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摂政戦記 0068話 開戦 第九幕 飛び立つ者達

【筆者からの一言】


 海からだけじゃない。陸からだけじゃない。

 今度は空からだ!!


 今回はそんなお話。

 1941年12月8日 『日本 千葉&福島&茨木&東太平洋』


 千葉の一宮にある陸軍基地。

 陸軍基地とは言いながらも実際に基地を建設し管理しこれから開始される作戦の準備を整えたのは閑見商会である。

 そして、ここに準備されこれから開始される作戦は「ふ号作戦」

 それは史実と同じくアメリカに向け気球を飛ばす作戦である。

 ただし全てが全く同じというわけではない。


 史実とは違い気球は甲種と乙種の二種類あった。

 

 甲種は史実においても実際に使用された10メートル級の気球爆弾である。

 乙種は史実にはないこの歴史独自の気球であり武装した兵員1名を乗せる17メートル級の気球である。


 つまり乙種は気球によるアメリカ大陸侵攻作戦の為のものであった。

 気球に兵士を乗せ太平洋を横断させる前代未聞の作戦である。


 甲種の気球では積載可能重量の関係から兵士を乗せて太平洋を横断させるのは難しい。

 その為に新たに設計開発された気球が乙種であり、甲種よりも1.7倍大型の気球となっている。


 史実においては、日本軍内部から気球爆弾に人を乗せるという提案も出されている。

 ただし、それは特攻目的である。

 無人の気球だと目標は無作為となりどこに落下するかはわからない。

 それよりも人が乗り敵地の重要な目標に誘導するようにすれば戦果は確実であると、青年将校達から自分達が乗るから大型気球を製造してほしいという要望が出されている。

 その提案が通る前に日本は降伏してしまっているが。


 一方、気球攻撃を受けた側のアメリカでは、起爆装置の故障で爆発せずに落下した気球を入手して科学者達が調査したところ、気球のサイズを19メートルにすれば、耐寒装備に身を固めた兵員1人と酸素ボンベ等の他に300キロの積載余裕のある気球を高度1万メートルでアメリカまで飛ばしてくる事も可能だと結論づけて、軍部を戦慄させている。


 今回の歴史では、史実では造られなかったその有人気球型が造られ使用されたのである。

 サイズが17メートルなのは300キロもの積載余裕の必要は無いと考えられていたからだ。

 他に載せるのは小銃に弾薬、六日分の水と食糧だけである。


 その乙種気球に乗るのは対アメリカ決戦用強襲部隊「桜華」の「丙班」だった。


 史実において気球爆弾のアメリカ大陸への到達率は非常に低い。

 1割が到達したという推計もあるが、日本が放った気球、約9300基のうちアメリカ側でその到達が確認されたのは285基に過ぎない。つまりは3%である。

 

 それを考慮すると兵士を乗せるのは本来、有り得ない筈である。

 あまりに到達率が低く兵士の殆どを無駄死にさせる。


 だが、敢えて閑院宮摂政はこの作戦を指示し推進させた。


 この作戦に参加する「丙班」は約2万人。

 確実な到達が史実と同じく3%ならアメリカに到達できるのは600人となる。

 実際には、それよりも少ないかもしれないし、もっと多いかもしれない。

 それこそ、やってみなくてはわからない、神のみぞ知る、である。


 しかもアメリカに到達できたとしても兵士が肉体的に戦闘能力を保持しているかどうかはわからない。

 何しろ高度1万メートル付近を飛ぶ予定なのだ。

 富士山どころか世界最高峰の山エベレストの8850メートルよりも遥かに高い高度を飛ぶ事になる。

 当然、空気も薄いし気温は低い。


 その為に満洲の山々に「桜華」の訓練基地を設置し、そこで暮らさせ訓練を行い、常日頃から平地よりも空気の薄い環境に順応させて来てはいた。だが、流石に1万メートルもない。

 故に酸素ボンベと酸素マスクを気球内に設置してはある。

 それで乗り切れるのかは、これも実際にやってみなくてはわからない、やはり神のみぞ知る、である。


 一応、気球の上昇高度記録では既に9年前の1932年にスイス人のオーギュスト・ピカールなる冒険家が人類史上初めて1万6千メートルの成層圏に到達しており、更に翌年には2万3千メートルの高度に到達している。 

 しかし、それは短時間であり長時間の事ではない。


 ちなみに高度1万メートルというと史実においてB29戦略爆撃機が飛んでいた高度であり、日本の戦闘機パイロットもその迎撃に苦労している。酸素ボンベを積み酸素マスクをして迎撃している。

 中には高度9000メートルまで酸素マスク無しで上がったなんていうパイロットの逸話もあるが、それは例外中の例外だ。


 救いがあるとすればアメリカ大陸までは2日で到着するという事だろう。

 それも12月だと風速の関係から約40時間で到着するから丸2日間はかからない。 

 その間、乗っている人間が耐えられるかだ。

 

 下手をすれば確率的に1万9000人以上が無駄に死ぬ事になる作戦。

 気球は到達しても乗っている兵士は高山病の症状を発し死んでいるかもしれない作戦。

 正に狂気の沙汰の作戦である。


 だが、閑院宮摂政にとっては許容範囲の作戦であった。

 兵士とは言っても元は朝鮮と中国で掻き集めた孤児である。

 しかも、何故、「丙班」に選ばれたかというと訓練所での成績が悪かったからである。

 どれだけ教え訓練しようとも動作の鈍い者、頭の回転が遅い者、体力が劣る者等が出て来る。

 要は兵士としての素養の低い者達だ。

 それ故に他の「甲」「乙」「丁」の部隊には選ばれなかった。

 流石に2万人全部がそうではないが、成績の下の順から選ばれたのは事実である。

 だからこその「丙班」なのだ。


 作戦開始を前に指揮官が最後の訓示をしていた。

 そして最後に締めくくる。


「よいか! 死んだアメリカ人だけが良いアメリカ人だ! それを忘れるな! 乗基開始!」

「「「「「「「「「「「「「「「「はい! 指揮官殿!」」」」」」」」」」」」」」」」 


「丙班」の狗達が士気高く気球1基に1人ずつ乗り込む。

 そして命令が下される。

「放球開始!」

「放球開始! 放球開始!」

 閑見商会の社員で軍属待遇となっている係の者達が復唱し作業を開始する。

 夥しい人数の軍属達が慌ただしく係留索がとかれ気球が上がり始める。


 澄み渡る青い空を背景に大きな日の丸が描かれた気球が次々と飛翔していった。


 その光景は近辺にある他の35ヵ所の放球基地、福島の勿来(なこそ)にある36ヵ所の放球基地、茨木の大津にある54ヵ所の放球基地でも見られた。

 遂に「ふ号作戦」が開始されたのである。


 この日だけで2500基もの乙型気球が日本を旅立ち北アメリカへ向かった。

 史実において使用された気球爆弾の約26%にあたる数が僅か1日で放球されたのである。

 どれだけの気球が辿り着き、どれだけの狗達が戦えるかは正に神のみぞ知る、であった。

 そしてこの作戦はまだまだ続くのである。



 日本で乙型気球の放球が開始された頃、東太平洋でもまた放球が開始されていた。

 これはハワイとアメリカ西海岸の中間の海域に到達した南米船籍の貨物船からの放球である。

 当然、実行は「桜華丙班」である。


 史実において気球爆弾は海軍の潜水艦から放球する計画もあった。

 潜水艦でアメリカ本土に近付き放球すれば、当然、アメリカ本土への到達する確率は高くなる。

 しかし、種々の事情からこの計画は中止された。


 今回の歴史では潜水艦を貨物船に代えて実行に移したのである。

 ただし、行ったのは陸軍と言うよりも閑見商会だったが。

 開戦時のまだアメリカが完全には戦時体制に移行できていない隙を突いた放球作戦である。

 使用した貨物船は3隻。

 東太平洋上でアメリカ合衆国に向き合う形で3隻が広く散らばり乙型気球の放球が開始された。

 その数1隻あたり50基。

 狭い船上での作業故に時間はかかり放球には2日間かかったが、幸いな事に他の船に発見される事なく作戦を終了している。

 放球を終えた貨物船は南米に向け針路をとった。


 こうして東太平洋上から150基の乙型気球に乗った150人の「桜華丙班」の狗達がアメリカに向けて飛行を開始したのである。


 

 太平洋から放球された乙型気球はそれだけではなかった。

 クーズ・ベイ、ノースベンド、クレセント・シティ、ユリーカという西海岸占領地域を確保した「桜華丁班」の各輸送艦隊には、それぞれ1隻の「桜華丙班分遣隊」が乗船した貨物船が随伴していた。

 これらの各港の沖から乙型気球を放球する作戦である。


 ただし、これらの海岸近くからの放球はかなり手間取る事になる。

 問題は風だった。

 必ずしも内陸に向かって吹く風ばかりでなく陸から海に向かう風の日もまた多かった。

 内陸部の山脈の存在が沿岸の気流を複雑にしていたのである。

 その結果、放球を終えるのに数日の時を要する事になった。

 それでも「桜華丙班分遣隊」の200人の狗達は乙型気球に乗ってアメリカ大陸奥深くに向かう事になる。


 こうして「桜華丙班」は日本本土、東太平洋、西海岸沿岸からの三段構えで「ふ号作戦」を行い、アメリカへの侵攻を開始したのである。

 

 

 今回の歴史における有人気球によるアメリカ侵攻の目的は完全にアメリカ人に対する心理的効果を狙ったものだった。

 だから確たる戦果というものは期待されていない。

 ある程度の人数が空から舞い降り戦闘を開始する所をアメリカ人に目撃されれば目的は達せられる。


 有人気球がアメリカに到達するのに先駆けて行われた「桜華甲班」による沿岸都市での無差別殺戮と、「桜華乙班白桜隊」により行われた内陸主要都市での無差別殺戮も同じく心理的効果を狙ったものである。


 沿岸都市、内陸の主要都市で日本軍が狂気の無差別大量殺戮を行った。

 笑いながらアメリカ市民を殺し、笑いながらアメリカ市民を巻き添えに自爆する狂気の集団。

 その兵士の中には少年少女さえいる。

 その狂った兵士達が今度は空から現れるとしたら……

 一般市民は恐怖するだろう。


 いつ何時、狂気の日本兵が空から現れるかわからないのだ。

 それは朝かもしれない、昼かもしれない、夜かもしれない。

 自宅の傍かもしれない、職場の傍かもしれない、子供が通っている学校の傍かもしれない。

 もう、夜もぐっすり眠れない。

 四六時中不安がつきまとう。


 狂った日本兵に常識は通用しない。

 都市では子供や老人、女性でさえ容赦なく殺戮している。


 アメリカ市民は思うだろう……

 これは、もはやまともな戦争ではない。殺戮だ。

 法も正義も最初から度外した戦いを日本は挑んできている。

 いつ、この戦いは終わるのか。

 こんな笑いながら自爆するような狂った兵士を育む国を相手にどれだけの犠牲を払えば勝てるのか……

 まだ、こちらは日本の領土に攻め入ってさえいない。

 それどころかアメリカ国内が戦場になっている。 

 いや、そもそも多くの大都市を失い太平洋、大西洋の両艦隊に大打撃を受けた我が国に勝ち目はあるのか。

 戦い続けるとしても、これから一体どれだけの年月がかかり、どれだけの血が流されるのか……と。


 アメリカ市民に最悪の恐怖を!

 それが「桜華甲班」と「桜華乙班白桜隊」による都市での無差別殺戮である。

 そしてアメリカ市民に更なる恐怖を!

 それがこの最初から味方の大量犠牲を前提とした「桜華丙班」による「ふ号作戦」なのである。


 つまるところは恐怖戦術である。


 太平洋戦争において、日本の神風特攻隊はアメリカ兵を恐怖させた。

 神風特攻隊が始まって以降、アメリカ海軍の兵士が戦争で心を病んでしまう率は非常に高くなっている。

 神風特攻隊の攻撃が開始される前の時期に比べて約7割も増加しており100人に1人が心を病んで戦えなくなっている。

 元は心身ともに健康で兵士として訓練を受けた者でさえそうなったのだ。


 ならば、似たような狂気の自爆攻撃に晒された一般市民の精神はどうなるか。

 どこまで狂った日本兵の恐怖に耐えられるのか……


 復讐を叫ぶ者もいるだろう。徹底抗戦を叫ぶ者もいるだろう。


 だが、狂った日本兵という要素を抜いても各地で港、通信、鉄道、送電が破壊されている。物流はもうまともには機能しない。

 史実における第二次世界大戦の時でさえ、アメリカ国内では食糧からガソリンまで配給制を行った。

 国内が無傷でも、大国であっても、それでも市民の生活は圧迫され配給生活になったのだ。

 今回の歴史ではその国内が大打撃を受けている。


 そして今は12月。冬だ。

 ここまで物流機能が破壊されれば、恐らく多くの家庭で暖房用燃料が足りなくなる。食糧が足りなくなる。あらゆる生活必需品が足りなくなるだろう。

 もはや自分と家族が生存していく為の努力を何よりも優先しなくてはならなくなる。

 それも狂った日本兵がいつ空から降りて来るかもしれない恐怖に耐えながらだ。

 大都市一つを壊滅させる特殊爆弾を使われる恐怖に耐えながらだ。


 果たしてどれだけのアメリカ市民が、その物資不足の困窮生活と、昼夜を問わず空から降りて来るかもしれない狂人のような日本兵の恐怖と、大都市一つを壊滅させる特殊兵器の恐怖に耐えられるのか……

「さぁ見せてもらおうか、アメリカ国民の矜持とやらを!」

 そう閑院宮摂政はアメリカ国民に問い掛けているのだ。 


 厭戦気分の醸成などという生易しいものでは無い。


 閑院宮摂政は恐怖戦術によりアメリカ市民の精神を完全に叩き潰しにかかっていた…… 


【to be continued】

【筆者からの一言】


悪辣に残忍に。

それが恐怖戦術……

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