摂政戦記 0079話 困難
【筆者からの一言】
アメリカの現状&アメリカ政府の苦悩、もしくは苦い反省
1941年12月12日 『アメリカ ワシントンDC ホワイトハウス』
誰もが青ざめていた。
書類を持つ手が震えている者もいる。
この事について発言したいがあまりのショックに言葉が出て来ない者もいるようだ。
それがホワイトハウスの会議室にいる者達の状態だ。
そしてルーズベルト大統領も愕然としている。
ようやくアメリカ全土における被害の全貌が見えて来た。
開戦初日にアメリカは甚大な被害を被った。
被害が出ているとは思ったが、これほどの被害とは誰も思わなかった。
どのような兵器が使われたかは確実にはわからない。
しかし大西洋岸ではニューヨーク州ニューヨーク、ペンシルベニア州フィラデルフィア、メリーランド州ボルティモア、マサチューセッツ州ボストン、バージニア州ノーフォークが壊滅した。
メキシコ湾岸ではルイジアナ州ニューオリンズ、テキサス州の沿岸大都市ヒューストンが全滅した。
太平洋岸ではカリフォルニア州のロサンゼルスと、サンフランシスコにサンディエゴ。ワシントン州のシアトルとプレマートンが潰滅した。
これら9個の沿岸大都市と3個の軍事重要港が一気に失われた。
太平洋岸ではグランドクリークダムとボールダーダムの二つの巨大なダムが破壊された為、水や電力を供給していた地域において憂うべき事態が発生している。
特にボールダーダムの下流ではダムの破壊により生起した洪水でとてつもない被害が出ている。
アイアン・レンジと五大湖周辺の軍需工場も破壊され、軍需生産に大きな悪影響が出始めている。
中西部と南部では大陸横断鉄道が破壊されたために東部と西部の交通が遮断され、内陸部の州では物流に悪影響が出始めている。
更に全米17の中小港と、内陸の中西部から南部にある主要30都市で無差別大量殺戮と戦闘が起こっている。
しかも内陸主要都市での戦闘には火炎放射器が使われており、大火災を起こしている都市が幾つもある。
既に死者の概算は500万人を超えた。
負傷者は1000万人を超える。その中には重傷者も含まれている。
家を失い難民と化した市民は1500万人。
この国の人口は1億3000万人だ。
約11%の人々が家を失い難民と化している。
約8%の人が負傷している。
既に約4%の人が亡くなっている。
この数字もまだまだ増える事が予想されるのだ。
家を失わなくても電気や水道が止まり生活に支障が出ている国民も多い。
内陸部では鉄道が破壊され生活に必要な物資が届かなくなった地域もある。
これらの負傷者と難民と生活に支障が出ている国民の生活を支えるだけでも大変な事態だ。
それ以外にもまずい事にフォートノックスが敵の手中に落ちた。
連邦政府の保有する金塊、銀塊が敵の手に渡ってしまった。
ここにある大量の金塊と銀塊はアメリカという国の経済における重要な信用の裏付けでもある。
もし、奪われたままになれば、対外的にドルの信用度は急落する。
ただでさえ、国内がこれだけ痛めつけられているのだ。それだけでもドルに対する信用度はガタ落ちだろう。更にそれが悪化する。
早急に何としてでもフォートノックスを奪回し金塊と銀塊の存否を確認しなくてはならない。
だが、今、気になるのは日本がニューヨークを始めとする沿岸大都市をどうやって壊滅させたかだ。
その件についてイギリスから大都市の破壊は原子爆弾によるものではないかとの情報提供があった。
原子爆弾なる特殊兵器なら大都市一つを破壊するのも容易いらしい。
馬鹿な!
アメリカは未だ研究に取り掛かっていない。イギリスでも研究中でまだ完成させていない科学の最先端を行く特殊兵器を日本が既に完成させ実戦配備していただと!
有り得ん!!
認めたくはない。
だか、そうでなければ話しの辻褄はあわない。
イギリスからの情報提供があった時、付随していた情報からドイツも原子爆弾を研究中とわかった。
ならばドイツが完成させ日本に渡した可能性もあるのではないかとも考えた。
しかし、それならドイツが直接イギリスやソ連に使わない理由がわからない。ドイツも戦争中なのだ。
使用した数が数だし、やはり日本が独自に完成させ使用したと考える方が自然だろう。
日本の兵器についてはフィリピンから日本の戦闘機が高性能で我が軍の機体では太刀打ちできないとの報告も入って来ている。
信じられない事だが、どうやら日本は予想以上に高い軍事技術力を持っているらしい。
予想外の事態だ。
道理で宣戦布告と同時に無条件降伏を要求して来たわけだ。
我々は誰もその要求を本気にしなかった。
笑いさえした。
馬鹿にさえした。
東洋のちっぽけな島に住む日本人に何ほどの事ができると嘲笑っていた。
それが今の状況はどうだ!!
馬鹿だったのはどちらだ。
浅はかなのはどちらだ。
侮るべきではなかった。
日本を侮るべきではなかった。
かの国は常に不利な状況でも勝って来た。
かつてロシアに勝った時もそうだった。
世界中が日本が負けると思っていた中で敢然とただ一国で立ち向かい勝利した。
あの時は世界中がひっくり返ったものだ。
それを見て来た筈なのに、我々は何も学んでいなかった。
日本を理解していなかった。
悔やんでも悔やみきれない。
自国が大国だと驕っていたのは、かつてのロシアと全く同じだ。
アメリカはロシアの二の舞を演じてしまった。
日本軍は今も我が国国内で暴れ回っている。
姑息にも開戦前からかなりの人数を我が国に潜入させていたようだ。
現在、アメリカ陸軍は書類上では164万人いる。
昨年、第二次世界大戦の勃発と共に州軍を連邦軍に編入し、徴兵制による増強も始めたからだ。
しかし、現状では全く足りない。
沿岸大都市周辺の部隊は災害救助活動で手一杯だ。
被災地での消防隊を助けての消火活動や負傷者の救助と捜索。
医療活動の支援。
難民と化した市民達が必要とする食料、医薬品、衣料品等の救援物資の調達と輸送と分配。
仮設テントの設置。
幾ら手があっても足りていない。
それにアメリカ軍は国外にも兵力を配置している。
本土以外のフィリピン、ハワイ、パナマの防衛にあてったいる部隊もあるのだ。
そうなると戦える部隊は限られてくる。
そもそも164万人いるとは言っても実際に銃を持ち戦う兵士は少ない。
時代の変化、戦闘方法の変化により軍隊の有り様は変わった。
陸軍の人員のうち約25%は航空隊だ。
残る75%の人員で、実際に銃を持ち戦闘するのは約31万人でしかない。
他は後方要員だ。
近代以降の軍隊は後方部隊の割合が大きい。
特に技術の発展により武器、通信、機動力が大幅に向上したので戦場が各段に広がった。
また主要武器が火器となり、弾丸、砲弾を湯水のように使う時代になってからは、その供給が重要となり輸送部隊は増大する傾向にある。
砲兵部隊は大型化し人員も増える。
車両や武器の構造も複雑となり整備を専門とする部隊が無ければ充分な力を発揮できない。
史実における後世、冷戦以後の主要大国各国における師団では純粋な歩兵の人数はもはや約20%程度でしかない。国によってはもっと低い所もある。
史実における後世において軍事が語られる時、戦力の2割~3割を失えば全滅等という言葉が散見されるが、それはこうした軍の割合から見て歩兵という兵種の少ない時代にあてはまるケースだ。
兵力の2割~3割を失えば、それはもう前線での歩兵は殆ど残っておらず、戦線を維持できないからこそ言われる事である。
時々、それを中世時代に当て嵌めて、戦力の2割~3割を失えば全滅等と語られている場合もあるが、それは違う。中世時代と近代以降では戦闘のやり方が本質的に違うのだ。
我が国の沿岸大都市で災害救助に人手を取られているだけでも大変なのに、東西南北で戦闘が発生している。
とても兵力が足りない。
しかし、現状では新たに徴兵しようにも、これだけ国内が混乱していては無理だ。
それでも本土内で暴れている日本軍は陸軍、警官隊、自警団を総動員して対処すれば日数はかかるが何とかなるだろう。
だが。それで終わりではない。
既に先遣隊らしき部隊が西海岸の一角に取り付いている。
何れ日本軍の本隊が太平洋を渡って来る筈だ。
それをどうやって防ぐ?
既にハワイにあった太平洋艦隊の主力は壊滅した。
空母2隻を中心に戦闘グループを作り日本艦隊に対抗しているが、それもどこまでもつかわからない。
西海岸でも原子爆弾のせいで、プレマートンで修理中の戦艦コロラドが失われた。
サンフランシスコでは駆逐艦6隻と潜水艦5隻が失われた。
サンディエゴでは空母サラトガ、軽巡洋艦コンコード、駆逐艦3隻、潜水艦4隻が沈んでいる。
大西洋艦隊の主力はノーフォークで壊滅した。
まだ、太平洋艦隊には空母グループ以外にも洋上行動中の部隊が幾つかあった。
それを全部掻き集めれば巡洋艦3隻、駆逐艦10隻、潜水艦9隻にはなる。その多くはにはハワイに集結命令が出されている。
これでハワイには、空母2隻を中心にした戦闘グループを含めれば残存する太平洋艦隊の殆どの戦力が集結する事になる。
無傷の戦闘艦艇は空母2隻、重巡洋艦14隻、駆逐艦52隻、潜水艦14隻。
それにフィリピンには巡洋艦3隻、駆逐艦13隻、潜水艦27隻がある。
かなりの戦力に見えるがそれでも足りない。全く足りない。
日本の艦隊は1隻も失われていないのだ。
日本は空母9隻、戦艦10隻、巡洋艦36隻、駆逐艦93隻、潜水艦57隻を有している。
しかもパールハーバーの戦いが示すように今や空の時代だ。
空母が重要となる。
しかし、その空母の数が致命的なまでに劣勢だ。
太平洋でのパワーバランスは完全に逆転している。
しかも太平洋艦隊には深刻な問題がある。
燃料だ。
西海岸の主要港は原子爆弾で破壊されてしまった。
その時に海軍、民間を問わず艦船用燃料タンクも破壊され炎上してしまった。
港は残骸と化し燃料を供給できない。
それに加えて港で何隻もの船が沈んでしまっている。
つまり港として復旧させるには、まず港内に沈んでいる船を引き揚げる所から始めなければならない。
そうしなければ港に入港すらできない。
艦船用燃料タンクの新たな建設も必要となる。
これは西海岸だけの問題では無い。東海岸もメキシコ湾でも同様の問題を抱えている。
太平洋艦隊にあるのはフィリピンと真珠湾とアリューシャン列島のダッチハーバーにある燃料しかない。
それが尽きれば動けなくなる。
アラスカのアンカレッジ港やジュノー港にも燃料はあるが、これは民間用だし、アラスカに住む市民の暮らしに必要だ。それに元々量的には大量にあるとは言い難い。アラスカの人口は約7万人でしかないし、その中には昔ながらの暮らしをしている原住民も含まれるのだ。
取り敢えずカナダ政府にカナダにおける太平洋岸最大の港湾都市バンクーバーを軍港として使わせてもらえないか、また燃料を提供してもらえないか国務省が交渉にあたっている。
それにメキシコだ。
アメリカの隣国であり石油輸出国。
幸いにもメキシコは我が国に同調し日本とは国交断絶を宣言した。
太平洋沿岸のメキシコの港を利用できれば楽になる。
候補としてはマンサージョ港とアカプルコ港とサリナクルス港が上がっている。
マンサージョ港は鉱物資源の輸出が主要な大型港だ。
アカプルコは首都メキシコシティの太平洋側の外港にあたると言っていい港で昔から貿易が盛んだ。
サリナクルス港はまだ三十数年の歴史しかない新しい港だが、それは太平洋岸への石油の中継地としての役割を持っている。
メキシコの油田はメキシコ湾岸沿いにあり太平洋側には無い。
そこで太平洋側に石油を供給するための太平洋側の中継点として選ばれたのがサリナクルスだ。
この地域はメキシコ湾と太平洋を隔てる距離が短い地域だ。その距離は約200キロ。
だからまず鉄道が建設されメキシコ湾近くのミナティトラン製油所から石油製品がサリナクルス港に運ばれるようになった。その後は石油パイプラインがサリナクルスまで建設され石油精製所も建設された。
メキシコの石油と港を利用できるようになれば、かなり楽になる。
今、国務省がメキシコ政府と交渉中だ。
アメリカの主要港が壊滅した今、カナダとメキシコを利用する以外に手は無い。
それに真珠湾には石油生産国のメキシコとベネズエラから燃料を買い付けタンカーで運ぶしかないだろう。
こうした中で日本軍を迎え撃たなくてはならないのだ。
しかも相手は原子爆弾を持っている。
これ以上、アメリカ国内で原子爆弾を使われればアメリカ国民が全滅しかねない。
何としてでも防がねばならない。
そうしなければ本当にアメリカは滅んでしまうだろう。
原子爆弾以外にも問題はある。
日本兵は狂っているという事だ。
笑いながらアメリカ人に突撃し自爆する狂った兵士。
こんな相手は見た事がない。
どの報告でもそれにより国民が怯えているとあった。
当然だろう。
自爆するなんて正気じゃない。
だが、そんな狂った兵士を相手にしなければならないのだ。
アメリカのグルー大使からは、カンインノミヤが
「日本人が死に絶えるか、アメリカ人が死に絶えるかの戦争だ」
と言っているとの報告があったが、この自爆する日本兵を見ると、それは本当の事を話しているとしか思えない。
日本はアメリカ国民を皆殺しにする気だ。
皆殺しにする気で戦争を始めている。
何という事だ……
更にはそれ以外にも問題はある。
国民の生活を支える民需用としての石油だ。
国民生活を支えるだけの石油の輸送ルートを確立しなければならない。
これまで最も人口の多いアメリカ北部は必要な石油を南部から海路タンカーで運び入手して来た。
しかし、メキシコ湾岸の港も東海岸の港と石油タンクは軒並み壊滅的被害を受けている。
すぐに復旧は無理だろう。
しかも大西洋沿岸航路において機雷が発見された。
何隻か被害が出ている。
恐らく日本が行ったものだろう。
何という狡猾さか!
これから本格的に冬を迎えるというのに。
もう迎えている地域もあるのに。
暖房用燃料の供給がストップすれば特に北の北東部では凍死者が出かねない。
ガソリンもストップすれば車を動かす事もできず生活に支障の出る者は無数に出る。
何としてでも石油を北部に供給しなければならない。
そうしなければ人口の多い北部の国民生活は破綻する。
急場の手段として陸路移送するしかない。
だが内陸部で日本軍が跳梁していてはそれもままならない。
まずは治安の確立を急ぎ図らねばならない。
取り敢えずはカナダ政府とバンクーバーの件とも合わせて、アメリカ北部にカナダから陸路、石油の供給を行えないか国務省が交渉にあたっている。
まずい事態だ。
アメリカは最悪の状況にある。
これで日本軍と戦えるのか?
日本と戦うには海軍を再建しなければならない。
しかし、多くの造船所が失われてしまった。
造船所の問題もあるが、最も重要なのは専門的な技術者と熟練労働者も多くが失われている事だ。
技術者はそう簡単に代替がきくものではない。
熟練労働者もそうだ。
どれだけ労働者を増やそうが、それを指導し技術を教え込む技術者と熟練労働者が現場にいなければ作業は捗らない。
それまで、農場で働いていた、または他の分野の工場で働いていた者達を造船所に連れて来ても、指導的立場の者がいなければ何もできやしない。
その造船所さえ多くが破壊されてしまっているわけだが。
これは他の軍需工場にも当てはまる。
取り敢えず生き残った技術者や熟練労働者を、破壊から免れた造船所や軍需工場に送り込もうとは思うが、現状ではどこもかしこも大混乱で技術者や熟練労働者の件は後回しになっている。
それより負傷者や難民への対応で精一杯だ。
海軍の再建には相当な時間がかかるだろう。
これでは、無理かもしれない……
アメリカが海軍を再建するまで日本が待ってくれる筈もない。
これ以上、日本と戦うのは無理かもしれない……
国内に多数の難民を抱えたまま、大勢の負傷者を抱えたまま、造船所や軍需工場、港、鉄道を再建し、石油の流通ルートを再構築し、更に大規模な軍隊を編成する事など、幾らアメリカが大国でも難しいと言わざるを得ない。
ホワイトハウスに集った政府閣僚が直面した問題は、とてつもなく厄介で困難なものであった。
既に閣僚の何人かは講和を考え始めていた。
だが、問題は更に増えていく事態になる。
まだ、ホワイトハウスには空から気球に乗った日本兵がアメリカ西部と中西部に舞い降りて来ている報告は届いていない。
数日のうちに日本側の新たな作戦が発動される事をホワイトハウスは知らない。
ホワイトハウスの苦闘と苦悩は、まだ始まったばかりだ。
その事を閣僚達は後に知る事になる……
【to be continued】
【筆者からの一言】
くっくっくっ、まだまだ日本の攻撃は終わらないよ……




