摂政戦記 0074話 認知
【筆者からの一言】
ようやく表舞台に。
1941年12月10日 『日本 東京』
前夜に行われた大本営政府連絡会議で、アメリカで何が起きているのかを知らされた陸軍参謀総長、陸軍参謀次長、海軍軍令部総長、海軍軍令部次長らは、翌朝、部下達にその情報を明らかにした。
これは閑院宮摂政の許可を得ての事である。
この時、大本営海軍部の者達は誰一人例外無く敗北感を味わった。
勝っている状況なのに敗北感に苛まれた。
何故なら日露戦争以後、海軍はアメリカを仮想敵国として戦略を練り上げ艦隊を整備し訓練を積み重ねて来た。
しかし、毎年行っている図上演習では仮想敵のアメリカに勝った事例が無い。毎年、海軍の優秀な者達が寝る間を惜しんで知恵を絞っているが、結果は結果はいつも敗北である。
幸いにも山本五十六連合艦隊司令長官の博打とも言える真珠湾攻撃作戦が成功し大勝利をおさめたが、それとて連合艦隊司令部のスタンドプレーの色合いが強く、これまでの海軍の思想から言えば異端な作戦だ。
取り敢えずアメリカ太平洋艦隊に大打撃を与えた成果で有利な展開にはなっているが、長期戦に移行した場合の決め手には欠けていた。
一応、イギリスを降し、それをもってアメリカに講和を持ちかけるという案があるにはあったが、それも確実というわけではない。
25万人説というのもあった。これはアメリカ兵を25万人も戦死させればアメリカ国民はその犠牲の多さから精神的に参って講和を求めるだろうというものである。しかし、これも確実というわけではない。
真珠湾の勝利に酔い痴れる中で、海軍上層部の誰もが頭の片隅でこれからの先行きに一抹の不安を持っていた。
それが、どうだ。真珠湾攻撃の成功など霞むようなアメリカ本土奇襲。
アメリカ本土の大きな港湾都市や主要な造船所が殆どを破壊し、アメリカ大西洋艦隊にさえ打撃を与えている!
アメリカ本土における推定死亡者数は400万人!
それも陸軍がだ。
海軍はハワイを攻撃するのさえ博打だったのに、陸軍にその上を軽々と行かれてしまったのだ。
海軍上層部の受けた衝撃は大きかった。
逆に大本営陸軍部の者は痛快だった。
何せ閑院宮摂政は今は退いたとは言えほんの数ヵ月前まで陸軍の重鎮だった人物である。
その方が立て実行に移した作戦が功を奏しアメリカ本土で、海軍よりも遥かに大きな戦果をあげたのだ。
これほど愉快な事はない!!
作戦は陸軍内部にも極秘裏に準備され行われはしたが、中国大陸において特務機関をよく使う陸軍としては、味方にすら何も教えない極秘作戦は珍しい事ではない。
「敵を欺くにはまず味方から」は謀略の基本でもあるのだ。
それ故に陸軍内部から閑院宮摂政への反発も無い。
元々閑院宮摂政は数ヵ月前までは恐怖政治で陸軍内部を掌握していたのだから当たり前ではある。今も陸軍大臣と参謀総長を傀儡にして陸軍を掌握している状況なのだ。不満など粛清を恐れて出よう筈も無かった。
「桜華」部隊について知った大本営陸軍部の参謀達は自分達が一切タッチしていない事に、表向きはそれほど不満は見せなかった。
「所詮アメリカなど我々陸軍正規部隊が相手をするほどの相手ではなかったという事さ」
「アメリカ如き非正規部隊で充分なのさ」
と、嘯く程度だった。
それが本心からのものか、閑院宮摂政を恐れて本音を言わないようにしているのかは不明である。
それに、この時、大本営陸軍部は南方作戦で忙しく、アメリカ本土について閑院宮摂政が直接指揮をとるのなら、それはそれで有り難いと考えていたのである。
ともかく、こうしてアメリカ本土強襲作戦は日本において陽の光の当たる場所に出て認知される事になった。
軍部におけるその反響は複雑なものとならざるを得なかったのである。
【to be continued】
【筆者からの一言】
頑張れ海軍。
君の出番はきっとある……たぶん。




