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摂政戦記 0035話 気球の正体 

【筆者からの一言】


ちょっと回想。


1940年初頭 『日本』


 閑院宮総長の指示で閑見商会が東北を救い、蒟蒻芋と和紙の生産が軌道に乗り始めた頃、総長は次の手を打つ。

 それは5年程前の事である……



【回想】1935年 『日本 東京 陸軍参謀本部 参謀総長室』 


「あぁよく来てくれた近藤君」


 国○科学工業株式会社の近藤社長に、にこやかに話しかける閑院宮陸軍参謀総長の様子は上機嫌そうに見えた。


 会社の大株主であり莫大な研究資金の提供者であり皇族であり陸軍の重鎮である閑院宮総長の様子に近藤社長は胸の内で悪い話ではなさそうだと安堵する。


 「早速だが用件に入ろう。対ソ戦用の気球爆弾が完成したのは喜ばしい。後は有事に備え生産ラインを整えておく事が必要だな」


「仰る通りであります。閣下」


 近藤社長も元は陸軍軍人であり、それ故にソ連の脅威を常に感じ「気球爆弾」という対ソ連用の兵器を構想した。しかし陸軍ではその構想を理解してくれなかった為、やむを得ず野に下り民間の研究所を立ち上げ研究に勤しんだ。 


 その時、「気球爆弾」の構想に賛同し資金提供を申し出てくれたのが、目の前にいる閑院宮陸軍参謀総長である。当時はまだ参謀総長ではなく議定官の職にあり勲章等の授与についての是非を問う役割りを担っていた。

 まさか、そういう雲の上の人が自分の研究に注目し、その有効性を信じ、資金提供までしてくれると聞いた時は涙が出るほど嬉しかった。

 以後、研究は何不自由する事無く進められる事になる。

 それが今回の歴史だった。


 史実では野に下り研究を続けた近藤社長の成果も後には陸軍から評価され関東軍で対ソ連用の気球兵器が完成している。


 それはさておき、閑院宮総長は上機嫌なままに用件の続きを口にする。


「うむ。それはそれでよい。対ソ戦用の気球爆弾が一区切りついたところで、君には新たな研究を一つ頼みたいのだ」


「新たな研究でありますか? どのような研究でありましょうか?」


「対アメリカ用気球爆弾だ」


「アメリカですか……」


 近藤社長は驚いた。

 これまで、閑院宮総長とは何度かお会いし「気球爆弾」について質疑応答をして来たが、今まで対アメリカ戦という話は一切出た事が無かった。

 それに陸軍は長年、対ロシア戦、後に対ソ連戦を想定し戦略を練り上げてきている。

 陸軍出身の近藤社長も当然、その陸軍の風潮に染まっており、対アメリカ戦という考えは全くなかったのである。


 その近藤社長の驚きに応えるかのように閑院宮総長が思う処を述べ始めた。


「儂と海軍の伏見宮総長は、あと10年以内にアメリカとの戦いが始まるだろうという事で見解が一致している。想定されるこれからの国際情勢と日本の立場に、アメリカの対アジア戦略を重ね合わせると、そういう見解となったのだ」


「な、なんと……」


 まさか、海軍も絡んでの見解とは、近藤社長も想像外だった。言葉が出てこない。


「そこで問題となるのは海軍の戦力だ。軍縮条約の影響で日本はアメリカよりも戦力が少ない。対等に戦える対米七割のラインを切っている。これは致命的だ。

しかも昨年末に我が国はワシントン海軍軍縮条約の破棄を通告した。

条約の有効期限はあと2年。

2年後に建艦競争が始まるだろうが、内密に調査させたところアメリカの国力は我が国の10倍という数字が出た。

建艦競争を始めれば我々は負ける。

そして戦争ともなれば不利は免れない。

海軍の伏見宮総長も憂慮しておる。

陸軍としてもこれは放ってはおけん事態だ。海軍だけに任せ手を拱いているわけにはいかん。

しかし常道では勝てん。

そこで奇策が必要だ。

だからこその対アメリカ用気球爆弾なのだ」


 近藤社長は愕然とした。今までは対ソ連戦しか頭になかった。

 だが、確かに閑院宮総長の言う事も尤もだ。

 とは言え太平洋の遥か向こうのアメリカ大陸を目標にするのは非常に難しい仕事となるだろう。

 難題ではあるが、それでも国のためにはやらねばならない。

 閑院宮総長に言われて「無理です」だの「出来ません」とは言えない。

 近藤社長は腹をくくった。


「どうだ。やってくれるかね?」


「お任せ下さい。万難を排してやり遂げてご覧に入れます」


「うむ。その言葉を待っていた。

実は頼みたい研究はもう一つあるのだ」


「もう一つ、と申しますと?」


「うむ。それはな……」


 閑院宮総長の話を聞き近藤社長は絶句した。

 直ぐには言葉が出なかった。

 正直、「閑院宮総長、正気ですか?」と言いたくなった程である。

 あまりの無理難題に目の前が真っ暗になりそうだった。

 だが、拒否はできない。

 この日より近藤社長は日々頭を悩ませながら閑院宮総長の課題に取り組む事になる。


 更には閑院宮総長の特別の指示により、その対アメリカ用気球爆弾の原材料には東北で生産された和紙と蒟蒻芋から造られる蒟蒻糊が使われる事となった。


 そして暫く後、対アメリカ用気球爆弾は完成を見る。

 その対アメリカ用気球爆弾は閑見商会の工場で東北出身の少女達の手により、表向きは阻塞気球として生産が開始された。


 史実における秘匿名「ふ号兵器」所謂「気球爆弾」、「風船爆弾」とも呼ばれる兵器が、史実よりも4年も早く完成し量産体制に入ったのである。


 この事を閑院宮総長の他はごく一部の者しかまだ知らない。

 陸軍上層部でさえ知らず、陸軍が保有している気球は全て阻塞気球だと思い込んでいる。


 この歴史において閑院宮総長は着々と対アメリカ戦の準備を整えつつあった…… 


【to be continued】

【筆者からの一言】


第32話にて総長が100万基造れと言っていますが、流石にそんな数はできません。

はっぱをかけただけです。

今回の歴史では早くから蒟蒻芋と和紙の生産に力を入れ、その運送ルートを整備し工場も建て、効率よく生産されていますから、史実の月産量の約2倍程度は生産されています。

しかも史実より4年も早く量産体制に入っています。


それはもう史実で使われたよりも遥かに多くの風船爆弾が……


ただし、4年前に製造された気球爆弾が使用できるか否かは今の所不明。和紙と蒟蒻糊で製造された気球の耐用年数は果たして如何ほどなのか……


なお、今回の話しで総長が海軍の伏見宮総長と見解が一致していると言っていますが真っ赤な嘘です。

危機感を抱かせ仕事を促進するためのハッタリです。

総長は同じ日本人であっても平気で人を騙す人なのです。

まぁ226事件では容赦なく自らの手で将校を殺害しているんですから嘘をつく事ぐらいどうという事もないのでしょう。

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