摂政戦記 0073話 強弁
【筆者からの一言】
摂政の長台詞。今回はそんなお話。
1941年12月9日 『日本 東京』
大本営は混乱していた。
陸軍も海軍も政府もだ。
第三国経由で続々とアメリカ合衆国の情報が入って来ていた。
それによると沿岸部の複数の大都市で大規模な爆発があり壊滅状態になったらしい。
アメリカ合衆国全土が戦闘状態になっている。
しかも戦闘をしているのは日本軍だという話しだ。
そんな馬鹿な!!
それどころか「大日本帝国陸軍桜華部隊」を名乗る者から「西海岸に上陸成功す」との報が入って来た!
「アメリカ軍敵に非ず!」という威勢の良い事を言うのはいいが、帝国陸軍に「桜華」などという部隊はない。
一体何がどうなっているのか?
不可解な事だらけだ。
海軍は真珠湾攻撃を成功させはしたが、アメリカ本土にまで攻撃する余裕は無い。
陸軍も南方作戦で手一杯である。部隊を派遣などしていない。太平洋を越えてなどできるわけがない。
アメリカ本土で何が起こっているのか?
政府、大本営陸軍部、大本営海軍部に所属する者の殆どが、わけ隔てなく疑問に思っていた。
いや、陸軍大臣と海軍大臣は無条件降伏の要求に絡んだ話しの中で、既に閑院宮摂政から説明を受けて知っていたが、口止めされていたので喋らないでいただけである。
その夜、閑院宮摂政の求めに応じて急遽開かれた大本営政府連絡会議で、摂政は進行中の対アメリカ強襲作戦、作戦名「勇桜」をある程度明らかにした。
作戦名は「ウラン爆弾(原子爆弾)」の秘匿名「勇爆弾」の「勇」と「桜華部隊」の「桜」をとって付けられたものである。実に単純だ。
この時の大本営政府連絡会議の出席者は内閣総理大臣、外務大臣、大蔵大臣、企画院総裁、陸軍大臣、陸軍参謀長、陸軍参謀次長、海軍大臣、海軍軍令部総長、海軍軍令部次長である。
閑院宮摂政が1900年代から対米戦を想定して閑見商会を設立し影の軍隊として活用し謀略戦の計画を進めていたという話は、大本営政府連絡会議の参加者にとって実に衝撃的な事であった。
しかも密かに大都市を一発で壊滅させる強力な特殊爆弾(ウラン爆弾(原子爆弾))の開発に成功しており、それを使用した事も大きな衝撃であった。
更にはアメリカの諸都市において極秘潜入させていた部隊により無差別大量殺戮作戦を行っている事も大きな衝撃であった。
立て続けの衝撃的な話しに呆然自失の者も出たほどである。
だが、暫しの時が過ぎ会議の参加者達がそれぞれ衝撃を心の中で消化して摂政の話しを受け入れると、会議の参加者の中にはこの戦争について光明が見えて来たと思う者も少なからず出た。
これまでは国力10倍の大国相手に死中に活を求めるような戦いをするしかないと覚悟を決めていたのだ。
ところが、何とアメリカ本土の大都市が幾つも壊滅し重要な軍港や造船所、軍需工場、巨大ダムや鉱山も破壊して、更にアメリカ大西洋艦隊にさえ打撃を与えているという。
閑院宮摂政は無条件降伏を要求したが、そんな事は無理だと思っていた。
うまくいっても適当な条件で講和に持ち込むのが精一杯だと思っていたものが、もしかしたら勝てるかもしれない……
そういう勝利への希望が見えて来たのだ。
だが、しかし、やはりネックとなるのは無差別大量殺戮である。
大本営政府連絡会議の参加者の中にも、やはり国際社会において、戦後世界において、後世における歴史の評価について、日本の汚点になるのではないかと懸念する者もいた。
しかし、日本という国が無差別大量殺戮の蛮行を歴史に刻み込んだ事について閑院宮摂政は歯牙にもかけなかった。
それどころか、そんな懸念を、閑院宮摂政は一笑に付した。
「世界は勝者によってつくられる。
弱肉強食の適者生存こそが世界の歴史だ。
アメリカは過去の歴史において4000万人ものインディアンを虐殺し今は35万人しか残っていない。
それを責める国がどこにある?
アメリカに責任をとらせた国がどこにある?
イギリスも同じだ。
オーストラリアではイギリス人によりアボリジニなる原住民が虐殺された。
100万人いた原住民が今は10万人もいないと言う。
それを責めた国がどこにある?
イギリスに責任をとらせた国がどこにある?」
4000万人ものインディアンを虐殺したという閑院宮摂政の主張は本当かどうかはわからない。
白人が北アメリカ大陸に入植した頃のインディアンの人口は正確にはわかっていない。
史実での後世における推計でも確定しておらず。色々な数字が提示されている。
史実での後世、アメリカでインディアン出身で初めて上院議員になった人物はコロンブスが来る前に北アメリカには1億人のインディアンが暮らし、それが白人の侵略により人口は僅か25万人にまで減ってしまった時期もあったと主張している。
他にも6000万人以上のインディアンが白人の侵略により亡くなったとする説もある。
それらの数字に比べれば、まだ閑院宮摂政のあげた4000万人という数字は控えめな方である。
「しかし殿下、昔とは違います。今は国際法が……」
そう意見したのは近衛首相だ。近衛首相は今回の虐殺行為について容認できなかった。
昔と今では倫理観も違う。それなりに国際法が発展して来た時代でもあるのだ。
しかし、閑院宮摂政はその意見を一蹴する。
「アメリカはこれまで、その国際法を遵守してきたのか?
第二次世界大戦が始まって以降、アメリカは中立、中立とは言いながらも大きくイギリスに肩入れして来た。あれは明らかに国際法における中立違反だぞ」
1907年にオランダのハーグにて成立した「陸戦の場合における中立国及び中立国の権利と義務に関する条約」略して「陸戦中立条約」という国際条約がある。
この条約の第五条「兵器弾薬の輸出と通過」には、交戦国への武器弾薬の供給の禁止と軍隊の通過さえも禁じるとある。
この「陸戦中立条約」が成立した時、やはり「海戦の場合における中立国及び中立国の権利と義務に関する条約」略して「海戦中立条約」も成立している。
その第七条は「兵器弾薬の輸出と通過」であり、書いてある事は「陸戦中立条約」の第五条と全く同じである。
また、「海戦中立条約」の第十七条「修理」では、中立国は交戦国の艦船について航海の安全に欠かせぬ修理は許可されるが、戦闘力に関係する修理ついては許可しないとある。
では、第二次世界大戦が始まって以降、アメリカが行って来た事はどうか。
中立と口では言いながら、これまでアメリカは参戦しないまでも明確に連合国の味方をして来た。
その辺は史実も今回の歴史も全く変わらない。
1940年9月にはドイツと戦争状態にあるイギリスとの間に協定を結んでイギリスの基地を借りる代わりに50隻もの駆逐艦を供与した。
1940年12月にはルーズベルト大統領が炉辺談話でアメリカは民主主義の兵器廠になると語った。
そして実際に大量の武器を含む軍需物資をイギリスに輸出した。
1941年3月11日には武器貸与法を制定しイギリスに現金が無くても戦後の支払いにおいて武器を購入できるようにした。
1941年3月30日には戦争でアメリカ国内に足止めされているドイツとイタリアの船舶を保護という名の下に強制押収した。
1941年4月2日にはアメリカ沿岸警備隊の艦艇10隻をイギリスに供与した。
1941年4月4日にはルーズベルト大統領がアメリカ国内において損傷しているイギリス軍艦について、武装も含む修理を行えるよう許可を出した。
それどころか、まだギリシャが中立でドイツに占領される前、ギリシャの貨物船で赤十字用資材を運ぶのを装い、アメリカからイギリス向けの軍需物資を輸送していたという違反もしている。
これはイギリスも同様で中立国の輸送船の旗を掲げながら実はイギリスの輸送船だったという例がある。
これらはドイツ海軍の水上艦艇による通商破壊作戦において、中立国の船にしては不審な所があった為に臨検した結果発覚したものである。
中立、中立と言いながら、アメリカの中立は完全な独自解釈の国内法での中立であり、厳密に国際法を解釈するならば完全な中立違反だ。
条約は紙切れ一枚に過ぎないと、かつてドイツの指導者が言ったがまさにその通りである。
では、そのアメリカの条約違反を誰が罰したのか。
誰も罰してはいない。
アメリカは罰せられていない。
「確かにそうではありましょうが、だからと言って……」
近衛首相はハンカチで額の汗をふきつつなお言い募る。意外に粘る。
「アメリカは日独伊三国同盟の締結が不満で我が国に経済的圧力をかけて来た。それは我が国が望んでもいなかった戦争を選ぶか、国民の生活が破滅し奴隷になるかという選択をさせるものだ。
日独伊三国同盟は国際法違反にあたるのか?
あたりはしない。
それなのに経済的圧力をかけ受け入れ難い二択の選択をせまる方が理不尽ではないか」
我が国が望んでもいなかった戦争というのは正しいかもしれないが、摂政が望んでいた戦争ではある。
戦争を避けられた筈なのに、その道を選らばなかったのは閑院宮摂政だ。
それをいけしゃあしゃあと臆面もなく話す閑院宮摂政の面の皮も相当なものだが、その事を近衛首相は知らない。
閑院宮摂政の言葉は続く。
「良いか。国際法を遵守しない国相手に我が国が律儀に国際法を守る必要は無い。
目には目だ。
先に国際法を蔑ろにしているのはアメリカだ。
白人国家の言う国際法だの人道だの平和だのは茶番に過ぎん。
その時、その時で自分達の国に都合の良い事を言っているに過ぎん。だから平気で国際法を破るのだ。
今回の戦争は国際法を守らない無法な国が、不当に日本に圧力をかけ日本国民の生活を破壊し破滅させようとした事から始まっておる。
暴力はいかん事だが、凶悪犯罪者を逮捕するためには警官が暴力を振るう場合もある。
それは必要悪というものだ。
我が国の武力行動もそれと同じだ。これは正当な反撃行為だ。懲罰行為である。
必要悪なのだ。
そして有色人種を虐殺して来た国が、今度は日本という有色人種の国に同じ事をされたに過ぎんのだ」
「しかし殿下、これ程の蛮行は流石に国際的批判があるやもしれず、また勝利した後の戦後に再構築される国際体制の中でも、それを理由に我が国がどういう立場に置かれるか。また責任を追及される可能性も……」
深刻そうな表情をした大蔵大臣が眉間に皺を寄せ懸念を口にする。
「連合国から国際法違反との抗議があれば黙殺すればよい。
中立国も同様だ。
今次大戦の中立国は日本とは遠い位置にある。
南米、中米、スイス、スウェーデン、トルコ、スペイン、ポルトガル、みんな距離がある。
そして軍事的には弱小国が多い。
日本の行いを許せないからと言って軍隊を我が国まで派遣できるような国は無い。
そもそもだ。ウラン爆弾(原子爆弾)を手にする我が国を怒らせたくはあるまい。
どの国も下手な事をすればアメリカの二の舞になると考えよう。
そして日本が勝てばその責任を問う国など完全に出なくなる。
日本という勝者の力の前に黙らざるをえなくなる。
日本が勝つという事は枢軸国が主導する新たな世界体制ができるという事だ。
それは当然連合国の敗北を意味する。
第一次世界大戦の末路を見よ。勝者により敗戦国は領土を削られ賠償金を支払わされ、国自体が無くなった場合もある。
今回も同じだ。敗北した国には何も言わせん、言わせる気も無い。
ナチス・ドイツのように強力な国として復活するような機会を連合国に与えるような事せんぞ。
では、誰が我が国にアメリカでの無差別大量殺戮行為の責任をとらせる?
連合国は敗戦で発言の権利など許さん。中立国は遠くて弱小。
それとも同盟国のドイツとイタリアか?
両国とも戦争に勝つためだっとあれば我が国を非難はするまい。
非難したところでドイツ・イタリアの勢力圏と我が国との勢力圏は距離があり過ぎて恐らく戦争にはなるまいよ。
世界の西と東で住み分ける事になろう。
故に世界に日本を非難する声が上がっても実質的な意味は無い。
いつかは他の国もウラン爆弾(原子爆弾)を手にする日が来ようが、その時はお互いに睨み合い千日手となるだろう。
ウラン爆弾(原子爆弾)は強力過ぎて互いに使えば双方が滅ぶ。
故にウラン爆弾(原子爆弾)を持つ国同士では容易には戦争ができなくなるだろう。
そもそもだ。世界の歴史は戦争と蛮行の歴史でもある。
どこの国でも多かれ少なかれ歴史の中で他国に対し蛮行を繰り広げた過去を持っているものだ。
叩けば埃が出るのはかわらない。
数十年も経てば、今回の戦争も歴史の1項となるだろう。
百年も経てば単なる記録に過ぎなくなる。
他の過去の歴史における戦争や大量虐殺と同じにな」
「……」
そう話す閑院宮摂政に近衛首相はもはや言葉も無かった。
なお、摂政の言う所のウラン爆弾(原子爆弾)を手にする国同士が睨み合い千日手となると言うのは、史実における冷戦時代の核兵器戦略理論「相互確証破壊」や「核抑止論」と同じ意味である。
冷戦時代のアメリカとソ連は互いに大量の核兵器を保有し睨み合っていた。
その核兵器を使用すれば両国共に滅ぶ可能性が高い。故に核兵器は使えないという状況だった。
今回の歴史においても、もし他国が核兵器を持てば、冷戦時代と同じような状況となる可能性が高いと閑院宮摂政は見ていたのである。
「そうは言っても人道上の観点から見れば非難に値する事には違いない。
全てを計画し実行したのは、この閑院宮だ。
全ての責任はこの閑院宮一人にあると公式記録に残しておけばよい。
そして明記しておけ。
閑院宮は日本国民7000万の生活を破滅させるよりも、日本国民7000万を白人国家の奴隷にするよりも、アメリカ国民1億3000万を虐殺する道を選んだのだと。
よいな。今回の大戦の責任は全てこの閑院宮一人にある」
閑院宮摂政はそう締めくくって会議を終えたのである。
近衛首相他数名はこの無差別大量虐殺に未だ批判的ではあったが、大半は閑院宮摂政の考えに同調した。
確かに人道上、無差別大量殺戮は許される事ではない。
しかし負けてしまえば全てを失うのだ。
まずは勝つ事である。
そもそも戦争に非道はつきものだ。これまでの人類の歴史において無差別大量殺戮は無数に行われて来た。
近年になり人道だの博愛だのと言っているが、どこの列強各国も原住民を殺戮して植民地を獲得して来た歴史を持っている。それもほんの数十年前までしていた事だ。
戦争で非道の行いをして来た歴史を持っている。
そうした考えが会議に出席した者達の主流の考えであったのだ。
実際の所、大量虐殺行為を行った国だからと言って、以後の歴史の経過において、その国が国際的に忌避されたり何らかの制裁をいつまでも受け続けるというものでもない。
史実における第二次世界大戦においてドイツがホロコースト(ユダヤ人等の大量虐殺)を行い、約600万人を殺戮した事は世界的に有名だ。
では、戦後数十年を経た後も、ドイツがその事で国際的に責められ何らかの制裁措置をとられ続けたり、国際的に孤立しているかと言うと、そんな事は無い。
ユダヤ人に謝罪して賠償はしているものの大戦後の新たな国際体制の中で確固たる地位を築いている。 大戦後から30年経った1975年に初めて開かれた第1回目の「先進国首脳会議」にドイツは参加しており、以後も参加し続けている。
その後も経済大国としてヨーロッパに在り続け、後に成立したEU(欧州連合)でも中心的な役割を担っている。
第二次世界大戦から65年後の2010年に某調査会社が、アメリカ国民の他国に対する意識のアンケート調査を行った。
その結果、アメリカ人の80%がドイツを好きだと回答している。
第二次世界大戦でアメリカが敵として戦い、ユダヤ人を大量虐殺した国を8割の国民が好きだと言っているのだ。
ちなみに同じ調査でアメリカ人の77%が日本が好きだと回答している。
「リメンバー・パールハーバー」と叫び、日本と戦ったアメリカも今やその国民の多くが日本を好きなのである。
では日本の方ではどうかと言うと2012年の内閣府のアンケート調査ではアメリカに好感を持つと回答した人が81%にも上った。
太平洋戦争で日本はアメリカに広島と長崎に原爆を落とされ、東京大空襲やその他の都市も無差別爆撃を受けて一般市民が大量虐殺された。その事についてアメリカは倍賞も謝罪もしていないが、それでも今や日本の国民の多くがアメリカに好感を持つようになっている。
要は戦後における関係をどのように結び、どのように交流していくかだ。
それによっては戦争時の憎しみは薄れ、惨劇の事実は遠い過去のものとなり、友好を深め合える場合もある。
俗に言えば「昔は昔、今は今」というやつだ。
過去の話しを言い出せばきりがなくなる。
どんな国でも後ろ暗い過去はある。
先祖の罪は子孫の罪では無い。
今回の歴史において閑院宮摂政は無差別大量虐殺を行った。いや、今も続いている。
その事実はもはや変えられない。
後は戦後に北アメリカに住む人々とどのような関係を日本が築いていくのか、だ。
史実における太平洋戦争後のアメリカと日本のように友好を深め合えるのか。
史実におけるアメリカ国内での白人とインディアンの関係のように、白人がインディアンを完全に押さえ込み牙を抜いて尻尾を丸めさせたような関係となるのか。
それとも史実における後世の日本の隣国のように、果てしなく日本を憎しみ続けるのか。
それは未だわからない。
それは今後の歴史の流れ次第だ。
また、今回の歴史における戦後の価値観は、史実における第二次世界大戦後の価値観とは大きく変わる可能性がある。
史実における第二次世界大戦後の価値観は連合国を中心とする国家が作り上げて来たものだ。
今回の歴史では枢軸国が勝利し、その価値観を主軸とする歴史が紡がれていく可能性が高い。
その場合、国際法的にはジュネーブ条約やジェノサイド条約が成立しない可能性も充分有り得る。
何せ日本の同盟国ドイツは人種差別を行いユダヤ人や東欧の人々を平気で迫害する政策を国策として行っているのだ。
人権だの人道だのの価値観は低く見られる可能性もあるだろう。
民主主義や人道、人権や平等といったものは史実における後世よりも遥かに後退する世界が到来するかもしれない。
だが、歴史の多様性を見ればわかる通り世界がどのような道を歩むかは不確定だ。
日本も大日本帝国としての価値観や制度、生活様式がそのまま存続していくのかどうかはわからない。
外圧が無くても国が変わる時は変わる。
史実にける後世において、南米には複数の軍事独裁政権があったが外圧が無くても自主的に民政移管した国が複数ある。
史実におけるスペインでは、スペイン内戦を制したフランコ将軍がナチス・ドイツに近いファシスト国家を築き、第二次世界大戦後も独裁体制を維持していた。
しかし、彼が亡くなると後継者に指名されていたファン・カルロス1世は自主的に独裁体制をとりやめ民主主義政治へと大きく舵を切る。
北欧の国、スウェーデンは1974年の憲法改正において、法律を裁可する国王の権限を無くし、国王を象徴的な立場なものとした。国王の代替わりがあったので、俗っぽく言えば、そのついでに行ったようなものだ。
史実における日本は、太平洋戦争の敗戦により憲法を改め象徴天皇制に移行したが、スウェーデンは20年以上遅く自主的にそうしたのだ。
歴史を見れば国の体制が内部より変わる事例は幾らでも見出せる。
今回の歴史において日本が勝利したとして、その後も永続的に大日本帝国としての体制が続くかどうかはわからない。
後に上からの改革があるかもしれないし、国民からの要求が国を変えるかもしれない。
どんな可能性もあり得るだろう。
そして、それは史実における後世の日本より、体制的、経済的、文化的、歴史的に悪い状況に陥る事になるかもしれないし、逆に良くなっているかもしれない。
それはまだ、誰にもわからない。
今回の歴史の可能性はこれから試されるのだ。
閑院宮摂政が大本営政府連絡会議で語った事は、必ずしも全てが本心からのものとは言えない。
それどころか殆ど詭弁である。開き直りである。
閑院宮摂政は、アメリカの国際法違反について言及したが、別にそれについて憤っているわけでもなければ興味があるわけでもない。
インディアンやアボリジニについても触れていたが彼らへの同情心など毛ほども持っていない。
本心では「そんな事知るか。知った事か」と思っている。
だが何をするにも大切なのは大義名分である。
自分の側に正義があると信じるからこそ人は誇り高く戦える。
悪だと思えば殆どの人間は罪悪感から士気は低下し戦えなくなる。
正義であると信じられるからこそ過去の歴史においても人々は正義の名のもとに残虐な行為を行えてきたのだ。
その建て前の大義名分を与えるために閑院宮摂政は、敢えてああ言ったまでの事であり強弁であった。
要は屁理屈だ。しかし、屁理屈だって理屈のうちだ。
倫理を蹴とばし大義を騙る。
それが閑院宮摂政のやり方であった。
閑院宮摂政の頭にあるのは、日本の損失をできるだけ出さず、最短の期間でアメリカに勝利する事であり、戦後に新たな世界体制を構築する事にある。ただ、それだけを見据えて行動している。
なお、閑院宮摂政の考える戦後の新たな世界体制の地図の中には、アメリカ合衆国という名の国は存在していない。
アメリカ合衆国は世の始まりと共にあったわけではない。
それどころか国としての歴史は、まだ200年に過ぎない。
領土もその200年の間に広げて来たものであり、建国時から今の領土全てを持っていたわけでもない。
最初はアメリカも小さかった。それを戦争で奪ったり合法的に土地を買う事で大きくして来た。
その現在における領土は神聖不可侵にして決して減る事が許されない絶対不変の真理として存在しているわけでもない。
そもそも国というのはどんな国であれ永遠不滅のものではない。
これまでの歴史において多くの国が滅び、また興って来た。
ほんの20年前の第一次世界大戦でもヨーロッパで複数の古い国が地図上から消え、複数の新たな国が地図上に現れたのだ。
その後もヒットラーを指導者とするドイツの台頭により、独立国としてのチェコスロバキア共和国とオーストリア共和国は消え、第二次世界大戦開始後はポーランド共和国や、ユーゴスラビア王国等、幾つもの国が消滅している。
栄枯盛衰。国は興りまた滅ぶ。国とはそういうものだ。
そして今度はアメリカの番だ。
それが閑院宮摂政の考えであった……
【to be continued】
【筆者からの一言】
どうやら摂政はアメリカ合衆国の歴史に終止符をうつつもりのようです。




