとの対立の心配はまだ早い。

 

 それよりもだ。

 まずは白人系工作員を使い新アメリカ小国家群の各白人国家で、過激な旧政権派や共産系の左派、また急進的な学生達を煽り武器と資金を流し、現政権を武力で打倒するように仕向け、反政府勢力を増大させ、小規模な武力紛争を頻発させよう。

 武器はアメリカ敗戦時にアメリカ軍を武装解除した時に押収した物を流せばいい。


 アメリカ共産党は大いに利用してやろう。開戦前の時点でアメリカには共産党員が約6万人もいた。

 党員にはなっていなくても心情的にシンパな潜在的党員は更に多い筈だ。

 民主主義の政府がこのアメリカの事態を招いた以上、共産党が勢力を増大させるいい機会となる。

 

 親枢軸政権と反政府勢力を戦わせ続け平和にはさせない。紛争で国力を消耗させ続ける。

 親枢軸政権をつくらせておきながらその敵対勢力をも支援しようというのだから一種のマッチポンプだ。

 

 もし、アメリカの白人が再び大国アメリカを復活させようとするのなら、まずは自分の属する小国家を纏めるところから始めなければならない。

 そして他の白人政権の小国家をも纏め、更には黒人国家やインディアン国家を打倒し、メキシコからアメリカ南部を奪回しなければならない。

 当然、そこに至るまでには日本とドイツの武力介入を覚悟しなくてはならないだろう。

 しかも、日本は原子爆弾を持っているのだ。


 そう容易くは大国アメリカは復活できない。復活させない。

 それどころか旧アメリカ国民を常に相争わせ血を流させ分裂させておく。

 それも日本は本格的武力介入をする事は避け謀略を主軸とする。


 それが閑院宮摂政の基本戦略だ。


 ただし、これはあくまで青写真であり完成したものではない。


 黒人国家創設一つにした所で、現在のアメリカの州知事やその行政組織の長は全員白人なのだ。

 そうした者達の地位をいきなり奪い、黒人の支配下に入れと言われても素直に頷く者はいないだろう。

 黒人国家の支配地域に住む白人は当然、反対し抵抗するだろう。

 何せ人種差別が一番激しい南部なのだ。


 インディアン国家創設についても同様だ。 


 速やかに行くとは思えない。問題が幾つも出て来る事は間違いない。

 きっと大きな混乱が起こるだろう。


 降伏したアメリカ連邦政府から州政府が分離独立を宣言するかもしれない。

 下手をすればアメリカは内戦に突入する。

 新アメリカ小国家群成立の前に南北戦争再びだ。 


 ただ、それならそれでもいいと閑院宮摂政は考えている。

 血が流れ混乱し社会が不安定になるのはアメリカなのだ。

 日本本土が脅かされるわけではない。 

 アメリカにおける混乱こそは摂政の望むところでもある。


 閑院宮摂政はアメリカの混乱を望みこそすれ、安定は求めていなかったのである。


 また一つの可能性として、ドイツが割譲された地を拠点として新アメリカ小国家群を侵略する可能性もあると考えていた。


 閑院宮摂政は同盟国であるドイツもイタリアも信用していない。

 信用できる筈が無い。


 ドイツはズデーデンがヨーロッパにおける最後の領土的要求と言ったにも関わらず、その後にポーランドに領土割譲を求め、それを拒否されると攻め込んでいる。ソ連との間には独ソ不可侵条約があったが一方的に破棄し戦争を仕掛けている。


 イタリアにしてもエチオピアを侵略して国際連盟から経済制裁を受けた。その後もアルバニア、ギリシャに侵略戦争を仕掛けているし、ドイツのフランス侵攻の時にも漁夫の利を得ようとフランスに攻め込んでいる。


 同盟はしているが油断ならぬ相手だと考えている。

 ドイツもイタリアも平気で国際法を踏み躙る。

 そんな国を信用などできる筈もない。


 これは今の敵側の連合国も同じだ。


 アメリカは中立、中立と言いながら国際法における中立条項を全く守らず破り続けイギリスに大きく肩入れしていた。それ以前は中南米諸国に棍棒外交を行い武力によりアメリカの思い通りにしている。


 イギリスはポーランドとの間に相互援助条約があったにも関わらず、ろくに動かずドイツの征服を許した。しかも、ドイツとの戦いで大西洋航路の安全を図るためにアイスランドに侵攻し占領した。

 アイスランドの場合はまずアイスランド政府にイギリス軍の進駐を要請した。しかし、アイスランド政府はこれを拒否する。するとイギリスは軍を派遣して占領したのだ。

 ドイツの侵略がどうのこうの言っているが、連合国とて同じ穴の狢でしかない。

 史実では勝者になったから問題とならなかっただけなのだ。


 フランスも同じく信用などできない。

 今はペタン首相のビシー・フランスとド・ゴール将軍の自由フランスに分かれたフランスだが、分裂する前のフランスはチェコとの間に相互防衛条約があったにも関わらずチェコを見捨てドイツの征服を許し、ポーランドとの間にも相互援助条約があったにも関わらず、ろくに動かずにこれもドイツの征服を許した。


 ソ連はチェコとの間に相互防衛条約があったにも関わらずチェコを見捨てドイツの征服を許した。それどころかフィンランドに侵攻したりドイツのポーランド侵攻に合わせ、ポーランドに侵攻しドイツとポーランドを分け合った。


 外国の事ばかり言えない。日本も同じだ。

 満州事変により世界的信用を失った。日本がどう言おうと満州事変は外国からすれば日本の侵略行為だ。

 その為、日系移民がいた国では第二の満州事変を自国で起こされるのではないかと日系移民と日本の動向を警戒していた国もある。それが史実であり今回の歴史でも同様だ。


 列強各国において国際法、または条約をきちんと守っている国など一カ国も無いのが史実における歴史であり、今回の歴史でもあるのだ。

 日本も含めて信用ある大国も信頼できる大国も存在しないのがこの世界だ。


 史実における歴史ではアメリカとソ連は第二次世界大戦での勝者となり、その後はこの二大大国が対立する状況となった。

 その中でアメリカとソ連を信頼できたかというと、相変わらずとてもできない。

 アメリカは1964年にトンキン湾で北ベトナムがアメリカの軍艦を攻撃したという捏造を行いベトナム戦争への本格介入を開始した。

 2003年にはイラクに化学兵器があると軍事進攻に踏み切ったが化学兵器は出てこなかった。

 ソ連の方はアフガニスタン侵攻を行っているし、第三世界に大量の武器を供給し陰に日向に紛争を仕掛けていた。 


 大国はどこも身勝手であり、国際法を遵守しない。

 同盟や条約、国際法など紙切れに過ぎない。


 故に閑院宮摂政はたとえ同盟国であろうと他国をあてにしていないし信用もしていないのだ。


 一身独立して一国独立す。


 それが閑院宮摂政の考えだ。


 だからこそ日独伊三国同盟ではドイツとイタリアを日本の都合のよいように利用してやろうという思惑しかない。

 ドイツもイタリアも同じように考えているだろう。


 ドイツとイタリアも一見すると固い同盟関係のように見えるが、史実ではドイツはルーマニアの勢力圏を大幅に広げて「ルーマニア黒海帝国」を築かせ、イタリアへの牽制に使おうとしていた事実がある。


 日独伊三国同盟などと言っているが決して固い絆で結ばれた関係ではないのだ。


 そのドイツとイタリアが新アメリカ小国家群を侵略するなら両国の足を陰から密かに引っ張るいい機会だし、旧アメリカの白人の力を更に削ぐ機会だと考えている。


 

 つまり閑院宮摂政の考えでは枢軸陣営勝利後のアメリカは複数の国に解体する。

 ただし、それを否としてアメリカ国内でアメリカ人同士の内戦の可能性もある。

 解体がうまくいった場合には、まず全ての政府を親枢軸政権とさせる。

 多額の賠償金を払わせる。

 軍備を制限する。

 新アメリカ小国家群の白人国家には麻薬を蔓延らせる。

 ドイツとイタリアにも戦争賠償の一環としてアメリカ本土東海岸に領土を獲得させる。

 反政府勢力を援助し親枢軸政権と戦わせ両者を消耗させるマッチポンプを行う。

 後の情勢はドイツとイタリアの出方次第で大きく変わる。

 そう考えていたのである。


 戦争勝利後にもまだアメリカ人を相争わせ血を流させる。

 北アメリカには常に争いを。

 それが摂政の考えであった……


【to be continued】


【筆者からの一言】


第33武装擲弾兵師団シャルルマーニュについては、かなり説明を省略しています。

この部隊が編成されるまでには、紆余曲折があり、長くなりそうなので割愛しました。

ご了承下さい。


ちなみに第33武装擲弾兵師団シャルルマーニュはフランス人が主力でしたが、スイス人、スウェーデン人、ラオス人、ベトナム人などの外国人も少数ながら所属しており、その中には日本人もいたそうです。


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