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摂政戦記 0090話 扇動②

【筆者からの一言】


当然この人達にも声をかけるわけで…というお話。


 1941年12月中旬 『アメリカ ミシシッピ州パスカグーラ』


 パスカグーラはメキシコ湾岸にある港町だ。

 1938年に民間のインガルス造船所ができ小型の民間船の建造を開始した。

 史実ではその後、1950年代に海軍との艦艇建造契約を結ぶ事に成功してから造船の町として発展を始める。

 それ故に、1941年の時点ではパスカグーラの規模はまだ小さい。


 ある夜、その港町の一角にある一つの倉庫で集会が開かれていた。

 数百人もの黒人が集まり熱気にあふれている。

 その中の一人が熱弁をふるっていた。


「今、日本が攻めて来ていて白人は日本と戦うので精一杯だ。

西じゃあインディアンやメキシコ人も立ち上がった。

今がチャンスだ! 立ち上がるんだ兄弟! 俺達の国をつくるんだ!」


 その言葉に頷く者や「そうだ!」「そうだ!」と同意する者は多い。


「いいかこのミシシッピの人口の半分は俺達黒人だ。

俺達みんなで戦えば白人を追い出せる!

見ろこの武器を!

日本がわけてくれたんだ。武器ならある!」


 そう言って指さした所には木箱が大量にあり、その傍にいた数人の黒人が箱の蓋を開け、中の物を手に取り両手で高々と掲げて見せた。小銃だ。

 数人の男が全員、小銃を掲げて見せる。


「「「「「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ」」」」」」」」」」


 どよめきが起こった。

 どの顔も興奮に彩られている。

 

「それだけじゃないぞ!」

 そう言うと男は振り返り通路の後ろにいる男の一人に合図を送る。

 合図を送られた男は頷き横手の見えない位置に手招きをするような仕種をした。

 そこから男達が現れた。


 集会に参加していた者達がビクッと身をすくめ逃げ腰になる。


「大丈夫だ! 味方だ兄弟! 日本兵の皆さんだ!」


 そこに現れたのは黒い軍服を着て武装している十数人の東洋人。

 この武装集団こそは閑院宮摂政が長い年月をかけて作り上げて来た、対アメリカ決戦用強襲部隊「桜華」であり、その「乙班黒桜隊」だった。


「日本が力を貸してくれる! 日本は俺達、黒人の国を認めてくれると約束した!

お前らの中にも見た奴がいるだろう。

日系人が白人に虐められているのを!」


「見た事があるぞ!」「俺もだ」「俺もある」

 何人かの黒人が同意した。


「日本人も白人を憎んでいる!

俺達と同じだ!

だから今、戦争をしているんだ!

日本と力を合わせて白人と戦うんだ!

つくるんだ俺達の国を!!」


「俺はやるぞ!! 武器をくれ!!」

 一人の黒人が雄叫びをあげた。

「俺もだ!! もう白人のリンチに脅えるのはうんざりだ」

「俺にも武器をくれ!!」

「俺にもくれ!!」

 次に続く者が続々と現れる。

 集会にいた者達に次々に銃が手渡されていく。


「行くぞみんな!! 白人をぶっ殺せ!!」

「「「「「「「「「「「オォッ!!」」」」」」」」」」


 黒人の反乱が始まった。


 だが、その反乱はパスカグーラだけではない。

 他にも幾つもの町で反乱の火の手が上がっていたのである。


 この時代、黒人の人口はアメリカ人全体の1割程度しかない。

 しかし、地域別に見ると黒人の住んでいるのは南部に偏っている。

 南部の大規模農園(プランテーション)で働くために黒人奴隷が連れて来られたという歴史があるからだ。

 黒人人口の約9割が南部に住んでいる。

 そうした経緯からミシシッピ州などは人口の4割以上が黒人だ。


 南部にはそういった黒人の比率の高い州が幾つかある。


 史実においては第二次世界大戦の発生で北部や西部で軍需産業における労働力の必要性が増大した事から、人口の移動が起こっている。

 南部での差別と迫害に嫌気がさした黒人達が大量に西部や北部に移住したのだ。

 軍需産業に雇用される者、軍需産業に転職した者や軍隊に入った者の穴を埋めるように雇用された者など色々だった。


 しかし、今回の歴史ではその黒人の北部や西部への大移動が始まる前にアメリカ本土内で日本との戦争が始まった。

 その為、大移動は起こっていない。史実に比べれば少数の者達が先駆け的に移動したぐらいである。


 故に史実よりも南部の黒人人口は減っていない。

 

 これまで何代にもわたり白人に差別され迫害されて来た黒人達は、この日本の戦争を奇貨として遂に立ち上がった。

 まだ、その数は黒人全体からすれば極僅かなものだ。

 しかし狼煙は上がったのだ。

 

 黒人達に武器を与え扇動したのは閑院宮摂政麾下の黒人工作員である。

 何年も前から小さな企業を起こし黒人社会に溶け込み指導者的な者達の一角に食い込んでいた。

 そして血気に走りやすい若者達の扇動役となる。

 そして遂に立ち上がる時が来たのだ。


 黒人集会で扇動した工作員に同調する発言をしていたのも実は工作員の一員だ。

 所謂、偽客(サクラ)である。


 摂政麾下の工作員には白人、ヒスパニック、黒人、日系と色々な人種がいる。

 その多くは孤児達だった者である。

 特にヒスパニックと黒人は閑見商会に所属する貨物船の者達がアメリカで密かに拾い、それを工作員を育てる機関に渡し工作員として育てて来た者達だ。

 その数は、かなりの数に上っている。


 こうした黒人工作員による扇動集会が南部の幾つもの町で行われていた。

 小さな港町なら少人数の「桜華乙班黒桜隊」が、漁船や小型船で密航しその姿を見せ黒人達を勇気づけた。


 黒人の多いミシシッピ州、ルイジアナ州、アラバマ州等は扇動する言葉は殆ど変わらない。


 ただし、オクラホマ州では少し違っていた。


 オクラホマ州では過去に黒人達が黒人州の設立に動いてた歴史がある。


 元々オクラホマはアメリカ政府が全米のインディアンを集めて暮らさせようとしていた事もある土地だ。

 その為、多くのインディアンが移住させられた。


 その中には早くから白人社会と交わり、白人文化の影響を受けて、白人との交易の中で黒人奴隷を持つ部族もあった。チェロキー族、セミノール族、クリーク族、チョクトー族、チカソー族と言った部族だ。

 黒人奴隷の男に畑を耕かせ、女の黒人奴隷には子供の世話から色々な雑事をやらせて暮らしている。そこは白人と変わらない。


 ただ、クリーク族とセミノール族は奴隷に優しく、部族の一員に加えたり婚姻も結んだという。

 チョクトー族、チカソー族、チェロキー族らは白人と同じように黒人を扱ったらしい。


 南北戦争後、黒人奴隷は解放される。

 その過程においてオクラホマ州に住むインディアン達も当然、黒人奴隷を解放した。

 しかし、幾つかの部族はただ解放しただけではない。

 自分達の土地を分け与えたのだ。

 黒人の中でも数少ない土地を持つ解放奴隷の誕生だ。

 

 そうした土地を持ったオクラホマの黒人は他州の黒人に比べ幸せだった。

 自由があり仕事があり迫害が無い。

 そうしたオクラホマの話しを聞きつけた南部諸州から黒人が流入する。


 土地持ちの黒人を中心に黒人の町が造られ、自治体が幾つもつくられた。

 1920年の時点でオクラホマには黒人の自治体が50はあったようだ。

 中でもボーリーは一時期は7000人の黒人が住み、黒人自治体で初めて銀行ができるなど発展した。

 他の州にも黒人自治体はあったが二桁も自治体が作られた州は無い。

 遂にはオクラホマを黒人州にしようという運動が起こり、更に独立を見据えた組織も出来る。


 だが、しかし、それを許すほど白人は寛容では無かった。

 オクラホマの白人が潰しにかかる。

 その一例が1921年の「タルサ人種暴動」と呼ばれるタルサの町で起きた人種暴動だ。

 白人達がタルサの町の黒人街を襲い略奪と放火を行った事件だが、対外的には黒人の武装蜂起を白人が鎮圧したという発表が為されている。

 

 結局、オクラホマの豊かな土地に流入する白人からの迫害を止められず、更には世界大恐慌の煽りを受けた黒人自治体は経済的に行き詰り、黒人住民が新天地を求める事で解散したり潰れたりしていった。


しかし、まだその地に残っている黒人達はいる。

 一度はその胸に黒人州の設立を、黒人国家の創設を夢見た者達は残っている。


 黒人工作員達は彼らを説得し、焚き付け、扇動し、日本との戦争を最大限に生かして黒人国家創設の夢を再び燃え上がらせようとしていたのである。

 その説得に応じた者もいた。


 特に若者達は黒人国家創設の話しに興奮した。

 既に、過去の黒人州や黒人国家創設の話しは彼らの生まれる前の話しでしかない。

 生まれた時から白人には媚び諂っているのが黒人だ。

 そんな生活に嫌気のさしている若者は多い。


 既にインディアン、ヒスパニックも立ち上がっている。

 今度は我々、黒人の番だ!

 そういう思いに捉われ興奮し立ち上がる者は少なくなかった。


 こうして黒人扇動工作員達は黒人を白人との戦いに駆り立てて行く。


 そして黒人達の自由と未来を賭けた決死の戦いが始まる。



  閑院宮摂政は日米の戦いをインディアン、ヒスパニック、黒人を扇動する事で、白人対有色人種の戦いにその性質を変えたのだ。


 これにてアメリカは当初の予定とは異なり人種戦争に突入する事になったのである。

 

 

【to be continued】


【筆者からの一言】


日米戦争は日本とアメリカの単純な戦いから有色人種VS白人へとその様相を変えました。

敵を減らして味方を増やす。戦略の常道ですね。

ただし摂政はアメリカの有色人種に対して同情も信頼もしていません。ただひたすらいいように利用してやろうという気が満々です。状況によっては平気で使い捨てにする事でしょう。


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