摂政戦記 0095話 苦渋
【筆者からの一言】
ルーズベルト大統領の決断。
1941年中旬 『アメリカ ワシントンDC ホワイトハウス』
その日の夜、ルーズベルト大統領はハル国務長官と二人だけで密談していた。
「ハル、我が国の状況は深刻だ。これだけ我が国が一方的にやられているのに。我が方は日本に対し何ら大きな戦果をあげていない。しかも、戦況はますます悪くなっていく」
「ですが大統領。ホワイトハウスへの攻撃は撃退しました。内陸都市や港で暴れていた日本軍もその殆どを殲滅しました。既に空母部隊が西海岸に向かいその地の日本軍を殲滅するでしょう。全てはこれからです」
「確かにそうだが、その代わりに大勢の子供達を誘拐されている。インディアン、ヒスパニック、黒人が武装蜂起している。彼らはバラバラに蜂起しているが、その裏には日本人がいるようだ。同じ有色人種という事で、白人との対決構造にしたのだな。やられたよ」
「確かに人種戦争に持っていかれた事は我が国にとって痛手ですが、それでも我が国の白人は人口の8割です。負けはしません」
「だがな、国内の有色人種が日本に味方したおかげで、彼らと日本の人口と合わせれば、我が国の白人人口を上回る。それに原子爆弾の件もある」
この時代、日本の人口は内地、朝鮮、台湾等の「大日本帝国」の領土全てで約1億500万人であり、満州の人口4300万人を加えると約1億4800万人となる。
史実で言う所の「1億火の玉」「1億総特攻」の1億は、その内地、朝鮮、台湾を含めた数字から来ている。
原子爆弾による詳細な被害は不明なので、開戦前の時点で言うとアメリカの人口は約1億3000万人。そのうち約2600万人が有色人種であり、1億400万人が白人だ。
人口だけで言うなら日本の勢力はアメリカを凌駕する事になる。
ただし、必ずしも全てのインディアン、ヒスパニック、黒人が政府に牙を剥いたわけではない。
中にはアメリカ政府に忠誠を示す事で、己が所属する人種の地位を向上させようと考えている者もいたし、単純に公権力に従う事を選んだ者も大勢いたからだ。
「ハル、極秘に日本との講和の可能性を探ってほしい」
「講和ですか」
「ああ、あまりにも今回の戦いは犠牲が多い。
日本との戦争がこれほどの犠牲を伴うとは想定外だった。
それに今の我が国では原子爆弾に対抗できない
今日、科学者グループが報告して来たよ。我が国が原子爆弾を完成させるのには数年はかかると。
信じられない事だが、この兵器では日本はこちらの数年先を行っている。
このままでは我が国は絶滅の危機に瀕する」
「大統領、原子爆弾は威力が大きすぎる兵器です。下手に使えば日本の味方になっているインディアン、ヒスパニック、黒人をも巻き込みかねません。そうそう使える物ではないでしょう」
「わからんぞハル。ロサンゼルスやサンフランシスコには多くの日系人がいたが躊躇なく原子爆弾を使っている。数万人の日系人が犠牲になったかもしれない。同胞の犠牲にさえ目を瞑るのなら他の人種なら尚更気にしないだろう。それにカンインノミヤは絶滅戦争という言葉をグルー大使に聞かせているぞ」
「国務省では絶滅戦争の件はブラフだろうという分析が出ております。駆け引きだろうと。
双方が本音を隠して芝居を演じるのが外交です。
外交交渉では最初に強気に出たり大袈裟な話しをして、本当の狙いを相手に受け入れやすくさせる手は常套手段です。
もし、本当に絶滅戦争をする気なら黙って原子爆弾を我が国にばら撒けばいいだけですが、日本はそうしていません。
原子爆弾にも限りがあるのか。他に使えない何らかの要因があるのか。
だからこそ我が国にあの狂った兵士達を送り込んでいるのではありませんか?
日本はアメリカとの国力差から早期にこの戦争を終わりに持っていきたい筈です。
ともかく、今ここで日本に譲歩するのはよくありません」
「しかし、もし違っていたら。あと数十発も持っており、それを使われたらアメリカは終わりだ。
ともかく講和の条件を探る事だけでもしておいてほしい。
日本は何を望むのか。それを知ってから後は考えよう」
「わかりました。早速グルー大使に指示を出します」
一礼して部屋を出て行くハル国務長官の後ろ姿を見ながらルーズベルト大統領は大きく息を吐き出した。
もしかしたら私は歴代アメリカ大統領の中で初めて……
そこで強引に思考を断ち切る。
それはあまりにも考えたくない事だったからだ。
ルーズベルト大統領は暖炉に燃える火を見ながら例えようもない不安に身を包まれているかのような感覚をその身にひしひしと感じていた。
【to be continued】
【筆者からの一言】
ルーズベルト大統領はどうやら戦争を諦めたようです。




